混乱ー3
【石の謎編】のマリアたちの話の最終話です。
第五章にベルシア前王マーカスの話が続きます。もう少しお付き合いください。
「男の方が脆いのかもね。記憶を取り戻した王は、ひどくとり乱したそうよ。王太后様は、前王に対して愛情は無いけど、それでも腹は立つみたいね。だからあなたを不幸にしないと、気が済まないってさ」
やっぱり、言いがかりか、八つ当たりだわ。
腹が立って来て、鼻から息をフンッと吐いた。そんな私を、女は面白そうに見ている。
「話を引き伸ばしても助けは来ないわよ。爆破したのと反対の方向の厩舎や、使用人用の別棟にも仲間が火を放ったからね。騎士達はその救出に追われているはずよ。残念ね」
言おうとした言葉が喉に詰まった。
だけど、黙ったら殺される。
「とにかく石を渡すわ。それがもし探し物じゃなかった場合、私が死んでしまったら、ありかが全くわからなくなるけどいいの?」
「そう言えばそうね」
女は少し考え込み、私から意識が逸れた。
その時、目の端で何かが動いた。バルコニーの方だ。そちらを横目で窺うと、ドアとカーテンに隠れるように、護衛のダグが潜んでいるのが見えた。
ダグは私と目が合うと、指を下に向けた。同時に「頭」と唇を動かす。
私はすぐその場にしゃがみ込んで、頭を抱えた。
女が私の動きに気付いたのと、ダグがガラス戸を蹴って室内に飛び込んだのは同時だった。
バンッと大きな音を立て、部屋の入口のドアが開いた。そこから兄たちがドカドカと走り込んでくる。大人数の足音がいりみだれて、うるさい程だ。
密偵の女は反対のバルコニー側を向いていたので、反応が遅れた。
振り向いて、入口から走り込む男たちに向かい合う彼女の腕に、投げナイフが刺さった。
女は刺さったナイフを取って投げ返し、そのまま素早い身のこなしでベランダに向かって走った。その時、テーブルの上に転がっているキャッツアイに目を留めると、それを掴み取り、ベランダから外に投げた。そしてその場に崩折れた。
ザザザッと木が揺れる音がした。
ここは三階だ。
兄たちに続いてベランダに出ると、一人の男が庭園を走る姿が目に入った。あの高さから木を伝って飛び降りたらしい。石を受け取って逃げたのだ。
「マリア、無事か! 何かされなかったか? 油断してた。こんなに多人数で組織だった集団だと思っていなかった、俺たちのミスだ」
兄が大声で言いながら、私の肩を掴んで乱暴に揺さぶる。
心配してくれているのはよくわかるけど、やはり扱いが荒い。
「無事です。あ、でも、石を取られてしまったわ」
「そうか」
兄の腕から私を引きはがしたのはブライアン様だった。その表情は悔しそうに歪んでいる。
そのままギュッと抱きしめられた。
「油断した⋯⋯」
小さく呟くその身体は、少し震えている。
私は彼の背中をゆっくりとさすった。それにつれて彼の震えが少しずつ収まっていく。
落ち着いた彼は、私から少し体を離し、顔を見つめた後、身動きできないくらいにギュッと抱きしめた。
私はようやく身体から力を抜いた。安心したのだ。二人なら大丈夫だと思えた。
ほーっと大きく息を吐き、そのまま彼にもたれかかった。
「アー。そろそろいいかな? 人前だしな」
しばらく後に、兄にそう声を掛けられ、ぼんやりと周囲を見回す。
騎士たちが、それとなくあっちこっちを向いて、見ない振りをしてくれている。
そういえば、家の騎士たちに囲まれているのだった。私は慌ててブライアン様から飛びのき、兄の後ろに隠れた。
女はあの男と同じように自害していたそうだ。死体が多すぎる。ベルシアとはどんな国なのだろう。
騎士たちが引き揚げると、入れ替わりでベルとロイドが部屋にやって来た。
「お嬢様、なんてことでしょう。お怪我は?」
「無いわ。みんなのおかげよ。私、がんばれたわ」
べルは何のことかわからないながらも、「それは、ようございました」と言い、青い顔のまま私の全身を見まわしている。
