石の謎ー3
着替えは済ませていたので、髪の毛を整え直し、軽く化粧も直して出掛ける準備をすませた。その間に、ベルがハンカチを綺麗に整えて、畳んでくれていた。
従僕に兄の部屋に案内されると、二人が待っていた。
二人共着替えたようで、兄もブライアン様も、実用的で簡単な白いシャツにベストという服装に変わっている。
兄は元々剣術の練習着だったのであまり変わらないが、ブライアン様のそういう姿は初めてで、ドギマギしてしまう。華やかな服装も素敵だけど、こういったシンプルな服装の方が美しさが際立つようだ。
「ありがとうございます。私たちのために」
私がそう言うと、ブライアン様はこちらにスッと近付き、私の手を取って口づける。
思わず、びくーんと手が持ち上がってしまった。
「あ、あの、こういうご挨拶には慣れていなくて。失礼しました」
彼はいたずらっぽくニコッと微笑み、「あなたのなさることなら、何でも嬉しいです」と言った。
さっきの寂しげな様子はどこに?
心配して損したような気分になった。
先にハンカチを返しておこうと思い、畳んでもらったハンカチを差し出した。
「汚れを拭って、チャックの噛み跡に刺繍を追加しました。気に入っていただけるといいのですけど」
彼はにこにこしながらハンカチを受け取り、広げた。
ハンカチの反対側、チャックの噛んでいた辺りに、青い花の群生が広がる。
今までのハンカチより、広げた時のインパクトは倍くらいもある。やっぱり彼の青は美しい。その青の花の周辺を、柔らかな薄緑の葉が包み込んでいる。
それを見て無言のブライアン様。
「力作なのですけど、お気に召しませんか? すみません。私もう一度直しますから、返してください」
「いいえ。こんな素敵なハンカチは見たことがありません。感激して言葉を失いました」
「うん、凄いな。お前の刺繍の腕は凄いよ。それに肝が太い」
「まあ、どういう意味よ」
「副団長殿、チャックがいたずらをするたびに、このハンカチは豪華になっていって、その内に、全面が青と薄緑で埋まりそうですね」
兄はそんなことを言って笑う。
「チャックの前にこれを出したら、そうね、また咥えて離さないかも。そうしたら、また刺繍を追加します」
ブライアン様は嬉しそうに、「その時はまたよろしく。こういう追加なら大歓迎です。全面が刺繍で埋まったら家宝にします」と笑ってくれた。
そして、ハンカチが汚れたら困るから、兄の部屋にハンカチを預けると言った。
今からすることは、綺麗事ではない。心してかからないといけない。
私はおばあさまの扇子を持って来ていた。これを見せていいのかどうか不安だったけど、これがすべての元なのだ。見せて聞いたほうがいい事もあるだろう。
「おい、ちょっと見せてみろよ」
そう言う兄に、扇子を渡す。兄は机の引き出しから道具を出して来て、器用に扇子の要を外した。
銀の蕾は左右から組み合わされているようで、扇子から外すと簡単に二つに分かれた。そして中からコロンと丸い石が転がり出て来た。
金色のキャッツアイの石。
一センチにも満たないこの石が何だと言うのだろう。だが私の死に戻りがこの石のせいなら、凄まじい力を秘めていることになる。
私は石を手に取った。金色の輝きが増したように見える。
指でつまんでしげしげと見つめた。
それを兄に渡すと、金色の輝きは薄れた。ブライアン様に渡しても同じだ。
私の手元に戻ると、またもや輝きが増した。
「私が触ると、輝きますね」
「そうだな。なんだろうな」
「よくわからないが、マリア嬢が持つと光るっていうのは、隠しておいた方がいいかもしれないな。逃がす気は無いが、万が一のことを考えたほうがいいだろう」
「では、行きますか」
そう言って兄が先頭に立って歩き出した。
