石の謎ー2
困って兄を見ると、兄はブライアン様にグラスを差し出して持たせ、「まだこれからですよ」と言い、またグラスに酒を注ぎ足した。
私は手が解放されてほっとした。
「一回目にメリーを殺した時に、あの男がおばあさまの遺品で、目の模様のある石を探している事がわかりました。どうも実物を見たことは無いようでした。どれなのかわからなくて、全部持って行こうとしていましたから」
そこまで話して、ふと嫌な想像をした。
「全部見直しても、目当ての石は無いのだから、前回もこうやってこの屋敷に来たのかしら。もしそうだったら……」
その先は口に出来なかったが、多分誰かが殺されただろう。
二人も同じ事を考えたようで、またグッと酒を飲んだ。
「手加減する必要は皆無だな」
兄が言う。
「それより、あの男の剣は、正式な訓練を受けたものだ。我流じゃないぞ」
ブライアン様がやっと喋った。
「ここまでの動きの手際の良さと、容赦の無さからして、どこかの国の諜報員の可能性もある。ただの拷問では口を割らないかもしれない。自白剤を使ったほうがいいだろうな」
ああ、と兄が同意の声を溜息のようにこぼした。多分拷問してやりたいと思っていたのだろう。
「もし……もし望むならですが、尋問に立ち会いますか?」
聞かれて、戸惑った。聞いたブライアン様本人すら、心配そうだ。
私が?
兄が私の前に立って、真面目な顔で私に語りかける。
「お前、一緒に聞けよ。聞きたいこともたくさんあるだろ? 俺とブライアン殿だけで尋問する。そこで話されたことは、他には漏れない」
ああ、私が殺された件についても、あの男は噛んでいるのだ。ジェイソン様たちの計画についても聞くことができる。つまり、そういう事を二人は言っているのだ。
聞きたいかって? いいえ、聞きたくない。
でも、今聞かないと、一生謎のままになってしまう事が沢山ある。それでいいのだろうか。
何しろ、首謀者? の二人は死んでしまった。
迷った私は二人の表情を伺った。心配そうだ。二人共、私の事を心配してくれている。
そう思ったら、勇気が湧いた。
「聞きます。一緒に聞かせてください」
兄がなぜか泣きそうな表情になった。
反対に、ブライアン様は急に無表情になった。どうしたのだろうか。
「あなたは強い。そうやってどんどん前に進んでいくのですね」
無表情のまま、ブライアン様がぽつぽつと言う。
「まあ、何を言っていらっしゃるの?」
私が強い? 初めて聞いた言葉だったので、ぽかんとしてしまった。
「先ほども、私より兄上の方を心配されていましたね。出来れば私の事を、少しでもいいですから、心の隅に置いていただければ嬉しいです」
「それは、兄からブライアン様の方がずっと強いと聞いたから……あなたは絶対に大丈夫だと、なぜかそう思いこんでいました」
言いながら自分でも驚いた。そんなことは分からないのに、なぜ? 自分の心の動きが、自分でも不思議だ。そう思ってまた兄を見た。
「ブライアン殿。マリアは未熟なのです。俺のせいでもあるので、弁解させていただきたい。まだ自分の心を自覚出来ていないのです。ゆっくりと、出来るだけゆっくりとお付き合い、いただけないでしょうか」
ブライアン様は頷いた。
それから気を取り直したように、「では我が家に伝わる自白剤を持って来ましょう。この薬に関しては秘密ですよ。二人を私は信じています」と言って立ち上がった。
その彼に兄が、「ハンカチの話をロイドから聞きました。あれがマリアの本心です」と言った。
ブライアン様は胸のポケットから折りたたんだハンカチを出して見せた。
「おお、いい出来ですね。瞳の色と同じだ」
「ああ、チャックに噛まれて、よだれも付いているけどね」
「それ、我が家で預からせていただけませんか? 腕の良い使用人に綺麗にしてもらって、マリアが修復させていただきます」
ブライアン様が、ちょっと考えるようにハンカチを見た。
「私、もっと色々と刺繍を加えますわ。もっとずっと豪華にしてお返しできます」
意欲満々に言ってみた。
良かれと思って言ったのに、なぜか二人には不評だったようだ。
「お前なあ。これだけブライアン殿の瞳を見事に再現しておいてだな!」
「いいですよ。マリア嬢が納得される作品にしていただけたら嬉しいです」
ブライアン様がふっと微笑み、兄がげんなりした顔になった。
ブライアン様が部屋を出ていった後、私は兄に説教された。
「いいか、お前は妙齢のレディだ。恋の駆け引きとかが最大限に必要な年齢でもある。お前、色々と全く分かっていないな?」
「ええ? ……はい。そういうのは、あんまり考えた事が無くて」
「考えろ。いいか、しっかり学習しろ」
その後私は、ベルにハンカチの汚れを軽くふいてもらってから、チャックの噛み跡に少しずつ刺繍を刺していった。
チャックはいい子にしているかしら。それが気になる。
ブライアン様が言った言葉も気になる。
彼は私の事が好きなのだろうか。それは、それこそ夢のようで、とても本当には思えない。
だけど、何回かほのめかすような事を言われている。もしかしたら本当かも。
それで私は?
実はよくわからない。
もちろん好きだけど、どう好きなのかがわからない。
チャックとどちらが好きか聞かれたら、断然チャックだ。だって気遅れしなくて済むし、無条件にかわいい。
そう考えた瞬間、さっきの寂し気に曇った目の色がよみがえり、胸がざわついた。彼の元へ飛んで行って頭を撫でて慰めてあげたいような、落ち着かない気分になる。
そんなことを取りとめもなく考えながら刺繍を刺した。そのうち刺繍に没頭し、それと一緒に頭の中は、彼の美しい青一色になる。
「お嬢様、エリック様がお呼びです」
ベルが声を掛けているのに気が付き、刺繍から目を上げた。
気が付けば、外は夕日のオレンジ色が入り込み始めていた。
「お嬢様、尋問に立ち会うおつもりだと伺いました。私は同行しなくてもいいのでしょうか」
「ええ、いいわ。どんな話が出て来るかわからないし、聞かないほうがいい話があるかもしれない。私は一人で大丈夫よ」
「お嬢様……」
「行ってくるわね」
「では、お帰りをお待ちしています。お辛い事があれば何時間でも聞きますから」
いいのよ、他の使用人たちと楽しんで、と言いたかったけど、口から出てこなかった。それに多分言ったら、ベルは怒る気がする。
「じゃあ、私が戻ってくるまで、しっかり食べて、しっかり飲んで、たくさん笑って力を蓄えておいて」
そう言うと、ベルは満面の笑みで、「任せてください」と胸を叩く。