私の様子を見に来たベルが、見知らぬ女の声と、会話の内容を聞いて、ロイドの元に走ってくれたそうだ。それを聞いたロイドが、庭に散らばっていた兄と騎士たちの元に、屋敷内にいた使用人たちを向かわせ、消火を交代させてくれた。
そのおかげで、騎士達の半分が私の救出に向かえたらしい。
「幸いけが人は出さずに済みました。今日は豪華ディナーと酒盛りで、宿舎に戻っていた者も、寝ている者も非常に少なかったのです」
そう教えてくれたロイドは、何事もなかったように、さっそく部屋の内部を確認し始めている。
「石は、正当な持ち主である王太子の所に戻ったんだ。これでこの一連の事件は決着した、と思っていいのかな」
兄が少し疑問を混じえて言う。
「これで終わりならそれが一番だが、どうだろうな」
ブライアン様も少し懐疑的だ。
「石に関する情報は、前王の事故の時に完全に失われていて、誰も詳細を知らないと言っていたわ。私が加護を受けていることは知らないままだから、これで王太子に加護が移れば、それで終わりになるのじゃないかしら。後はベルシアの王太后の気持ちが収まれば……収まるわよね?」
私も、終わりだと断言できない。これまで二人から聞かされている王太后の執着は、そう簡単に消えそうに思えない。
突然ブライアン様がきっぱりと宣言した。
「今日の件は、マリア嬢に譲られた家宝の宝石を狙った、盗賊団の仕業だ。賊は宝石の一つを盗んで逃走したことにする」
兄がぴくんと反応し、それに続けて声を上げた。
「後から忍び込んだ賊が、こちらに捕まっている仲間を始末して逃げた。大掛かりで組織的な盗賊団の可能性もありますね」
ブライアン様と兄が、いきなり近衛騎士の顔になっている。
今日のこの騒ぎはということは、メリーとジェイソン様の件はどうなるのだろう。その疑問を読み取って、ブライアン様が続けた。
「あの男とメリーは盗賊団の一味で、ジェイソンを騙した事にする。仲間割れしてメリーが殺され、ジェイソンは薬を盛られて討たれた。男は流れ者で素性は不明。その自白内容は、私から上に報告する。エリック、話を合わせておこう」
「承知しました」
私が呆然としている間に、話が二人の間でサクサクと進んでいく。
「クルス家にはしばらく騎士団を派遣する。マリア嬢は安全が確認されるまで、王宮にいてもらう。第二王子殿下の侍女としてだ。チャックのお世話係として、住み込みで働いてもらうことになるだろう」
ロイドとベルはすぐに支度にかかった。
ベルが私の私物をトランクにまとめ始める。たったの十日ほど前に、結婚のために詰めたばかりなので、動きにためらいがない。
私のブラシと櫛、ナイトキャップにリボン。それにあの扇子。
何もかもが結婚式の前に戻ったような光景。でも行先も事情も、私の気持ちもまるで違う。
ただ一つ同じなのは、今後に危険が待っているかもしれないこと。
ベルが中身のない銀の蕾を扇の芯に差し込み、器用に留め付けているのを、ぼんやりと眺めた。
またふと、祖母はどんな気持ちでこの扇子を握っていたのだろう、という疑問がよみがえった。
ロイドは、兄とブライアン様と三人で話し合っていたが、「伯爵様に報告してまいります」と言い置いて出て行った。
ブライアン様は騎士の冷たい青い目のまま、私に向かって告げた。
「マリア嬢。このまますぐ、王宮へ向かっていただきます。ここでは守り切れない。ではベル、支度が終わったら声を掛けてくれ」
指示をし終わると、ブライアン様はふっと息を吐き出し、髪を掻き上げた。黒い絹のような髪が、指の中をさらさら流れた。
その一瞬の後、ブライアン様は私の腰を抱き寄せ、熱いまなざしで私の目を覗き込む。
そして強い中に甘さの滲む声で言う。
「絶対にお守りします」
【石の謎編】のマリアたちの話はここで完結ですが、続いてベルシアの前王と石の加護の話が続きます。そこまでで、【石の謎編】は完結です。
全三話ですが、少し長いので、四話に分けるか考え中です。




