マーカスー3
第1部の最終話です。
それから半月後に、報告書が届けられた。
多分妻と息子の二人で、何だかんだ言って引き伸ばすと思っていたのに、思いがけず早かった。
「あなたに早くお知らせしたほうがいいかと思って」
そう言って、エラがわざわざ持って来てくれた。
そこには彼女が半年前に亡くなったと記されていた。期待していたわけではない。今更会えるはずもない。
だけど、身体から力が抜けた。
しばらく、その文章の所で止まったまま呆然としていたが、ようやく書面の先を追えるようになった。
彼女は持っていた宝飾品のほとんど全てを、孫娘の長女の方に譲っていた。その中に加護の石はあるのだろうか。
もしかしたら、怒って捨ててしまったかもしれない。エリスは私をどう思っていたのだろう。
その時、気が付いた――半年前。私が愛を失ったと感じた頃か。
奇妙な一致だと考え込む私にエラが言う。
「この伯爵家に内密に打診してみますね。なるべく穏便な方法を探ります」
「手荒なことはするなよ。事情を話せば問題なく返って来ると思う」
「もちろんです」
エラは大きな口を開けて笑った。
私は、自分専用の密偵を動かし、エリスの今までの生活と、エリスの家族をもっと詳しく調査させた。
私は元王で、抜かりなく国を治め、諸外国ともバランス良く付き合ってきた。その間に集めた忠実な家臣や密偵がいるし、諸外国にも伝手がある。
エリスはありがたいことに、幸せな結婚をし、幸せに暮らしたらしい。
楽し気なエピソードが並んでいる。嬉しいが悔しいという複雑な気分にはなったが。
ただ一つ気になるのは、結婚の時期だ。
私は一年半程後に、妻を伴ってリース国を訪れている。リース国の王族の結婚式だったか?
彼女が結婚したのは、その数ヶ月後だった。
彼女はたぶん、私の姿を見ているだろう。妻と一緒の私を。既に息子も生まれていた。
前回訪問の帰国時の事故で、訪問中の記憶が無い事は、リース国側に伝えている。それも伝え聞いたかもしれない。
それでも、私をずっと愛してくれるなんて、あるはずがない。
彼女には息子が一人、孫息子と孫娘が二人いた。
長女と次女の調書を読むと、長女の方にエリスのおもかげを感じた。
ふと疑問が沸いた。あのエラが穏便な手など使うだろうか。そんなはずがない。それは、すぐに確信に変わる。
マリア嬢が危険だ。
そのこと以外でも、密偵の報告はあまり芳しい物ではなかった。マリア嬢の結婚相手に女がいて、子供までいると言う。
エリスの息子は、こういった情報を確認していないのか? まったく頼りにならない。
ムッとしながらマリア嬢の姿絵を見た。どことなくエリスに似ている気がする。
彼女の姿絵を見ていたら、突然別れの日のエリスの姿が浮かんできた。
私は彼女にペンダントを渡している。蕾の形の銀細工が下がっているペンダントだ。
「これは父から貰ったお守りなんだ。私を守って、願いを聞いてくれる。これに、君の想いを伝えてくれと頼もうかな」
「寂しい。早く会いたいって想いばかり、伝えてしまいそうだから嫌だわ」
「それじゃあ、楽しい事の報告なんてどうかな? 君が幸せなのが分かれば、僕は安心していられる」
「それなら、いいかもね。じゃあ毎日楽しい事を一杯見つけて報告するわ」
「それも辛いかな。立場上気軽に動けないのに、我慢できずに飛び出してきてしまいそうだ」
「じゃあ、小さな声で囁くようにって石に頼んで。それなら大丈夫でしょ」
そう言って彼女は笑った。
私は銀の蕾を握り、願いを伝えた。
――そうだ。
石に願いを伝えるには、石を触らないといけないのだ。
それから君に、「なるべく早く迎えに来るよ。待っていてくれ。絶対にだよ」と念を押した。
君の想いが、私をずっと包んでくれていたのかな?
