表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
STAR BOY  作者: あかり
1/1

1.出会い


フミが実家を出たのは、十五歳の時だ。



村の学校を卒業したばかりだった。



昔から料理人になろうと決めていたフミは、弟子入り先を探していた。



そんな折、年の離れた兄夫婦に三人目の子供が生まれた。



姪と部屋を共有することになったフミは、家を出ることに決めた。



そして、どうせ家を出るなら、異国に行ってみるのはどうだろうかと思いついた。



料理人になるなら、珍しい料理がいい。



誰も知らないような美味しい料理を研究して、自分のお店を開くなんて、素敵な考えじゃないだろうか。



フミは、家族の反対を押し切り、大陸行きの船に飛び乗った。



ちょうど三年前の話である。



>>>>>>>>




ドシンという大きな音で、フミは、目が覚めた。



地震だろうか。



いや、大陸に来てから、地震なんか一度も起きていない。



フミは、ぼんやりした頭を掻くと、むっくりと起きあがった。



窓の外は、普段と変わらない静かな闇が広がっている。



泥棒だろうか。



フミは、護身用の猟銃を片手に部屋を出た。



その約五分後、フミが壊れた納屋の奥で見つけたのは、一人の青年だった。




>>>>>>>>>>




ウィリアムの最後の記憶は、妹の泣き顔と赤い血だ。



怒りはない。



あるのは、ただ驚きだけだ。



どうして、こんなことになったのだろうか。



何を間違えたのだろうか。



分からない。



考えても分からない。



今は、ただ眠ろう。



死人のように。



それとも、ウィリアムは、死んだのだろうか。





>>>>>>>>>>>






明るい光の中で、ウィリアムは、目が覚めた。



眩しい視界に一人の少女が立っている。黒い長髪を肩に垂らした女の子だ。



きっと東洋人。



天使は、東洋人だったのか。



ウィリアムは、ぼんやりした頭で思った。



その時、振り返った少女の目とウィリアムの目が合った。



黒い瞳だ。髪と同じ真っ黒。



「僕は、死んだのか」



ウィリアムは、掠れた声でたずねた。



フミは、呆れたような表情を浮かべた。




「あなたが死んでるなら、あたしだって生きちゃいないわよ」



フミは、トーストにマーマレードをたっぷり塗りながら答えた。



フミの言葉と腕に残る鈍い痛みで、ウィリアムは、自分が死んでいないことを悟った。



ついでにどこかの家の居間のソファーに寝ていることにも。



「何か飲む?」



フミは、食べかけのトーストをカップの上に置くと、ちらりとウィリアムの方を見た。



「水をくれ」



フミは、冷蔵庫からビンを取り出すと、ウィリアムに放って寄こした。



ウィリアムは、起きあがると、ビンをキャッチした。



冷たい水を飲むと、頭がいくらかすっきりしてきた。



悪夢のような記憶は、ほぼ完璧に覚えている。



しかし、どうしてここにいるのかは、どうしても思い出せない。



とりあえず、現状を確認すべきだ。



ウィリアムは、少女を眺めた。



どこにでもいるような東洋系の女の子だ。



ジーンズにチェックのロングスリーブシャツを着て、裸足だ。



年は、まだ、十四歳くらいだろう。



しっかりしているようだけれど、子供と話してもしょうがない。



「おうちの方はいるかな?」



ウィリアムは、先程より優しい声でたずねた。



怖がらせないように配慮したつもりだった。



ところが、少女は、安心するどころか、苛立たしげに眉をひそめた。



「保護者のこと言っているなら、いないわよ。ここは、あたしが一人で住んでいる家だもの」



ウィリアムは、少女の返答にかなり驚かされた。



「君、いくつ?」



「昨日で十八歳になったわ」



ウィリアムは、一瞬ポカンとした顔になった。



東洋人は、若く見える。



「失礼。もっと若く見えたから」



ウィリアムは、小さく咳払いすると、気を取り直して、質問した。



「ここは、どこで、僕は、どうして、ここに?」



フミは、黒い瞳でウィリアムを見下ろした。



「ここは、ロッククラウド。アレックスの郊外よ。あなたは、昨日の夜中に自転車でうちの納屋に突っ込んできたのよ。酔っぱらいだったら、叩きだそうと思ったんだけど、怪我をしていたから」