賊は騎士団の宿舎に監禁しているそうだ。気が重いが行くしかない。
宿舎に入ると、何人かがそこにいて、私たちを出迎えてくれた。
「エリック様、賊の頭以外はこっちの二部屋に押し込んであります。本人から名前と今回の役割について聞いて、お互いの関係も確認済みです。何人かは身元も分かっています」
「そうか、ご苦労。まだ関係がはっきりしないから、そのまま監禁していてくれ。絶対に逃がすんじゃないぞ」
「はい。それから外の荷ですが、ちゃんと物が入っています。新品で高級品ばかりです。それに関して捕まえた奴らに聞いたら、全員知らないと言っています」
「それはおかしいな。これだけの荷を買い集めるのは大変だ。一人では出来ないだろう。全員に、いつ荷を馬車に運び込んだか聞いてくれ。協力者がこの中にいて知らんふりしているか、もしくは他にいるかだな」
「頭の男は気がついたか?」
「はい。二名が部屋内で監視しています」
「わかった」
男を入れた地下の部屋は、鉄格子の向こうにあった。
私は兵舎に来ることも無いし、ましてや罪人を押し込める地下牢など、あることすら知らなかった。
恐々と歩いていたら、ブライアン様が手を取ってくれた。
「不安になると思いますが、それだけ警戒したほうがいい相手だと言うことです。私もエリックの処置に賛成です」
部屋では二名の騎士が、入り口と男の横で監視をしている。
男は木の椅子にぐるぐるに縛られ、さるぐつわをされている。あまり特徴のない平凡な顔だちで、今は全く無害な人物にしか見えない。
「ご苦労。上に行って休んでくれ。それから、俺達が戻るまで、ここには立ち入り禁止だ」
騎士達が階上に上がり、ドアが閉まると、途端にシンとした。
「では、副団長。お願いします」
「うん。まずはさるぐつわを取らないとな。それは俺がやる。君たちはちょっと離れていてくれ」
ブライアン様はそう言って、男に近付いた。
自白剤というのは、いつ飲ませるのだろうか。何も持っていないように見えるけど、丸薬なら、それこそ爪先くらいの物だろう。
期待して見守ったけど、特に何かを飲ませる様子もなく、尋問が始まった。
ブライアン様は男のすぐ横に、兄が正面に座り、兄が質問をした。
「まずは、お前の名を言ってくれ」
「マルコです。お詫びの品をお渡しするためにこちらに出向きました。私はディール侯爵家の使用人です」
「その使用人が、なぜ盗まれたこのアクセサリーを持っていたんだ?」
そう言って、兄が私のアクセサリーを、男の目の前に並べた。そこには扇子も、練香もある。
「それは、拾いました」
私は、あまりに見え透いた男の言い訳に、衝撃を受けた。それが引いてから、そう言い張れば、それは嘘だと決めつけるのも難しい事に気付いた。
この男、慣れているんだわ。そう感じた。やはり、普通の人間ではない。
「この屋敷には、何をしに来たんだ?」
「お詫びの品を届けに」
「そういう嘘はもういい。侯爵家はそんな使者も荷物も送っていないそうだ。ところで、あの荷はどこから調達した?」
「侯爵家のジェイソン様から、これを持って行けと言われただけなんです。本当にそれ以外、私は何も知りません」
「ふうん、ジェイソンからか。それはうまい言い訳だな。死人に口無しか」
「何の話です?」
「気にするな。大したことじゃあない」そう言って兄は話を終わらせた。
男には思いがけない流れだったのか、うっと詰まった。ジェイソン様の死について、感情的にならずに軽く流されるとは思わなかったのだろう。
男は兄から視線を移し、ブライアン様、それから私の順に様子を窺い、そこで表情をゆがめた。
「おいおい、噂と全く違う。何が大人しくて何も言えない令嬢だ。見る目が無いにもほどがある。人が死んでも自分が襲われても、びくともしていないじゃないか」




