王宮へー2
私が屋敷で一番上等な客間に入ると、ブライアン様が立ちあがって待っていた。
そして私を見ると、息をのんだ。
私はゆっくりとお辞儀をして、彼の視線を避けた。やはり、目を合わせるのは怖い。
チャックは、バスケットの中でうずくまっていたが、すぐにそこから飛び出して、私の方に駆けて来る。
その小さな体を、ベルがすかさず抱き上げた。
「マリア嬢。今日はとても艶やかです。目が眩みそうになりました」
ブライアン様は、相変わらず誉め言葉をさらっと口にする。
でも今日は少し、自分でも自分の姿を素敵だと思える。
嬉しかったので、にっこりと微笑んで、「ありがとうございます」とお礼を述べた。
ブライアン様の瞳は相変わらず青くて美しい。あの瞳でじっと見詰められたら、どんな気分になるのだろう。その相手が羨ましい。
ブライアン様はそのまま黙っている。
私は周囲を見回した。
兄と目が合ったので、「どうするの?」と真顔で聞いた。
「副団長、どうぞお座りください。マリアも、座って」
兄が場を仕切ってくれた。
「先に、この花束をマリア嬢にお贈りします。お好きだというピンクのバラに白いシャクヤクを合わせました。あなたのイメージに合わせたつもりが、今日はまた違うあなただ」
そう言いながら、私に花束を差し出す。
その花束を受け取るときに目を上げたら、彼と見つめ合うような感じになってしまった。
青い青い目に吸い込まれそうだ。秘密を悟られてしまうかも、なんてことは全て飛んでしまい、私はうっとりとその瞳を見つめた。
「んんっ。さあ、とにかくお座りください。王宮に向かうまで、少し時間があることですし、お茶でもいかがですか」
兄の言葉に被せて、チャックの鳴き声が上がった。
私の所に来たいようだ。
「王宮に行く前にドレスをしわくちゃにしたらまずいわね。仕方ないわ、お兄様、抱っこして私の横に座って」
「俺がか? こいつ、あんまり俺のことが好きじゃないみたいなんだよな」
「何でも言う事聞いてくれるのでしょ」
兄は渋々とチャックを抱き、私の横に座った。
私が手を伸ばして頭を撫でてあげると、チャックはキュウキュウと甘えた声を出す。
「まだ、小さいもの。甘えたいのよね。よしよし」
チャックは私の掌の上に頭をのっけて、そこで目を瞑った。
「まあ、このまま寝る気かしら。困ったわね」
ブライアン様はあっけにとられたように、こちらを見ている。
「この子ったら、甘えっ子ですね。私もかわいくなってしまって、別れるのが寂しいです」
「この犬は、なかなか人に懐かなくて、侍女たちが困っているのです。今回も世話をされるのが嫌で逃げ回って、いつの間にか王宮の外に逃げてしまって。こんな姿を見る事になるとは、思わなかった」
本当だったんだ、と兄を見ると、「そう言っただろ」と、拗ねた感じに言う。
ブライアン様が立ち上がり、こちらに寄ってきた。
「私が抱いていましょう。私にはそれなりに懐いていますから。君も、あっちの席に戻っていいですよ」
兄の腕からチャックを受け取り、抱いて自分の席に戻った。
チャックはブライアン様には慣れているようで、落ち着いている。
「マリア嬢に撫でられて、満足したみたいですね。もう眠ってしまいそうだ」
お茶が届けられ、一息ついてから、ブライアン様が思いがけない事を言った。
「先ほど二人がチャックを挟んで言い合っているのを見たら、まるで仲の良い新婚夫婦のように見えました」
しばし呆然とした後、私は「嫌だわ」と素直に口に出してしまった。
「副団長殿、冗談が過ぎますよ。それにしても、『嫌だ』はないだろ。全くお前は」
「いつの間に、そんなに仲良くなったんだ?」
はっとした。
青い目に引き込まれて、すっかり気を抜いていた。
今日一日、ブライアン様と一緒に過ごさないといけないのに、どうしたらいいのだろう。また目を見ないよう、頑張らなくては。
そう思いつつも、さっきの青い目を思い出してしまう。
「今回の騒動で、色々と話をしたんです。それで、思い出したこともたくさんあったので、少し分かり合えた部分もある、という感じです」
なあ、と言って、兄がこちらを見る。
私は目を伏せたまま頷いた。
「マリア嬢、ハンカチをありがとうございました。私からも何かお贈りしたいのですが、御希望があれば仰ってください」
私は下を向いたまま、小声で答えた。
「盗まれた品物を取り返していただけたら、それが一番うれしいです。ハンカチは気に入っていただけたでしょうか」
「はい、非常に見事な刺繍で、感激いたしました。大切に保管して、毎日取り出して眺めています」
兄が、私に小声で声を掛ける。
「おい、マリア。顔を上げろ」
私は渋々顔を上げた。そして、ブライアン様の顔は見ずに、愛想笑いを浮かべて見せた。
兄が、「マリア?」と声を掛けた。
その時、ロイドがドアを叩き、「そろそろお時間でございます」と告げた。
ベルがチャックを受け取り、柔らかい布を敷いたバスケットに寝かせた。それを抱えて控える。
ブライアン様と並んで玄関ホールに出ると、父が待っていた。その後ろに母とノエルが静かに立っている。三人共、私を見た途端、驚きで口が開いている。
一番に気を取り直した父が、挨拶をした。
「本日は、娘のエスコートをお引き受けいただき、ありがとうございます。社交に不慣れな娘ですので、どうかよろしくお願いします」
「お任せ下さい。しかし頑張らないといけないのは私の方かもしれません」
「はっ?」
「いえ、何でもありません。では帰りもお送りいたします」
母とノエルが、ぽかんとして見ている。ふっと微笑みを向けると、ノエルがさっと寄って来た。
「お姉さま、本当に綺麗。王宮に行っても全然見劣りしないはずよ。帰ってきたら、どんな感じだったか教えてね」
「わかったわ。明日ね。そうだ、その時に、あなたが貰ったおばあ様のアクセサリーを見せてもらってもいい? ちょっと確認したいことがあるの」
「おばあ様のアクセサリー? ブレスレットだったかしら」
「それ一つよね。模様が描かれていたりする?」
「う~ん。あんまりちゃんと見ていないわ。後で見てみる」
母が「何の話をしているの」と言いながら寄って来た。
「模様がどうかした?」
「おばあ様から譲られたアクセサリーで変わった模様の物があったような気がして。宝石に模様が刻まれている物なんてありませんよね」
母はちょっと考えて、「宝石自体に模様を刻むのは無理があると思うわよ」と言う。
それから、「模様のある宝石はあるけどね」と言った。
「それって、どんな宝石ですか?」
「メノウやオパール、キャッツアイが出るものとか、色々あるわね」
「キャッツアイ、目の模様ですね」
母が、「そういえば……」と頬に手を当て、何か考え込んだ。
その反対側から小声で兄が何か言っているのが聞こえて来た。
兄は、私と一緒に王宮へ行くベルに、小声で何か言っている。
「あれは、どうしたらいいんだ。なんでわからないんだ?」
「下手な事は言えません。見守るしかない、です」
ロイドが「どうかされましたか?」と声を掛けている。
兄が小声で何事かを言い、それを聞いたロイドは、眼鏡をクッと指で押し上げ、微笑んだ。
「やはり大奥様そっくりです。今後がまことに楽しみです」




