襲撃ー2
「祖母から譲られた品で、殆どをマリアが持っているのよ。古臭いデザインで私と次女はあまり好みではなかったのよね。でも今考えたら、昔の物の方が質が良いって言うのは本当かもしれないわね」
「ほお、貴重な家族の歴史をマリア嬢が引き継いでおられるのですね」
「そんな大層なものではありませんわ。単に愛着のある品なだけです」
私はなるべくそっけなく返答した。
「昔の物には変わった品が多いですよね。今では見かけないような物もありますから。何か面白い品をお持ちなのですか?」
男は非常に愛想よく微笑んで、母に話し掛ける。私より、母の方が話に乗ってきやすいと判断したようだ。
早く話題を変えたくて、私は必死で言葉を繰り出した。
「お母様、家に伝わる品に関して、話し過ぎるのはどうかと思いますわ」
自分でも驚くくらいに、キツイ物言いになってしまった。
「まあ、なあに? 急に」
母がキッとして私を睨む。
そこでブライアン様が助け舟を出してくれた。
「エリックは遅いですね。何をしているのでしょう。動きの遅い兵は使い物になりません。そう思われませんか。夫人」
母はこの言葉に、ぎょっとしたようだ。近くにいる従僕を呼び付けた。
「ちょっと、エリックに早く来いと伝えに行って。ロイドもさっき向かったのに何をしているのかしら。全くなっていないわ」
母は怒りで祖母のアクセサリーの話を忘れたようだ。これでいい。
私はほっとして、ブライアン様に感謝の眼差しを投げかけた。
それから少し経って、やっと兄が姿を見せた。
こちらに向かってゆっくり歩きながら、私を見て、それから母と男の方を見た。その表情は寛いでいて、ごくのんびりとして見える。
私は隣に立つブライアン様に向き直り、「品物を見に行きませんか」と話し掛けた。
ブライアン様は、私の手を取り、詫びの品が詰まれた馬車に向かった。エリック兄様がいるほうへ。
荷で隠れる場所でベルトと剣を渡され、ブライアン様はそれを腰に留めた。剣は長い上着の下に隠れて見えない。
「ありがとう、エリック。落ち着いたよ」
「いいえ。使い勝手は悪いかもしれませんが、一番しっかりしたのを選んできました。ところで、あの男で間違いないか?」
兄は私の方を向いて聞いた。
「ええ。間違いないわ」
「あれか。こんな真昼間に襲ってくるとはな。それに、この荷は何だ。どこから調達したんだろう。一財産だぞ」
それは私も疑問だった 。どこかから盗んできたのだろうか。
「詳細は知らないが、あの男が殺人犯だとマリア嬢から聞いた。どうする?」
「仲間共々捕まえます。あちらは馬車三台に従者九名か? こちらは残念ながら三人しかいません。マリアの護衛の二人を入れて五名。他は父と、妹の護衛について外出しています」
「わかった。私も協力しよう。尋問には立ち会わせてくれ」
ここまでの会話を、二人はにこやかに微笑みながら交わしている。さすが貴族子息だ。
そして、そのにこやかな顔のままで、兄が私に告げた。
「荒事になる。俺がしばらく時間を稼ぐから、母と一緒に屋敷に戻って戸締まりをしてくれ。騎士三名を守備に回す」
「たった三人で九人を相手にするの? 無茶だわ」
「大丈夫。副団長殿は五人くらいなら楽勝でさばける。俺だって三人はいけるよ。だから、こっちは気にせず、とにかく二人は逃げてくれ」
揃って母の元に戻ると、母と男はにこやかに何か話している。
「そうなのよ。数は多いけど、デザインが古臭くてね。私は要らないって言っていたのよ。末娘も嫌がって、金のブレスレットしかもらっていないわね」
男がニッコリと微笑んで、「そうですね。流行遅れの品は扱いに困ります。では殆ど全てがマリア嬢に譲られたのですね」
「そうね。アクセサリー以外も色々ね」
「ほお」
兄が割って入り、挨拶し、この急な訪問について問いかけた。
男は先ほどと同じ理由を口にし、先に連絡をしてあると思っていた、と言い訳をする。
「連絡の行き違いはお詫びいたします。ですが私に下された指示は、この荷をお渡しすることです。お受け取りいただけると誠に助かるのですが」
本当に困ったような、恐縮した様子だ。
母が、「まあ、いいのじゃないの」と折れ始めた。
「ありがたいです。では急いで運び込ませていただきます」
「待て。俺は許可していない」
「まあ、エリック。何を言い出すの? この荷を持ち帰れだなんて、そんなひどいことを言う気?」
「ここは俺に任せて、屋敷に戻ってください。さあ、行って」
兄が後ろに控えていた二人の騎士団のメンバーに合図をすると、彼らが母と私の横に立った。
「まったくあなたって子は。おばあ様だったら、愛用の扇子でピシピシ叩いているところよ」
憤慨しながら屋敷に向かって歩き始め、ふと立ち止まって私に話し掛けた。
「そう言えば、あの扇子の要に、綺麗なキャッツアイが嵌められているのよね。マリアが探していたのって、それじゃないの?」
その場を離れようとしていた私は、ハッとして体が固まった。そうだったのか。
そしてまずい事に、扇子は男が持っているはずだ。
男はパッと顔を上げ、一瞬ニヤッとした。あのメリーを殺した時と同じ笑み。
「それでは、私どもは引き上げさせて戴きます。お騒がせいたしました」
男は突然にあっさりと、帰りの挨拶をした。つい今までの粘り様との差に、母でさえ驚いている。
男はクルッと踵を返し、足早に馬車に向かって行く。
「駄目。行かせては駄目」
私は兄の上着を掴んで言った。
「屋敷に入れ。走るんだ」
低く抑えた兄の言葉に弾かれるように、私は母の腕を掴み、引っ張った。
「何をするのよ」
「できるだけ早く走って。屋敷に逃げ込まなくては」
「なぜよ」
「死にたくなければ、誰も死なせたくなければ走って」
私の必死の形相と、両脇の騎士の緊迫感を感じ取り、母が黙った。
私は必死で走ったが、どうにも母が重たい。普段走ることなどないのでヨタヨタしている。
その母を、騎士が失礼しますと断って抱き上げ、走り出した。
私はそのまま前を走り、屋敷のドアを目指した。
まだ遠い。
まるで夢の中で走っているように現実味がないけど、後ろの方から剣の打ち合わされる、キンッという甲高い音が、聞こえてくる。その音に、首筋に嫌な震えが走る。
夢ではないのだ。
一歩でも早く前に進まないと、と焦る。
それなのにドアはなかなか近づいてくれない。石畳を蹴る靴音と自分の心臓の音で、頭の中がうるさい。