重責への不安を漏らした時、私の背中を撫でてくれたように、そうっと優しく。
君の事だから、私が心配だっただけかもしれないね。でも君の応援はずっと伝わっていたみたいだ。
私はベルシアの王であることすら、君に伝えていなかった。
君が石を持って会いに来ていたら、全てが違っていたかもしれないのに。
愚かな、浮かれた若造だった私。
だが、もう遅い。
――エリス
しばらくうなだれていた後、私は立ち上がり、隠し戸棚から、契約の誓詞を取り出した。
これは父の言っていた事態なのだろう。石がベルシアに戻っても、受け継げる者がいない。
私が王太子を指名しても、石が彼を拒否したら、そこでベルシア王家との縁は切れる。そうなる予感がする。
本当は、譲渡が途切れることが無いよう、内々で継承の儀式を行うのだ。私は十五歳で次期継承者の指名を受けている。石があれば、拒絶されるか、受け入れられるかは、すぐに分かる。
もし、石が今まで彼女の想いを伝えてくれたなら、石は彼女を拒絶していない。それならいっそ、彼女の孫、マリア嬢に繋いでおこうと考えた。
波乱の多そうな結婚への備えとして、それ以上にエラとベルシアからの守りとして、私からのプレゼントを彼女に。
私は王位継承の時と同じ誓詞を述べ、それから石に心からの祈りを捧げた。
「私の次は、長年石と共に過ごしたエリス・ベールの孫、マリア・クルスに加護を与えたまえ」
石が手元にない状態での継承の儀は始めてだが、これでいいはず。彼女が石に願いを伝え、石が受け入れれば、彼女を守ってくれるだろう。
その後、ちょっとした風邪から私の体調が悪化し、そのまま寝付いてしまった。どうも、良くないようだ。
すると息子は議会で、加護はマーカス前王から王太子に譲られることになったと宣言した。
自分に譲られることは無いと知ったから。
今の内に、石の譲渡について知っている事を、書き残して欲しいと言われている。
その書類をニックに口述筆記で書き記してもらい、二種類作っている。
一種類は、ベルシア王家の書庫に保管される。こちらには、あの時に息子に話した内容しか書いていない。
もう一種類には、もう少し詳細な内容を書いた。継承の誓詞も、そこに記している。
この書類は、忠実な従者であり、私の密偵のリーダーでもあるニックに託した。マリア嬢に、喪が明ける半年後に渡してもらう予定だ。
その時には、私からの贈り物も一緒に渡してもらおうと思っている。
リース国とベルシア国との国境付近にある、私の私有地を彼女に贈る。
元々、エリスに贈るつもりだった土地だ。
肥沃で裕福な土地で、価値は高い。身を守るための財産は多いに越したことはない。
喪が明けると、私個人の私有財産遺贈の話が始まるはずだ。権利関係の書類は、きっちり作成させている。
今後、その土地の管理は、ニックを始めとする、私に忠実な家臣団が行うことになり、彼らは次第にそちらに移住して行っている。
マリア嬢に渡るまで、代理人に管理を任せ、間を置くようにした。これで、彼女が息子たちと直接揉めることはないだろう。
「ニック、色々と面倒だろうが、よろしく頼む」
「お任せください、マーカス様」
私は、エリスに似たマリア嬢の姿絵を開いて微笑んだ。
「マリア嬢、幸せな人生を送って欲しいよ」
~~* べルシア国で弔問の鐘が鳴り響く朝のこと *~~
「私、どうしてここに居るの? これは、どういうこと?」
クルス家のマリアの寝室で、小さな声が上がった。
【石の謎編】了
【石の謎編】マーカス前王のおかげでやり直しのチャンスを貰い、マリアは陰謀や危険と戦う人生に進み入りました。その介入が無ければジェイソンたちの企みは成功し、二人は晴れて結婚していたかもしれませんね。
マリアを見守ってくださった皆様、ありがとうございました。感想も、誤字脱字報告も、凄くありがたかったです。
エリスの話をマーカスの後に加える予定でしたが、長くなりそうなので、後日番外編などで出そうと思います。せつない話ですが、エリスはクルス伯爵をちゃんと愛して、幸せに暮らしましたのでご安心ください。
第二部の王宮編は、準備期間をいただいて、3月22日からの週スタート予定です。活動報告を出します。
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