混乱ー2
その音に弾かれるように二人が立ち上がり、「ここに居て。すぐに戻る」と言って飛び出して行った。
兄が出がけに、「ベッドルームの方に籠れ」と言ったので、奥のベッドルームにロイドと向かった。
私は急いでガラスの開き戸を開けて、バルコニーに出てみた。庭を見ると、あずま屋が燃えている。
火事!?
でも爆発音がした。
何?
「ロイド、何なの、これ」
「たぶん爆薬です。今度は本物の襲撃のようです。お嬢様、部屋に籠っていてください。私は屋敷の施錠を確認してきます。密談のため、護衛を一人もそばに置いておりませんから、私が出たらベッドルームのドアに閂をかけてください。エリック様達が戻るまで開けないように」
私はまたバルコニーの手すりに張り付いて外を見た。
騎士たちが走ってくる。
あずま屋は屋根半分が吹き飛んでいるので、壊して消火するつもりのようだ。
数人で取り着いて蹴ったり、飛んだ木片の火を消したりしている。
襲撃者の姿は見えない。それが余計に不気味だ。
密偵というのは、騎士とは全く違うのだと思った。戦い方がまるで異質だ。
この屋敷の騎士たちは勝てるのだろうか。
ドンッとまたくぐもった音がした。
今度はどこなんだろう。
音が少し遠い。もしかしたら兵舎だろうか。仲間を救いに来た?
廊下を使用人たちが走り回り始めたようで、屋敷のうちも騒がしくなってきている。
私は一人で部屋の中をうろうろしながら、連絡を待った。
ベランダに出て、外の様子を何回か見に行った後、前室の方からドアをノックする音が聞こえた。
「エリック様、いらっしゃいますか? 伯爵様がお呼びです」
侍女らしき女性の焦った声がかすかに聞こえてきた。ずっと叫んでいる。私は居間まで出た。
「お兄様は外に出ていったわ」
「お嬢様ですか? ご無事ですか?」そう叫ぶ声は、口元を布で覆っているようで、少しくぐもって聞こえる。
それと共に前室と居間の間のドアの鍵がガチャガチャと音を立て始めた。ロイドと兄以外は鍵を持っていないはず。
私が驚いてベッドルームに逃げようとする前に、ガチャッという音と共にドアが開き、見知らぬ女がするっと入り込んできた。伯爵家の使用人の服を着ている。目立たない雰囲気の中年の女性だが、この屋敷で見かけたことはない。すばやい動きで、私とベッドルームの間に立ちはだかった。
「あなたは、誰? うちの使用人ではないわね」
「あなたがマリアお嬢様ね。あなたのアクセサリーを貰いに来たの。祖母君から譲られた品で、猫の模様の石よ。覚えはないかしら」
とても人懐こい様子で、気さくに話し掛けてくる。そのせいで警戒する気が全く起こらない。この女も密偵なのだろうか。多分そうなのだろう。
それにしても、密偵たちですら石の姿を知らないのは何故?
