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ゼミでの発表

 ベルリン・某大学の演習室。エリアスは、プロジェクターの前に立ってた。喉は乾き、手元のメモを持つ指先は小刻みに震えていたのだ、それはこれから試みる悪魔的な試みへの罪悪感からか...


 エリアスは昨日見た動画の「ヒトラーというフィルター」を剥ぎ取り、その主張の骨子だけを抽出した「原子力とEVの矛盾」「国家による真に実効性のある自然保護」「1930年代の環境法案と現代の無策の比較」 という発表を行おうとしていた。

 

 全ての発表を終えたとき、教室は一瞬の沈黙が支配した。エリアスは「ナチを肯定した」と糾弾されることを覚悟し、俯く。しかし、次に響いたのは、教授の重々しい拍手だった。


「……見事だ、エリアス。実に見事な視点だ」


 教授は眼鏡を拭きながら、深く感銘を受けた様子で続けました。


 「君の主張には、現代のリベラルが陥っている『理想と現実の乖離』に対する鋭い批評がある。1930年代のドイツが持っていた自然回帰の思想と、現代の歪なエネルギー政策を接続させたのは、実に独創的だ。これこそが今、我々ドイツ人が直面すべき誠実な議論だよ」


 続いて、ゼミの仲間たち――環境活動家や人権派を自称する学生たちからも、次々と賛同の声が上がりったのだった...


「感動したよ、エリアス。今の政府の欺瞞をこれほど明確に言語化できるなんて」


「その通りだ! 原子力を否定しながら、他国から電力を買うなんて偽善でしかない」


「これ、デモのスローガンに使わせてもらってもいいかな? 僕たちが求めていたのは、こういう『力強い正論』なんだ」


 エリアスは、向けられる賞賛の眼差しに、猛烈な吐き気を覚えた。


(違うんだ。これは僕の言葉じゃない。君たちが『悪の権身』として忌み嫌っている、あの男の言葉なんだ……!)


 喉まで出かかったその言葉を、彼は飲み込んだ...もしここで種明かしをすれば、この素晴らしい「正論」は一瞬で「ヘイトスピーチ」に変わり、自分はこの大学にいられなくなることがわかっていたからだ。


 しかし、同時に彼は気づいてしまった。


 自分を含めた「善良な」現代人たちが、かつての独裁者の思想を、そのパッケージさえ隠せば、熱狂的に受け入れてしまうという恐ろしい事実に。


 エリアスの脳裏に、先日の環境デモの光景が蘇った。自分たちが冷たい雨の中で声を枯らしてプラカードを掲げている横を、政府高官を乗せた黒塗りの高級車が、水飛沫を上げて通り過ぎていったあの瞬間。


 自分たちがどれほど切実に未来を訴えても、政治家たちは「善処する」というテンプレートな回答を繰り返すだけ。


 自分が抱いている、腹の底から煮えくりかえるような「既存政治への絶望」。


 このままでは世界が終わるという切迫した危機感。


 そして、無能な統治者たちを排除し、強力なリーダーシップで現状を打破してほしいという、心の隅に押し込めていた禁断の願望。


 ゼミが終わった後の薄暗い廊下で、恋人のミアがエリアスに駆け寄った。彼女は人権擁護団体のインターンをしており、エリアスにとっては良心の羅針盤のような存在だった。


 「エリアス、今日の発表……本当に震えたわ!」


 ミアは興奮で頬を紅潮させ、彼の腕を固く掴みました。


 「あんなに論理的で、それでいて情熱的なあなたの言葉、初めて聞いた。今の政府の欺瞞を暴きながら、私たちが失いかけていた『規律ある自然保護』を説くなんて。教授も言っていたけど、あれこそが新しい時代のバイブルになるべきよ。明日、私の団体のミーティングでも君のレターを共有していい?」


 エリアスは、ミアの澄んだ瞳を見つめることができませんでした。


「……いや、あれはまだ、単なる思いつきなんだ。ミア、そんなに大袈裟なものじゃない」


「謙遜しないで! あなたはいつも慎重すぎるのよ。でも、今日確信したわ。あなたはただの学生じゃない。この停滞したドイツを動かせる、真の知性を持っているんだって」


 ミアは彼に誇らしげな、そして深い愛情のこもった口づけをした。


 その唇の感触が、エリアスには冷たい刃のように感じられたのであった...


 彼女が愛し、賞賛しているのはエリアスの知性ではない。その皮を被って、巧妙に彼女の正義感に入り込んだ「あの男」の亡霊だ。


 もし、この理論の出処が1945年に地下壕で自決したあの独裁者の真似をしている男だと知ったら、ミアはどんな顔をするだろう。悲鳴を上げて逃げ出すだろうか? それとも、今の彼女の熱狂ぶりを見る限り、「ヒトラーが言ったからといって、その正しさが損なわれるわけではない」と、彼女自身も深淵に足を踏み入れてしまうのではないか。


 エリアスは、自分を褒め称えるミアの言葉を聞けば聞くほど、心の中に黒い泥が溜まっていくのを感じました。


「ありがとう、ミア……」


 彼は力なく微笑みましたが、その脳裏では、あの動画の男が耳元でこう囁いたような気がした。


 ほら見ろ。真実は、これほどまでに甘美だ。





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