混乱ー1
「あ、急がなくては。置いていかれてしまいます」
「マリア嬢」
ブライアン様が呼び止めた。そして私の腕を引く。
踊るようにクルッと回され、私は彼の腕のなかに捕まってしまった。
「乱暴で申し訳ない。でも、あなたは、捕まえておかないと、すぐにすり抜けて行ってしまう。お答えを聞かせてください。どんな答えでも、受け止めます」
真剣な目がすぐ上にあり、私を見つめている。
自分でも驚くくらい素直に答えが口から出た。
「あなたのことが好きです」
嬉しそうにブライアン様の瞳が笑った。そしていたずらっぽく尋ねる。
「エリックよりも?」
「当たり前ですわ」
私も笑ってしまった。その私に、笑いながらブライアン様が聞いた。
「じゃあチャックは?」
「チャックの方が好きです」
すごく自然に口から出た言葉に、私はびっくりした。
そしてブライアン様の笑顔が固まった。
刺繍をしながら考えていたことが、そのまま口をついて出てしまった。
彼はしばらく私の肩に顔を伏せていた。ゆっくりと顔を上げると聞いた。
「じゃあ、人間の男では、私が一番ですか?」
「はい、一番好きです」
不安だったので、思いっきり言い切ってしまった。
「それならいい。チャックを超えるよう頑張ります」
少し無理をしているような彼の顔が胸に刺さる。申し訳なくて身の置き所が無いが、ほっとしたのと、安心したのとで泣きべそをかいてしまう。
「こんな素敵な方が、私なんかを好きだなんて、信じられないわ。今度は都合の良い夢を見せられているのかしら」
なんだか、思ったことをそのまま口にしている気がする。
「あの。もしかして、お薬がまだ残っています? 私、変なことを色々口走っている気がします」
えっと言って、ブライアン様が指輪を確認する。振ってみて首を傾げ、鼻に近付けた。
「いいえ、そんなに長く持ちません。香りが出始めて十分ほどで揮発しますから。もしかしたら、すごく薬の影響を強く受ける質なのかな」
それは困る。思ったことをペラペラ喋りだしたら、とんでもない事を言いそう。
「指輪は仕舞いますから。大丈夫ですよ」
そう言って、宥めるように私の手を取った。
「ありがとうございます。やっぱり、刺繍と甘い物とブライアン様の瞳だわ」
「はい?」
ダメダメ、やっぱり思った事が、そのまま漏れている。
私は口をハンカチで覆い、反対側を向いた。
「気にしなくてもいいです。楽しいことばっかりおっしゃってますから」
そう言って笑いながらエスコートしてくださった。
まさに夢のようだ。
屋敷に戻ると、ホールでロイドが待っていた。
「エリック様の部屋に、夕食のご用意をいたしました。こちらへどうぞ」
部屋に入ると、お兄様は探るように私たちを横目で見てから、ニヤッとした。
「何か良いことがありましたか?」
「ああ、マリア嬢に、人間の男では一番好きだと言ってもらえたよ」
そう言って吹き出した。
私はまだ薬の影響が残っているのか、一緒になって笑ってしまった。
兄はポカンとしていたが、「そりゃ、何なんだ」と呟いた。
「私の恋敵はチャックだ。強敵だな」
ロイドが、ささっと部屋を出ていった。やはり陽気な質のようだ。
「お前なあ……もういいか。こちらにどうぞ、副団長」
兄が示す先のテーブルには、たっぷりと料理が並べられている。それから、少し投げやりに言う。
「さて、どこに座っていただけばいいやら」
「人間では一番なんだから、マリア嬢の隣だろ」
「それでいいんですか? まあそちらの椅子をどうぞ。その横にマリアだな」
それで二人で並んで座ることになった。緊張するかと思ったけど、凄く自然な気がした。
ブライアン様の隣が落ち着く。思わず顔を見合わせて微笑み合った。
多分、同じことを考えたのだと思う。
「マリアを助けてくれる人が見つかって良かった。この先、一筋縄ではいかなそうだしな」
しばらく、何事もなかったかのように、三人で食事をした。二人はせっせと食べている。
私はプディングやケーキを大きくカットして皿に盛ってもらった。
「そろそろ重たい話に取り掛かるか。マリア、気分は?」
甘いケーキが、緊張した気分をぼんやりとした感じに緩めてくれている。
兄に問われて、「大丈夫です」と即答できるくらいに。
「ロイドは一緒に聞いてくれ。おばあさまに関わる話なんだ。知っていることがあれば、教えてほしい」
兄は扇子をテーブルに置き、その横に石を置いた。
「賊の狙いはこの石だ。ベルシアの王が、昔おばあさまに渡したそうだ。石だからアクセサリーにしてあると思っていたようだな。ところが、扇子の要の飾りに隠されていたんだ」
「大奥様愛用の扇子でございますね。いつも持っておられました。ご実家から持ってこられた品です」
そういえば、おばあさまは、恋人に約束を破られたんだわ。それをどう思ったのだろう。
約束の時に受け取った品を、なぜずっと持っていたの?
これが大切な品だと分かっていたから?
それにしては日用品扱いだし、これでお祖父様やお父様をピシピシ叩いていたのよね。
色々と腑に落ちないことだらけだ。一つ謎が解けて、また別の謎を抱えてしまったらしい。
「おばあさまは、お祖父様のことを愛していたのかしら。幸せそうだと思っていたけど、違ったのかしら」
ロイドは私のほうに向き直った。
「私が見てきた大奥様は、お幸せそうでした。前伯爵様とも仲が良くて、よく笑っておられましたね」
やはりわからない。
おばあさまは、その相手への想いを吹っ切れたの? 多分そうよね。
「その過去の問題が今に蘇った。ベルシア国の王族が、この石を取り返そうとしている。持っているのはマリアだというところまで調査済みらしい。ついでに昔の恋敵の子孫に報復したいようだ」
「ああ、それは⋯⋯」
ロイドが絶句する。
「マリア嬢は、しばらく王宮で第二王子殿下に仕えたほうがいいかもしれない。今日、王子に持ちかけられたんだ。チャックの世話係として働かないかって」
ブライアン様が言い出した。
「へえ。王宮で王子の側近く仕えるのだったら、安心だな。いいかもしれない。俺も時々様子を見に行けるし」
突然の提案に驚いたが、この屋敷にいたら皆が危険な目に遭うかもしれない。
王宮に入ってしまえば、相手も手が出せないだろう。
「それがいいかもしれないわね。私、お受けしようかしら」
その時、外でドンッと大きな音がして、窓ガラスが揺れた。