「それで、見知らぬ男を家に入れたの?」



フミは、大げさねと言った。



「寝室に鍵をかけたし、枕元に猟銃を置いておいたもの。それにほら、」



ソファーに近づいたフミは、何か細い針のようなものウィリアムの首に当てた。



「タジリ草の汁よ。これだけでは、毒はないけれど、アカネ科の植物と併用すると、一瞬で死にいたる猛毒になるの。ちなみに昨日、あなたの腕の傷を手当した時、殺菌のためにアカネ科のプロポンズを塗ったわ。あら、顔青いわよ」




少女は、にこにこしながら、ウィリアムの耳元で囁いた。



「君の身がいかに安全かよく分かったから、僕の身の安全も保障してくれないか。物凄く怖い」



横目で針の先を見つめがら、ウィリアムは上擦った声を出した。



手を離したフミは、くすりと笑った。



「脅すつもりは全然なかったんだけど、あなた、さっきから失礼なことばかり言うから、意地悪したくなっちゃったのよ」



「なかなか良い趣味だね」



ウィリアムがため息まじりに言うと、フミの笑い声は、大きくなった。



白いぷっくりとした頬がピンク色に染まって、目が糸のようになっている。



ウィリアムは、かわいい笑顔だなと思った。



妹のセーラも少し前まではこんな風に笑っていたはずなのに。




フミは、ウィリアムの顔色が変わったのに気がついた。



濃いブラウンの瞳は、どこか悲しげだった。



孤独なんだなとフミは、思った。



青年の腕は、銃で撃たれていた。



傷自体、大したものではなかったが、銃で撃たれるなんて、よっぽどのことだ。



「ねえ。あなたは、犯罪者なの?」



ウィリアムは、思わず苦笑いを浮かべた。



「まさか。ただの学生だよ。ほら、」



ウィリアムは、ジーパンのポケットから学生カードを取り出すと、フミに渡した。



フミは、カードに記されている内容を声に出して読んだ。



「ロークス国立大学。以下の者が本校の生徒であることを証明する。ウィリアム・レッドフィールド。国籍プルワ王国。一九六〇年生まれ。一九七八年入学。法学部二年。この写真、写りがいまいちね」



フミは、感想で締めくくると、ウィリアムにカードを返した。



「どう?僕が怪しい者じゃないと分かってもらえたかな」



「あなたが、ロークスカレッジの学生だから、犯罪者ではないということにはならないでしょう。先週だって、あの大学で麻薬の密売騒ぎが起きたじゃない。あなたが麻薬の密売人で、マフィアに追われているとしても、別に驚くべきことではないわ」



「疑いを晴らすことはできないってわけ?」



「そういうこと」



フミは、冷めたコーヒーを飲み干すと、立ちあがった。



「バイトに行くけど、あなたはどうする?傷は、一応、大丈夫そうだけど、もう少し寝ていれば?夕方までいるつもりなら、バイト先で交換用の包帯をもらってきてあげるけど」



「ありがとう。ところで、この家に新聞とかテレビはある?」



「新聞は取っていないわ。テレビもなし。バイト先なら、ラジオがあるけど」



リビングの椅子に座ったフミは、ウエスタンブーツに片足を突っ込みながら、返事をした。



「バイトって?」



「すぐ裏にあるオックス診療所の助手」



「僕も行ってもいいかな。ニュースを知りたいんだ」



フミは、「かまわないけど」と言いながら、肩をすくめた。



「あなたって、やっぱり犯罪者でしょう。ああ、そうだ。服は血がついていたから、水に浸けてあるわ。とりあえず、これを着て」



投げて寄こされた男物のロングTシャツを着たウィリアムは、ソファーの脇に置いてあった自分のブーツを履いた。



コートは、見当たらないから、洗濯中なのだろう。



「ホントに近くだから、コートも必要ないわ」



ウィリアムの思考に答えるようにフミの声が聞こえた。



「そういえば、君の名前は?」



「フミ。ファミリーネームは、キムラよ。」



木村文は、少し誇らしげに微笑んだ。


フミ

十八歳。東洋系の女の子。実家が薬屋だったので、薬に詳しい。大国ロークスの首都アレックスの郊外で一人暮らししている。首都のパティスリーで修業をしたいと願っているが、今のところは、近所のオックス診療所でアルバイトをしている。


ウィリアム

二十歳。ロークス国立大学の留学生。性格は、基本的に温厚で平和主義者。ロークス国内では、身分を隠しているが、小国プルワの皇太子。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