「わからないわ。一体、どんな模様なの?」
「さあ、困ったことに猫としか聞いていないのよね。元々王族しか知らないことだし、伝承が四十年前に途絶えたから、わからないらしいわ。それっぽいもので、心当たりはない?」
急に閃いた。
王が記憶を失って、石の姿さえ分からなくなってしまったのかもしれない。
「王族の持ち物だってことなの? それなら王の周辺の者、両親や兄弟なんかは、姿を知っていたのじゃないの?」
「前王が早くに亡くなって、王は若くして王位に就いたのよ。その王を暗殺しようとしたのが、義母と異母弟。王は馬車ごと断崖絶壁の下に落ちたけど、気を失っていただけで、身体には傷一つなかったそうよ。馬車はバラバラになっていたのにね。でも、その時に頭を打ったらしくて、記憶を少し失ったそうなの」
それで怪我もしないで済んだのは、やはり加護のおかげなのだろうか。
断崖絶壁から落ちて無傷の可能性は、と考えてみたが想像が出来なかった。
「暗殺の経緯が表に出て、しかも王家の宝まで失われてしまったので、義母と異母弟の二人は断罪されたわ」
色々な意味で壮絶だ! ここまでの話を聞いただけで、前王に同情してしまう。
「そこの絶壁で、一年近くも捜索が行われたけど、結局石は見つからなかった。その後、王が石の行方どころか、その姿形さえも覚えていないと分かった時の混乱ったら、それはもう、語り草よ。もちろん、私はまた聞きだけどね」
つまり誰も、それがどんな物なのか、知らないわけだ。
では、何か適当な物を渡して誤魔化す? もしくは本物を持って帰ってもらう? そんな事を考え、一瞬迷った。
「あらあ、覚えがありそうね。助かるわ」
そう言いながら、彼女は無造作に近付いてくる。
動きは静かなのに、圧迫感が強い。
私は押されるように、後ずさっていくしか無かった。
壁際に追い詰められ、動けなくなった私は、本物を渡すことに決めた。
「それがそうかはわからないけど、猫のような石は一つしかないわ。それを渡したら帰ってくれる?」
「いいわよ~」
すごく軽く言う。だがその声と口調は、死んだあの男がメリーに言った、「気にならなくしてあげよう」という言葉を連想させるものだ。
これは、渡しても殺される、と明確に分かった。
私は結局この生でも殺される運命なのだろうか。メリーと同じように?
……やっぱりね、という諦めがじわじわと胸に広がり、身体から力が抜けて行くような気がする。
「渡して」と言って、女は手をこちらに伸ばす。
その平坦な声を聞いた時、なぜか今日一緒に戦ったみんなの顔が頭に浮かんだ。
彼女の声とまるで正反対の、生き生きと力強いイメージに包まれ、途端に勇気が湧いてくる。
そのおかげで、何もしないで、ただ静かに殺されるのは、絶対に嫌だと思えた。
でも私に出来ることは少ししかない。それで私は質問をした。
「さっきの2回目の爆薬は、兵舎に仕掛けたの? 捕まった賊たちを助けに来たの?」
女はうっすらと笑った。
「殺しに来たのよ」
言葉が喉の奥につかえて出てこない。ごくりとつばを飲み込んで、声を絞りだした。
「仲間じゃないの? 皆、殺してしまったと言うの? うちの騎士達も?」
その可能性に気が付き、顔から血の気が引いた。私は口元を掌で押さえて、動揺を鎮めようとした。
その様子を見て、「結構しっかりしているのね。聞いていたのと違うわ」と言う。
あの男と同じ言葉。
やはりあの男の同僚なのだろう。
「家の騎士はどうなったの?」
「一回目の爆破でほとんどが外に出ていたみたいね。兵舎の警備をする者も、外に出て周囲を見て回っていたようだった。それは、中の人間が閉じ込められていて、外に出られないということよ。私には都合の良い状況だったわ。別にこの家の騎士を殺すのが目的じゃないからね」
そう聞かされて、足の震えが少し落ち着いた。
それで、違う方向の質問をぶつけてみた。
「猫の石は王族のものなんでしょう? なぜそれが私の家にあるの?」
「前王があなたの祖母に、愛の誓いと共に渡したのよ。絶対に迎えに来るって言ってね」
女は急に嬉しそうな表情になり、ニヤッと笑う。
「ねえ、裏切られたお祖母様は不幸そうだった? どう?」
楽し気に女が聞く。興味津々の様子だ。
「明るくてよく笑う方だったわ。お祖父様とも仲がすごく良かった。昔からいる執事に聞いたら、昔からいつも幸せそうだったと言っていたわ」
女はかなり驚いたようで、意外そうにしている。
「へえ~。やっぱり女のほうが強いのかしら」
白けた感じでそう言った。




