いつもと違う朝食会
私は、兄が苦手だ。
いつも高圧的に、上からものを言い、頭を押さえつけてくる。
ところが妹に接する時は、態度が全く違うのだ。小さい頃から、なぜなんだろうと思っていたけど、いまだに分からない。
今も、私は反射的に首をすくめてしまった。
「お兄様、そういう言い方おやめください。聞いている私たちも嫌です」
ノエルが言うと母も口を開いた。
「そうね。もっと静かに話してちょうだい。朝から大声は聞きたくないわ」
いつもの我が家だ。
一昨日の朝食も、こんな流れだった。
その朝、兄は言った。
「お前、まだ嫌だとか気が進まないとか言っているそうだな。ジェイソンのどこが気に入らないっていうんだ」
そう言った兄に、私は必死で言葉を返した。
「あの、彼は女性関係が派手だと聞いています。それに私のことを、これっぽっちも好きではない……のじゃないかと思うのです」
「お姉さま、あんなに情熱的に愛の言葉をかけてくださるのに、なぜそんなふうに思うのですか?」
「だって、あの方の愛の言葉は、内容がまるで上滑りよ。私を全く見てはいないと思うわ」
母が眉を寄せる。
「恋は盲目と言うじゃないの。それに今さら嫌だからやめるなんてできないわよ。いい加減、大人になって頂戴」
「⋯⋯私は、嫌です。嫌なんです、死んでも」
下を向いて小さい声で言った。
「くだらないことを言うな。家族揃っての最後の食事だ。さあ、始めてくれ」
父がそう言って、食事を運ばせ始めた。私はナイフとフォークを機械的に動かしながら、何を食べているのかも分からなかった。
「おい、何か答えろよ。俺は恥をかいたんだ。謝れ。謝るくらいじゃ済まないけど、とにかく謝れ」
兄が私に向かって怒鳴っている。
急に頭のなかの何かが冷えた。顔を上げて私は兄に答えた。
「もしジェイソン様が罰せられたら、お兄様は私に謝ってくださいますか?」
「あ! なんだって?」
「謝ってください。今までの私への態度と、ジェイソン様を紹介したこと。私の言葉を聞かなかったことを」
右手にナプキンを持ち、驚いたような表情のまま止まっている。
滑稽だ。
私は息を吐き出した。何でこんな人のことが怖かったのだろう。
それからゆっくりとお父様の方に向き直った。
「さあ、食事にしませんか。お父様」
父が慌てて、ロイドに食事を運んでくるよう言いつけた。
スープを口に運ぶ。今日も私の好物、クリーミーなクラムチャウダーだ。気を利かせてくれたのは、シェフのジョンだろうか、ロイドだろうか。
冷えていた体と心が温まっていく。
スープの皿が引かれたあと、妹のノエルと目があった。
彼女が何か言おうとする前に、私が口を開いた。
「ノエル嬢。君の冬の空のような瞳が好きだ。ほっそりとしなやかな鹿のような肢体と、その美しい歌声に僕は絡めとられる」
「えっ。突然、何? 誰のことを言っているの?」
「こう言って褒められて、嬉しい?」
「嬉しいも何も。それ私のことじゃないでしょ。私の目は曇ったブルーじゃないわ。茶色よ」
ノエルは怒り始めた。十五歳という年齢のせいか、最近少しぽっちゃりとし始めたのを、彼女は気にしている。
そして、これは直りそうにないが、音痴なのだ。
「そうね。これがジェイソン様の愛の言葉よ。これを毎回やられたら、姿を見ただけで逃げたくなるって思わない?」
「んまあ、ジェイソン様って目が悪いの? それとも頭がおかしいの?」
「さあ。そんなでも、近衛騎士団って入れるのね」
私の言葉に兄が食いついてきた。
「名誉ある近衛騎士団に対して、なんて言い草だ。王家への不敬と取られたらどうする」
フン、と鼻を鳴らしてしまった。はしたないわ、と自分を慌てて抑える。
でも言葉は止まらない。
「ブライアン様はどう判断されるかしらね。名誉ある近衛に相応しくないと判断されたら、ジェイソン様の名が、近衛騎士団から消えるかもしれないわね」
「お前、なんてことを⋯⋯」
「どう思われますか? お父様」
私は兄の言葉を遮って、父に振った。
父は黙って横を向いている。
「父上?」
「エリック、ブライアン殿との会話は、注意深くな。我が家と自分に不利になりそうなことは、一切話すなよ」
兄は驚いたのか、立ち上がった。椅子が一瞬倒れそうになるのが見えた。
「どういうことです? まさか昨日の茶番を信じているんですか?」
父はゆっくりと兄の方に向いた。
「ジェイソン殿がどうなるかは、わからない。だが、慎重に様子を見ないと、不味そうだ。わかるな」
兄は呆然と椅子に座った。
それからしばらく静寂が続いた。
ちょうど卵の料理が届けられた。私の皿には両面焼きの半熟卵が載っている。私はこれがお気に入りだ。母はスクランブルで、その他の三人はいつもオムレツを選ぶ。
早速卵にナイフを入れると、黄身がねっとりと流れ出る。いい焼き加減で嬉しくなる。
「よく楽しそうに食事ができるな。こんな騒ぎを起こしておいて。全部お前のせいだっていうのに」
兄がうるさい。
「あの、食事のときはお静かに。さっきお母様がおっしゃったでしょ。私は久しぶりに食事の味を感じているので、食事に集中したいの」
食べ物がとても美味しい。
おかわりしようかしら、と思ったらロイドと目が合った。
彼はニコッとして、こちらに一歩出る。
「何かお持ちしましょうか?」
「次は何?」
「小さなステーキです」
「じゃあ、おかわりはやめておくわ。ありがとう」
「父上、こいつのこの態度。たしなめなくてもいいのですか? 今日は変ですよ」
「食事をしながら、ゆっくり話そう。エリック、お前は少し落ち着け。そんなでは話が進まない」
ステーキが運ばれると、私は早速大きく一切れ切り取って、口に運んだ。
美味しい。生き返るようだ。
私がステーキを満喫していると、父が話し始めた。昨夜のブライアン様との会話の内容だった。私は既に聞いているので、片耳で聞きながら食事を続けた。
焼き立てのパンがすごく美味しい。
ロイドがパンを勧めてくれたので、もう一つ頂くことにした。
「ありがとう。凄く美味しいわ。ジョンの腕前は一級品ね」
「おい、真剣な話をしているんだぞ。お前聞いているのか?」
また、兄が何か言い出した。
「私は昨日その場にいたのです。それとも何か質問でも?」
「ブライアン殿がお前たちのなれそめについて聞きたいと言っていたそうだけど、なんだってそんなことを聞くんだ?」
「確か、お兄様が共謀しているとは思わないが、と仰っていました。良かったですわね。共犯者とまでは、思われていないようです」
兄が絶句し、お母様とノエルが青くなった。
父は、苦虫を噛みつぶしたような、しかめっ面をしている。
父が黙っているので、私の言葉は肯定された事になる。三人は目に見えてうろたえた。
そこで私は、ちょっとした仕返しを思いついた。
「もしかしたら、皆様にも事情聴取があるかもしれませんね。お兄様も、下手をしたらジェイソン様と一緒に、近衛から除籍されるかもしれないわ。口にはお気を付けて」




