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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者:
第五章 ベルシア王マーカス

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マーカスー2


 主治医とニックは下を向いていて、私と目を合わせようとしない。


「お前は誰だ。私にそんな口の利き方をしていいと思っているのか」


 つい興奮して叫んだ。

 女の服装は金がかかっていて、もしかしたら高位の貴族かもしれない。

 だが、私には見覚えのない女なので、あまり親しくないはずだ。それなのに、腹が立つほど、馴れ馴れしい。というより、生々しい悪意を感じる。


「私はあなたの妻よ」


「……嘘だ」


 そう言って、横に立つ主治医とニックに目を向けると、下を向いたままで顔を上げない。その態度で、この女の言葉が本当なんだと分かってしまった。

 女をまじまじと見ると、傲慢さと残忍さが見て取れた。

 こんな女と私は結婚していたのか? 私の天使、エリスとは正反対の、こんな女と?


「そんな……」


「あら失礼ね。私は侯爵家の娘で、婚約者候補の一番だったのよ。あなたも満更ではなかったじゃないの。贈り物のサファイアの首飾り、大切にしているわよ」


 芝居がかった言い方が嫌らしい。喜んでいるのが丸わかりなのも驚愕だ。

 どうみても、取り返しのつかない失敗を自覚した私を、愚弄しているだけだ。

 本当に質の悪い女だな。

 サファイア?

 その昔、俺はこの女にサファイアが似合うと思ったのだろうか。思い出せない。今度は事故の後の記憶がぼんやりとしている。


「彼女は単にもて遊ばれただけだと思っているでしょうね。かわいそう」

 

 女は楽しくてたまらなそうに笑う。


「そんなことは無い。彼女に加護の石を預けた。私の一番大切な物を。私の心を信じてくれているはずだ」

 

「なんですって!」


 女が叫んだ。

 そして凄い剣幕で、私に掴みかかってきた。


「この、愚か者。なんてことするの」


 そう言いながら、私の襟首を掴んで揺さぶる。

 これが、俺の妻か……俺はいったい何を考えて?!


 主治医とニックが女をなだめ、無理やり引きはがした。


「マーカス様には安静が必要です。頭を打ったせいで、記憶が混乱しておられるようですから、安静にしてお眠りください」


 主治医が私に向かって宣告し、ニックが丁重に女を部屋から送りだした。その後、ベッドのカーテンを引いてくれた。


 私はいつの間にか眠っていたようだ。

 そして夢の中で、あの東屋に似た場所で、若い女性と一緒にいる。彼女は、とても大切な女性だ。

 

 パチッと目があいた。

 部屋の中は暗い。


 それからしばらく、ぼおっとしている内に、記憶の統合がなされた。

 失われた三ヶ月分の記憶が戻ったのだ。それ以降の事もちゃんと覚えている。

 私の記憶の全てが繋がった。


 事故の前、三ヶ月ほどの記憶が無くなっているのは、聞かされて事実として知っている。でも、特に問題のあることとも思わなかった。加護の石についても全く記憶が失われていたが、無くなってしまったのだから仕方がない。


 戴冠式については、周囲の者達が様子を教えてくれた。その後の外遊での様子も従者たちから聞いている。ただ、そこから足を延ばした、半月ほどのお忍び旅行については、わからないままだった。

 その時に従っていた従者は、馬車の事故で亡くなってしまったのだ。


 エリス?

 エリスだ。

 あれから何年経った? 四十年近い。

 私は、何を失ってしまったんだ?


 記憶と現実と気持ちがぐるぐると回りながら一つになって行った。


 私は、愛を失ったのだ。

 そう結論が出るころには、外は明るくなっていた。


 朝になると、息子が見舞いにやって来た。

 私はすっかり身じまいをして、椅子に座り、朝のコーヒーを楽しんでいた。


「お父様、おはようございます。お加減はいかがですか?」


 心配げな表情を作って、私に話し掛ける。顔だちは私に似ているが、性質は妻にそっくりだ。残念なことだと思う。


「ああ、ありがとう。だいぶいいよ」


「昨日、母から加護の石について聞きましたが、他国にあるとは思いませんでした。それを返してもらわないといけませんね」


「そうだな。国から内密に打診してみたらいい。彼女なら、すぐに返してくれるだろう。渡すときに私の一番大切な物だと言っておいたから、捨ててはいないと思うが、どうかな」


