襲撃ー1
広い庭の中ほどで、母が使者らしき男と向かい合って話している。
「私が話を聞いてきます。お待ちください」
そう言って、ベルが小走りに母の元へ向かう。
そこに、ロイドが足早にこちらにやって来るのが見えた。状況は彼に聞くのが一番確実なので、顔を見た途端に安心した。
「お帰りなさいませ。お嬢様。いらっしゃいませ、ローズ公爵家公子様」
「これはいつ来たの?」
「ほんの少し前でございます。まだ屋敷内には運んでおりません。急ぐとか勝手な事をあちらが言っておりますが、止めておきました」
「お兄様はどこ?」
「騎士団の練習場にいらっしゃいます。今、私が状況をお伝えしましたので、もうすぐ、こちらにいらっしゃいます」
母と話した後、ベルが戻ってきた。
「お嬢様、使者の方は、お嬢様へのお詫びの品物を届けに来たそうです。先にこちらへ連絡が入っているはずだと言っています」
「連絡はなかったわね。変ね」
ロイドを先頭に私たちは母のもとに向かった。母に近づき、その前に立つ人物を見た途端に、血の気が引いた。
あの男だ!
雰囲気が全く違うが、間違いない。心臓がドッドッと音を立てる、耳の奥が熱くなる。
「マリア、早かったわね。この荷物はあなたへの侯爵家からのお詫びだそうよ」
母が嬉しそうに私に話し掛ける。
そして、男が口を開いた。
「侯爵家の従僕で、マルコと申します。マリア様へのお詫びの品を申し付かってまいりました。調度品から小物までございまして、お気に召さないものがあれば、後日交換させていただきますので、ぜひその場でご判断いただきたいと存じます」
あの声だ。
気にならないようにしてやる、と笑いながら言ったあの声。
では、これは白昼堂々と屋敷に入りこむための手段?
この荷は何なの!? こんなにたくさん、賊が用意できるもの?
「ここに置いていってもらえば、後で見るわ。今は疲れているの」
私はまた夢の中にいるのだろうか。
そんなことを考えながら、機械的にしゃべった。すごく平坦な調子だ。
「まあ、侯爵家からの贈り物に、そんな扱いは失礼よ。屋敷内に運び込んでいただかないと」
母の言うことは正しい。だが、今回に関しては大間違いだ。
「なぜこんなに突然に? 事前にお話を聞いていないわ」
「詳細は明かせませんが、侯爵家に不幸なことがございまして、バタつく前にとのご指示です」
「まあ、何ということでしょう。お察しいたしますわ」
母は男の言葉の裏を読んで納得している。
駄目だわ。
この男を屋敷に入れてはいけない。考えが纏まらないけど、それだけは分かる。
「私の部屋は、お出かけの支度で散らかっているの。今は人を入れることが出来ないわ。だからここでいいのよ」
「ではホールに運んでもらいましょうね」
母が浮き浮きと言う。
「お母様、お兄様がすぐにいらっしゃるから、少し待ってください」
少し強めに言ってしまった。
母が驚いているが、男も驚いたようだ。
「非常に物静かなご令嬢と伺っておりましたが、噂は当てにならないものですね」
「それは侍女のメリーから聞いたのかしら?」
途端に、横に立っていたロイドとベルが緊張するのがわかった。
「メリーとは、あの不届きな女のことでしょうか。私は会う機会はございませんでした。お腹立ちのこととは存じますが、それのお詫びの一部の品です。どうかお受けください」
男は私がメリーに腹を立てていると思ったのだろう。
だが、事情を知っているロイドとベルは、ここでメリーの名を出す違和感に気付いてくれたようだ。
私は一歩下がり、ロイドに小声で伝えた。
「お兄様を急かしてきてちょうだい」
それからもっと声を潜めて追加した。
「あの男よ」
ロイドとベルがハッとして、私を見る。ベルは私の脇に近寄った。
「エリック様に、お急ぎいただくようお伝えしますので、しばらくお待ちください」
ロイドが母と私に向かい礼儀正しく言って、殆ど駆けるような勢いで去っていった。
「マリア嬢。待つ間に少しだけお話をさせていただいてよろしいでしょうか」
ブライアン様の声で我に返った。夢に入り込んだように現実味を失っていた世界が、急に普通に戻る。
二人で少し離れたところに向かって歩きながら小声で話した。
「殺人犯です。そして私の持ち物を狙う男です」
「なぜ知っているのかは、後で。危険だということですね」
「多分。私が祖母から譲られた宝石を狙っているらしいのです。それがどれなのか分からないでいるのは、あの男も、私も同じです」
ブライアン様が、「しまった。剣を帯びていない」とつぶやく。
今日は私のエスコートで、しかも行き先が王子殿下の元なので、帯剣していない。
「ベル。お兄様に剣を一振り持ってきてもらうよう伝えて。ブライアン様の分よ」
ベルが小走りに兵舎の方へ向かう。
ブライアン様は、私と一緒にブラブラと歩きながら、侯爵家の従者たちを見ている。
「あの男は強い。それはわかるが、他は大したことがないです。彼の狙いはあなたの持っているアクセサリーですね。それなら屋敷に入り込むまでは、静かにしているでしょう」
二人のほうへ戻りながら、ブライアン様が尋ねた。
「屋敷におびき出して捕まえるつもりだったのですか?」
「そうですけど、こんな昼間に、こんなふうに来るとは思ってもいませんでした」
ほんの数分で私たちが戻ると、男は柔和に微笑みながら、私に向かって軽く頭を下げた。私は扇で顔を隠して、目だけで男を観察した。
今日は侯爵家の従僕の役目のようだ。とてもそれらしく、真面目腐っている。どんな顔でも作れるのだろう。
少しじっと見すぎたせいか、男の表情に不審げなものが混じる。私は横にいるブライアン様の袖を掴んで自分を奮い立たせた。なんでもいいから、時間を稼がなくては。
「侯爵家では、引き継ぎは進んでいるのですか? もう次期侯爵様はいらっしゃったのかしら」
「いいえ。まだです。数か月はかかるでしょう」
「そうなのね」
「引継ぐ事も、品も多いですから。そういえば、マリア嬢はメリーにアクセサリーを盗まれたとか。さぞ落胆されたでしょう。女性にとって、アクセサリーは大切なものですから」
「ええ。お気に入りでしたから」
「ご家族から譲られた由緒のある品でしょうか」
探りを入れてきている。
どう答えるのが正しいのだろう。
数が少ないと言ったら諦めるかしら、それとも、殆どを売ってしまったと言ったほうがいいかもしれない。そう考えたところで、母が先に喋り出した。




