王宮にてー2
「ブライアン。君、さっきこいつが抱きしめていたハンカチを抜いただろ。返せよ」
「あれは私の物です。馬車のなかで取られたので返してもらいました」
「ハンカチくらいいいじゃないか。なんだよ変なやつ」
「これは特別なんです」
「うわっ。何それ、見たい。見せてくれ」
私は自分のハンカチが話題になってしまい、ドキドキしていた。
喉が渇いてお茶を飲み干すと、すぐに従僕がお茶を注ぎ足してくれる。
美味しいお茶で、やはり王宮で扱う品は違うと感心した。
殿下とブライアン様は、言っていた通り仲のよい様子で、お互いにあまり遠慮がないようだ。
二人がじゃれ合っているうちに、チャックは椅子から降りて私のもとにやってきた。
スカートを引っ張るので、持ち上げて膝に乗せてあげた。
「あれ、チャックが嫌がらない。珍しいね。どうしたんだろう」
「多分心細かった時に助けられて、ホッとしたのでしょう。すぐに懐いてくれました」
「ふうん。気難しくて侍女を嫌がるし、侍従も人を選ぶ始末で、苦労しているんだよ……なんなら、王宮で働かない? チャックの世話係として」
アルフ様はいたずらっぽく言う。
まあ、嬉しい、けど……
チャックと会えるのは大歓迎だけど、今はそれどころではないのだ。
まずは目の模様の宝石を探すこと。
それを狙う謎の男の動向を確かめないといけない。
夢も謎なら、死に戻りも謎。でも多分全て繋がっているはず。
「チャックと会えたら嬉しいのですけど、今は難しいですわ」
とても残念だけど、お断りをしたら、結構本気だったのか、アルフ様は残念そうに肩を落とした。
そのままのんびりとお茶を飲み、そろそろ退出の時間になったとき、ブライアン様が殿下に聞いた。
「わざわざエリックを呼ばずに、マリア嬢だけを呼んでおいて、事件のことは全く聞かないのですね」
それは私も気になっていた。でも聞くのもおかしな気がしていたので、この問い掛けはありがたい。
「ただ会ってみたかったんだ。そう思っている者は多いだろうな」
そう言って気軽に目配せする。
「しかし、こんな美人だとは思わなかったよ。驚きすぎて、話しかけられずにブライアンとバカ話ばかりしてしまった。マリア嬢、無粋な男だと嫌わないでくれないか」
まあ、面白くて可愛らしい方だわ。チャックが前脚でポンポンッと胸のアタリを叩く。その手を撫でながら、私は微笑みかけた。
「さすがチャックの飼い主ですわ。とても楽しい気分にさせていただけます」
「さあ、帰りましょう。殿下、褒美は弾んでくださいね。ドレス代とハンカチ代はあとで請求します」
ブライアン様にエスコートされ、部屋を出ると、殿下が見送ると言って、チャックを抱いて一緒に部屋を出てきた。
「こっちの廊下を歩こうよ。ブライアン、せっかくの美女を、そんな裏口から案内したのか?」
何故かブライアン様は無言だ。
王族と共に行動するということ。
この時、私は初めてその威力を思い知った。
廊下にいる者たちが、脇に避けて頭を下げる。
殿下とブライアン様は慣れているようだが、私は緊張でぎこちなくなってしまう。
そんな私をブライアン様が気遣い、スマートにエスコートしてくださった。
通り過ぎた後から、ヒソヒソと噂話が聞こえてくる。
一体何と言われているのだろう。
だいぶ後ろを歩いているベルは、情報収集をしているみたいだから、後で教えてもらおう。
「やあ、侍女長。私のチャックが戻って来たよ。また世話を頼む」
脇に控えた女性が、頭を上げた。
「承知いたしました。粗相の無いよう努めさせていただきます」
「今回は、こちらのレディがチャックを見つけてくれたんだ」
侍女長は、「ありがとうございます。本当に助かりました」と、かなり心のこもった感じで、お礼を言われた。
「しかも、このレディにチャックが懐いている」
「まあ!」
侍女長の目が輝いた。本当にチャックの扱いに困っているようだ。
「得がたいレディだろ。君からも口説いてくれ」
ブライアン様が笑いながら、会話を遮った。
「先ほど断られたでしょう。さあ、もう下がらせていただきます。お見送りはここまでで結構です」
そう言うと私の手を少し引き、スーッとその場を離れる。
チャックがキャンと鳴いた。
「振り向くと、また離れられなくなります。このまま進んでください」
振り向く前に、そう耳元で囁かれ、止められてしまった。
先ほどとは違い、出口までが遠い。やっと屋敷を出て、そこで待っている馬車にたどり着いた。
乗り込もうとしていると、近衛騎士が二人、こちらに駆けてくるのが見えた。
「副団長。至急ご報告したい事があります。少しよろしいでしょうか」
私を馬車に乗せてから、ブライアン様は二人と少し離れた場所で話し始めた。
どうも良くない話らしく、三人とも表情が硬い。
戻ってきたブライアン様は、顔をしかめて考え込んでいる。
「馬車を出してくれ」
御者に伝えると、また黙り込んでしまった。
「黙っていても、すぐに伝わるでしょう。ジェイソンが殺されました」
「え⁉」
「メリーが死んでいた空き地に、倒れているのを発見されたそうです。同一犯だろうと思います。だけどジェイソンは腕が立つ。それに勝てる相手となると、ただのごろつきではなさそうだ」
私の頭の中で、謎の男の姿が、より不気味で恐ろしいものに変わっていく。
パッと見た感じでは、柔和な商人風なのに。
「恐ろしいです」
「あなたは大丈夫ですよ。だが一体、ジェイソンたちは何と関わりあったんでしょうね」
ベルがブルッと震えるのを見て、私は屋敷の皆を守らないといけないと改めて思った。
「兄のエリックの剣の実力は、ジェイソン様と比べてどうでしょうか」
「剣の実力は拮抗していましたが、体術やその他を含めたら、エリックのほうが上です」
私がベルの腕に触ると、ベルもこちらを見た。顔色が悪い。きっと私もだろう。
暫くした頃、ブライアン様がとても静かに聞いた。
「私がお役に立てることはないでしょうか」
そうよね。私とベルの動揺をみれば、何かあると感じるはず。隠せるはずがない。
もう、一部だけでも打ち明けるしかないと覚悟を決めた。
「……私たちが悪いことをしたわけではないのです。ただ私の持ち物が、狙われているらしいのです。その謎の犯人に」
ブライアン様は、えっという表情をした。想像していたのと違うのだろう。
「どういうことですか?」
「これ以上は、兄と相談させてください。屋敷にいるはずですから」
その後は、ずっと黙ったまま馬車に揺られていた。
とても気持ちが重く、空気も重かった。
屋敷に着くと、見知らぬ馬車が数台停まっていて、我が家の使用人達が走り回りっている。
「なんでしょうね」
ベルが外を見て、「荷を馬車から運び出していますよ。お嬢様」と言う。
「そんな話、聞いていないわよね」
私が急いで馬車から降りると、従僕が二人やってきた。
「侯爵家から、お詫びの品が送られてきました。急だったので、こちらは大騒ぎです」
そんなに突然に? と驚いた。もしかしたら、ジェイソン様が亡くなったことに関係があるのだろうか。
それでブライアン様に尋ねた。
「侯爵家には、もう連絡が行っているのでしょうか」
「どうでしょう。少し早いのではないでしょうか。どちらにしても、これはおかしな行動ですね」
ブライアン様の目が、初めてお会いした時と同じ、冷たい青になる。
その目に私の緊張も高まっていく。