「王家の宝だとは伝えなかったのですか?」


「その辺はまだ少し曖昧なんだ。なんて言って渡したのだったか思い出せない」


 息子はわざとらしく溜息を吐いた。


「では密偵を送り、元エリス・ベール令嬢の消息を調べさせましょう。父上にもご報告差し上げたほうがいいでしょうか」


 元、という単語が胸に堪える。元エリス・ベール嬢は、私の隣に寄り添い、私の息子の母になっていたはずなのだ。

 その気持ちを隠して、息子に向かって言った。


「報告書は私にも回してくれ」


 この息子は、変な風に裏をかんぐる癖があるので、下手なことは言えない。

 何せ、今は一国の王なのだ。その影響力は大きい。


「もう記憶は、はっきりしたのですか? 昨日は混乱していたと伺いましたが」


「ああ、今朝起きたら、すっかり普通になっていた。昨日は、事故から後の記憶に靄がかかったようだったが、今は大丈夫だ。部分的にまだ思い出せないことはあるが、大体は繋がったよ」


「よかったです。それなら、加護の石についてもお伺いできますね」


 ああ、そういえばこの子は加護の石に固執していた。

 今までの私の事故の何割かは、この子の指図だ。そういうところも母親譲りだな。

 私は視線を窓の外に移した。虚しいものだ。


「あの石を取り戻し、私が持ち主になれば、加護は私に移るのですか?」


 私は視線を息子に戻した。


「いいや。戴冠式のときに誓いを述べる儀式があるだろ。あれで次期王に加護の譲渡が決定する」


 息子が驚いてこちらを見る。そして私を責めるように言いつのった。


「でも、私はまだ加護を受けていません。未だに父上が加護を受けているじゃないですか」


「実際に加護が移るのは、現在の持ち主が亡くなった後だよ。その後に儀式で指名した次期王に移動する。つまり儀式は前契約みたいなものだな。それから王が石に最初の願いを行う。それを石が受け入れれば契約が結ばれる」


 息子は不服そうにぶつぶつ言っている。


「では、父上より先に私が死んだら、どうなるのですか」


「儀式のときに、お前が譲る相手の名も述べただろう。つまり王太子に譲られる」


 やっぱり不服そうだ。加護の持ち主が死ねば、次期王に加護が移ることは伝承されていたので、私に早く死んでもらいたかったようだが。


「それから、加護を受けている人間に害をなそうとした者には、加護は移らない。石が拒否するからね」


 そう言ったら、目に見えて蒼白になった。

 

「何を驚いているんだ? 当たり前だろ。王家に害をなすものを、石が守るわけがない。だから敵に渡ったりはしないから安心しろ」


 私は少しだけ、気分が晴れた。この息子に加護は移らない。だから息子が指名した孫の王太子にも加護は移らない。


 実は王太子に譲るよう、祈りを捧げようかと思っていたのだが、どうにも気が乗らないまま、今まで来てしまった。

 王太子がどんな性格なのか、私には良くわからない。妻や息子よりまともに思えるが、接点が少なかったせいか親近感を感じないのだ。

 愛想は良いし、頭も良さそうだ。だが、彼に譲りたいという気持ちがなぜか起こらない。

 結局今は、次の契約者の指名がなされていない状態なのだ。


 昔、子供の頃、父に言われた事を思いだした。


「この石は、邪悪な思いを秘めた者には加護を与えないようだ。だから王位を譲る時は、それを考えて後継者を決めるようになっている。おかげで、この国も周辺も平和だろ?」


 私は父に聞いた。


「それで加護を受け取れる人がいなかったらどうなるの?」


「石が自分で次の主を決めるそうだよ。今までは無かったし、お前も大丈夫だろう。石に選んでもらえる人物がいなかったら、それはもう、この国は石を持つ資格が無いってことだ」


 そう言っていたなとしみじみ思う。

 別にこの加護が無ければ国が保たれないわけではない。現に王である息子だって、無くて困っているわけでもないのだ。

 常時、暗殺の対象にされ、何度も殺されかけるのでなければ。



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― 新着の感想 ―
接点少ないとはいえ孫に譲る気になれなかったという事は石が嫌がる程度には既に王太子もやらかしていたかな そして既に石は取り戻したとはいえ加護の対象は移っているので下手すれば国全体が石に庇護者に害成すもの…
ちょっと待って。じゃあ、個人名付きで石を渡してしまった事を性悪共に話してしまったこの前王はとんだ愚か者だという事では。 そんな事を教えてしまったら、愛した女性やその身内の命が狙われるという想像できなか…
つまり石自体を取り戻しても『加護』は取り戻せないのがこの時点で既に確定していて、でも現王か王太后かは取り戻せばなんとかなると甘いことを考えて工作員を送り込んだ……?
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