石の謎ー1
ブライアン様が、母に寝椅子を勧めた。
「今は非常時なので、礼儀は気にしないでください。動転されている今、お話を無理にお伺いするのは心苦しいのですが、非常に大切なことなのです」
母は、ブライアン様に丁寧に扱われ、少し気持ちを立て直したようだ。
そして兄が、質問をし始めた。
「母上、お疲れの所すみませんが、お伺いしたいことがあります。おばあさまの扇子の要にキャッツアイが嵌っていると仰いましたね。ご覧になったことがあるのでしょうか」
「ええ、昔一度だけね。扇子が壊れた時に修理の相談をされたの。私が腕の良い細工師を知っていると話したら、紹介して欲しいって。その修理の相談の時に、見たのよ」
母は不思議そうにしながらも、話してくれた。
私が扇子を差し出すと、要の部分の蕾を擦った。
「この中に埋もれているのよ。こんな風にしたら、綺麗な金色が全然見えないから、もったいないじゃありませんかって言ったのに、それが良いのよっておっしゃったわ」
金色のキャッツアイの宝石。本当に猫の目の様ね。
なぜこんな風に隠したのかしら。
「この石について、他に何か聞いた事は無いですか?」
「うーん、確か、若い頃に知り合いに貰った石だって言っていたかしら。それしか聞いていないわ」
兄は私を見て、「じゃあ、後はあの男から聞き出せるだけ聞くしかないか」と言った。
その兄に母が聞く。
「ねえ、あの男はただの盗賊? この石と何か関係があるって言うの?」
兄は「わかりません。だから聞いてみるのです。彼はメリーを殺した犯人です」と答えた。
母は顔色を変えた。
私は母に、今回の事件の重さを理解してもらった方がいいと思い、付け加えた。
「ジェイソン様も、彼に殺されたのだと思うわ。だからお母様や、使用人たちが殺されなかったのは、運が良かったのよ。今回の事は、事態がはっきりとするまで口外禁止だと思ってくださいね。あの男が単独犯か、他に仲間がいるのかも、まだわからないのですから」
「ジェイソンが殺されたって!」
兄が叫んだ。
そういえば、兄には言っていなかった。そんな余裕はなかったのだ。
私は一言、「そうらしいわ。近衛騎士がブライアン様に報告に来たのよ」と兄に向かって言った。
「お母様はとにかく休んで。そして誰にも何も言わない事」
母は白い顔をして私を見つめている。その顔には怯えが浮かんでいた。
三人共、何も喋らずに歩いた。
そして、兄の私室に入ると、兄が私に問いかけた。
「マリア。お前の秘密をブライアン殿に話してもいいだろうか。ここまできたら、隠しておくのは無理だ。それに事情を知っていて、助けになってくれる人物が必要だと思う」
私はブライアン様をじっと見詰めた。彼は黙って私を見ている。
初めて会った時とは違う、あたたかな色を湛えた瞳で。
「お話しします。私が自分で」
「わかった。では気付け薬を用意しようか。俺は二回目だけど、それでも衝撃を受けそうだ」
兄は呼び鈴を鳴らし、ウイスキーとワインを従僕に頼んだ。それと木の実とドライフルーツとチーズを頼んでいる。
「腹が減ったな。悪酔いしないよう、パンとハムも多めに見繕ってくれ」
従僕が出て行き、酒を運んでくるまで、しばらく扇子を順番に回して眺めていた。この小さな石をめぐって何人もが殺されたのか、と思うと恐ろしくなる。
自分もその一人だ。
酒と食べ物を受け取り、まずは少し食べた。私はレーズンや、干しりんごを食べながら、白ワインを飲んだ。
兄とブライアン様は凄い速さで、パンとハムを平らげている。近衛騎士団での食事は、こんな感じなのだろうか。
二人共、まだ先程の闘いの影響から抜けきっていないようで、いつもと少し様子が違い、荒々しい雰囲気を感じる。
甘い物も頼んだ方が良かったかと、私は後悔した。
「副団長は、まだ何も聞かされていないのですね」
「ああ、あの男が殺人犯で、マリア嬢の持ち物を狙っていると聞いた。なぜそれを知っているかは、知らない」
「じゃあ、まずは気付け薬の用意だな」
そう言ってグラスにウイスキーを、なみなみと注ぎ、ブライアン様に渡す。それから自分のグラスにもたっぷりと注いだ。
そして二人してこちらをじっと見る。
いざ話そうと思うと、あまりにおかしな話だし、口にするのが躊躇われる。うまく説明できる気がしない。
「どこからどう話したらいいかわからないわ。どうしましょう」
兄に、そう訴えかけると、ブライアン様が、「じゃあ、私が質問するから、それに答えてもらうのはどうでしょう」と言う。
「お願いします」
「では、まずあの男について知っている事を教えてください」
「あの男の事は、夢で見たのです。結婚式の後から少しずつ何回かに分けて、夢に出てきました」
「夢ですか?」
凄く驚いたようだ。そうよね。まさか夢の話だなんて思ってもいなかっただろう。
あきれるか、怒るかしてもおかしくないと思い、彼の言葉を待った。
「いったいどんな夢だったのでしょう」
ありがたい事に、ブライアン様は穏やかに続きを促した。
「最初はメリーと、鳥の看板のある路地で会っている姿を見ました」
「コック・ヴァンという居酒屋がある路地です。メリーの死体が見つかった小屋の手前にある。俺はマリアからメリーが死んでいる場所を教えられて、あそこにジェイソンを連れて行ったんです」
兄が追加してくれた。
「それは最後に見た夢で、小屋の中で死んでいる彼女だけを見たのです」
「彼がメリーを殺しているのを見たわけではないのですか」
「二回目の時は見ていません。一回目の人生で私が殺された後、メリーからおばあさまのアクセサリーを受け取った後、メリーの首を絞めて殺すのを見ました」
びくっとブライアン様の腕が震え、ウイスキーが波打った。それをぐっと飲んでから聞いた。
「一回目の人生で殺されたって、どういうことですか」
「私は一度死んでいるのです。その後、結婚式の二か月前に戻っていました。それから結婚を辞めようと頑張ってみたものの、全く人生を変えられずに結婚式まで来てしまったのです。その後は、ブライアン様もご存じの状況です」
兄がぐっと一口飲み、「全く信じられませんよね。子犬の迷子の件を教えられて、場所も当てられて、もう信じるしかなかった」と苦し気に言う。
そして顔をこすって、「あれを実際に経験したなんて、むごすぎる」とつぶやく。
私は気持ちを引き上げようと、明るく話した。
「もう終わったことだし、しかも今回は全く違う流れになっています。やり直せたんですからいいのです。私、死ぬ間際に、この扇子を握って、やりなおしたい、こんな自分では嫌だって言ったんです。だからきっとこの扇子、というか石? が時間を戻してくれたのだと思います」
ブライアン様が黙って俯いたまま、私の手を両手で包み込んだ。そのまま黙っている。
私は急に手を握られてどぎまぎし、この手をどうしたらいいのかわからない。




