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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者:
第三章 お守り探し

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25/30

王宮にてー1


 馬車の中は静かだった。


 ブライアン様が胸のポケットからハンカチを取り出し、手の上に広げるのが、伏せた目の端に見えた。


「まあ」 


 私の贈ったハンカチだわ。

 花の色がブライアン様の目とピッタリ合っている。

 いい出来ね。こうやって客観的に眺めると、惚れ惚れするわ。


 ブライアン様はハンカチを鼻先に近付け、深く香りを吸い込んだ。


「よい香りです。これはマリア嬢のオリジナルですか。嗅いだことのない香りです」


「はい。強い香りが苦手なので、私用に調香してもらっています。カモミールとスズランがメインです」


「そうですか。素敵な香りです」


 そんな会話をしていると、ブライアン様の横に置かれたカゴの蓋が少しずつ持ち上がり、チャックが頭を出してきた。

 そして私のハンカチの端をくわえて、カゴのなかにくいっと引っ張り込む。

 ブライアン様が慌てて取り上げようとしたが、それを下に敷いて、また眠ってしまったようだ。


「あら、まあ」


 私は口元を扇子で隠して笑った。おかげで今までの緊張が解けていく。

 チャックは幸せそうにスピスピと鼻を鳴らした。その鼻面を、ブライアン様が人差し指でツンと触る。


「こいつは、俺の宝物を奪い取っておいて、いい気なものだな」


 俺の宝物? 


 驚いて横に座るベルの方を向くと、ベルはすました顔のまま、一度頷く。

 私のハンカチが宝物!?

 ボッと血が昇る。きっと今の私の顔は真っ赤だろう。

 

「マリア嬢。あなたから頂いた大切なハンカチを、この不届き者に奪われてしまいました。申し訳ありません。後で取り返します」


 そう言って私の顔を覗き込む。


「お怒りではないでしょうか」


「もちろん、そんなことはありませんわ。チャックったら、寝るときに布を集めて潜るのが好きみたいなんです。だから、ちょうど良いと思ったのでしょうね」


 私のスカートの布を寄せ集めて潜った時のことを思い出し、また笑いがこみ上げてきた。


「初めて会った時も、私のスカートの布をかき集めて、そこに潜ったんです」


「スカートですか?」


「ええ、膝に乗せていたら、眠くなったのでしょう。布の中に潜り込んで、スヤスヤ眠っていました」


 ブライアン様がうっすらと頬を染めている。


「ドレスの弁償も、第二王子に付けておきます。保護していただいたうえ、色々とお手数をかけたようで、申し訳ありません」


「そんな大したことではありませんわ。こんなに小さいのですから、ドレスも大して傷んでいません」


 そう言ってベルを見ると、うーんと考え込んでいる。


「いいえ、ドレスとハンカチ代を請求しましょう。ふんだくってやる」


 ブライアン様がいつもと違う。それに第二王子殿下に対する距離感が近い感じがする。


「第二王子様とは親しくされているのですか?」


 ちょっと目を瞠った後、ニコッと笑った。


「はい、従兄弟ですから小さい頃からの付き合いです。彼は私の一つ下ですから弟のようなものです」


 私は自分の社交知識の薄さを思い出した。興味がなかったので、国の上層部の家系図も、勢力図も、しっかりとは覚えていない。

 こんなでは、今日も失敗しそうだと不安になってくる。

 それを察したのだろう。


「大丈夫。私が付いていますから、気楽にしていてください。改まった場でもありませんから」


 気遣いが嬉しくて、「よろしくお願いします」と言ったら、ブライアン様は真面目な表情になり、軽く座り直した。


「マリア嬢。色々大変だったことと思いますが、ひとまず事は片付きました。落ち着かれましたか?」


 全く落ち着いてないのよね、と思いつつ、「はい、少しいつもの生活が戻ってきました。皆様のおかげです」


 そう言うと、少し前に乗り出してきた。


「ジェイソンのことは、あまり乗り気でなかったと伺いました。もうその件は吹っ切れたのでしょうか」


「え? はい。なぜ結婚を受けてしまったのか、今では全く分かりません。それくらい、もうどうでもいいことですわね」


 ブライアン様が、もう少し前に乗り出してきた。

 べルが心なしか横に移動していったような気がする。


「マリア嬢、わ⋯⋯」


 プッ。


 小さい音がした。

 ブライアン様が眉間にしわを寄せ、おでこを指でトントンと叩く。


 私は、あまりにも可愛いおならに、扇子で顔を隠して笑いだしてしまった。

 隣でベルが、「この不届き者」と低くつぶやく。


「あ、の。すみません。お話を遮ってしまい、申し訳ございません。なんでしょうか」


 私はハンカチをベルから受け取り、その香りを吸い込んで、気持ちを落ち着けた。でも次々に笑いの泡がわき上がってくる。


 全くこんな可愛い生き物いないわと思う。お別れするのが余計に寂しくなってしまった。


「また今度、お話しします。そうですね、ハンカチのお礼の品を持って伺うときにでも」


「楽しみにしております」


 楽しい気分のまま、馬車は王宮の門を潜り、そのまま奥に進んでいく。先日きた近衛騎士団の庁舎とは、全く違う方向で、進むに従って人気が少なくなっていく。


 ある建物の前に馬車は停止し、私はブライアン様にエスコートされ、その建物の中に入って行った。


「ここは第二王子の宮殿です。ここには小さい頃からよく来ていたので、私にとっては第二の自宅のようなものです。あそこにある庭は、春になると花が咲き乱れます。とても綺麗なので、是非見ていただきたいです」


 ブライアン様に説明を受けていると、侍従らしき人がこちらにやってきた。

 それからブライアン様に、にこやかに話し掛けた。


「お久しぶりです。ブライアン様。ようこそおいでくださいました。マリア・クルス様。第二王子殿下の元にご案内いたします」


 

 初めて間近に対面した第二王子殿下、アルフ様は、圧倒されるほど華やかな方だ。

 容姿がキラキラしている。

 落ち着いた雰囲気を持つブライアン様と並ぶと、その対比が鮮やかだ。


 王族というのは、こんなに美しいものか。 

 挨拶を済ませ、テラスに設えたテーブルに案内される間、私はその光景に感激していた。

 テーブルにつくと、ブライアン様がベルからバスケットを受け取り、スヤスヤ眠っているチャックを持ち上げた。


 チャックは起きない。ハンカチを咥えて、前足で挟み込んだ状態でアルフ様の隣の椅子に置かれた。

 ブライアン様がハンカチを抜こうとしたけど、全然離さない。


「私のチャックが世話をかけたね。無事な姿を見ることができて嬉しいよ」


 アルフ様は愛しげにチャックの頭を撫でている。

 その声に反応したのか、チャックが目を覚ました。そしてキョロキョロし、王子に目を留めると、うれしそうに立ち上がった。


 王子が抱き上げるのと同時に、ブライアン様がハンカチを引き抜き、手早くたたんで胸ポケットにしまった。


「チャックを見つけた時の様子を教えてもらえないか」


 アルフ様が私に聞く。


「はい。近衛庁舎に呼ばれた帰りに、気分転換に少し回り道をして、レーヌ地区に足を伸ばしたのです。そこの中央広場の噴水にチャックが走ってきました」


 子犬の話題なので、硬くならずに話ができた。それでも以前では考えられない自分だ。

 それにブライアン様が笑いかけてくれるのが、とても心強い。


「喉が渇いて水場を探したんだな。そこまでどうやって行ったものやら。結構ここからは遠いのに」


「とても元気そうでした。でも水を飲み始めてすぐに、兄が抱き上げたので不服そうでした」


 アルフ様はチャックに向かって、「鯉のエリックめ。今度文句を言っておくよ」と言い、チャックの頭をクシャクシャッと撫でている。


 その辺りで、ハンカチが無くなっているのに、チャックが気付いたようだ。

 キョロキョロし始めた。


「どうした、チャック。何を探している?」


 多分ハンカチを探しているのよね、と思いながらブライアン様の方を見たら、スッと横を向かれてしまった。

 

ほんわか展開はこの回までです。

次回から緊張ムードになります。

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― 新着の感想 ―
チャックは犬なのでしょうか⁈ なにやら獣人ちっくな雰囲気があるのですが…
大変です。ハンカチはきっとチャックの匂いになってますw 刺繍に傷がついてないといいのですが。むしろついてたらもう一枚贈ればいいですかね。 ブライアン様がちゃんと婚約申し込んでくれそうで安心しました。 …
イッヌにニオイは死活問題なので、気づいて世話役の香水を改善してあげてほしいな……
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