王宮へー1
それからは、家をあげての大騒ぎだった。
まず母が興奮して飛び込んできた。
「粗相のないようにね。とにかく丁寧に丁寧にと、自分に言い聞かせるのよ。上手くやろうなんて思わなくていいわ。丁寧に、よ」
そんなアドバイスを投げてから、ベルと会議を始めた。二人とも、超真剣だ。
ベルが見せたドレスに、母が駄目を出した。
「もう少し華やかなドレスはないの? これでは抑えすぎよ。青とクリーム色のコントラストは綺麗ね。でも装飾は胸元の銀と紫の刺繍だけ。品が良いけど、十八歳の娘にしては地味よ」
「このドレスがお嬢様を一番綺麗に見せます。長年お仕えした侍女として断言いたします。そしてアクセサリーは、このアメジストのネックレスとイヤリングのセットです」
ベルはアメジストがたくさんついたゴージャスなネックレスをドレスの胸元に掛けて見せた。そして足元に銀糸と色石で全面に刺繍を施した、絹の靴を置いた。
ぴったりのコーディネートで、唸るしかない。
堂々たるベルの主張に、母が折れた。
でも、その代わり髪型はうんと華やかにするよう言うと、それに対してベルがまたも胸を張った。
「お任せください。マリアお嬢様の髪は非常に結いがいのあるタイプです。思いっきり華やかに作ります。先日の朝食会の時よりもっと豪華に仕上げてごらんに入れます」
そんなベルを見て、母が感心したように言う。
「あなたって頼りがいがあるのね」
私が引っ込んでばかりいたせいで、ベルの評価も低く見られていたのかもしれない。上に立つ者は、自分に従う者達に責任を負うのだ。
話を聞いたノエルは、母と同じように慌てて私の部屋に飛び込んできた。そしてベル渾身のコーディネートを見て、「ねえ、やっぱりお姉さまばっかりズルいって言ってもいい?」とつぶやいた。
「いいわよ」
私がそれを許したのは……だって今ノエルの着ているドレスは、お世辞にもセンスが良いとは言えない。
今まで、殆ど意識していなかったけど、目の前のコーディネートされたドレスと、ノエルの出で立ちは、比べるのが気の毒なほど違った。
「気持ちは分かるわ。ベルにセンスの良い侍女を選んでもらうわね。あなたのドレスは、その侍女に任せなさい」
その後にやって来た父は、ひたすら私が何か失敗しないかを心配した。
「もしかしたら、今回の事件について聞かれるかもしれないけど、それはあまり話さないほうがいいだろう。世間や近衛が知っている事だけを、当たり障りなくな。うまくやってくれ」
その後にやって来た兄の助言はおかしかった。
「あの第二王子は女好きだから、気を付けろよ。ガードを固めるんだ。ぼんやりと、気のあるような言葉を掛けるんじゃないぞ。態度にも気を付けろよ。俺がエスコート出来ればよかったが、俺が来てもつまらないから、マリアだけでいいなんて、全くあの王子様は。副団長によくよく頼むしか無いか」
私はぽかんとしてしまった。気があるような事を言うと、本気で思ってるのだろうか。
これには真剣に腹が立った。
「私がいつ、そんなことをしました? あれば言ってみてください」
兄は、口をぎゅっと閉じた。そして、またベルと目くばせをし合っている。
ほら見なさい。言えないでしょ。
「お嬢様、今夜は早く眠ってください」
そのベルの言葉で、家族全員が、ぞろぞろと部屋を出て行った。
次の朝は早くに起こされ、支度にかかった。
チャックは私の足元でうろうろとまとわりついて遊んで欲しがるが、ベルにさっさと隣室に追いやられた。
ドアをカリカリと擦る音と、悲し気なクンクン声が聞こえている。
「ねえ、ベル。今は入れてあげてもいいのじゃない? ドレスを着るまでは」
「そうですね。うるさいし」
そう言ってベルはドアを開けて、チャックを部屋に入れてあげた。
「静かにしていないと、また追い出すわよ」
そう言い含めるベルにチャックは不服そうだ。クシャッとした顔の中で輝く目は、表情が豊かで、何を思っているのかが、凄くわかりやすい。
私はその表情があまりに人間臭くて笑ってしまった。
チャックは凄い勢いで、私に飛びつき、顔を舐め回す。
「やっぱり、追い出しましょうか」
メイクに取り掛かろうとしていたベルの眉が、また吊り上がった。
「ちょっとだけ待ってね、落ち着かせるから。そうしたら、きっといい子にしているわよ。ね、チャック」
ハッハッと舌を出して息をしながら、チャックは私を見つめている。かわいくてかわいくて、ぎゅっと抱きしめてしまった。
そうしてしばらくしたら、チャックは大人しく膝の上に収まった。
ベルは、「じゃあ始めますよ。お嬢様、顔に気合を入れてください」
それからのベルは恐ろしいくらいに真剣だった。私は邪魔をしないよう、背筋を伸ばして上半身を動かさないようにした。
間違っても、チャックが計算しつくされた髪にじゃれついたりしないよう、リズミカルに、その背中を撫で続ける。
やっとドレスの着つけにかかり、背中の包みボタンを留めている時、侍女がやって来て、ブライアン様がいらっしゃったと告げた。
ここまでで、いつのまにか時間が過ぎていたようだ。
「第二王子様の犬を確認させて欲しいとのことです」
それもそうだ。まずは間違いが無いか、確認しないといけない。そう思い、チャックを連れて行くよう、侍女に頼んだ。
チャックは嫌がったが、「いい子にしていてね。お家に帰るのよ」と優しく言い聞かせると、うなだれた様子で、侍女に抱かれた。
それから少し後に支度が整った。
姿見に映る私は、今まで見たことも無いくらいに……綺麗?
ドレスは、動くと青の中からオフホワイトの部分が見えるのがとても目を惹く。
華やかな髪形と、髪飾りが私の顔をも華やかに見せている。メイクも同じく、いつもよりずっと華やかで別人の様。
仕上げに着けたアメジストのネックレスが豪華に胸元を飾り、ペアのイヤリングが頬の横で揺れている。
そして、足元からのぞく絹の靴は、総刺繍の豪華な物。ドレスのスカートが青一色だから、歩くと見え隠れするそれは、凄く目を惹く。
トータルの印象は、洗練のひと言だ。ベルの本気は凄い。
「ベル。あなたって素晴らしいわ。この力を今まで使えずにいたなんて。ごめんなさい」
「お嬢様の本来の姿です。今日は自信をもってお臨みください」
ベルの優しい目に、目頭が熱くなった。
兄が、「支度は出来たか」とドアの外で言うのを聞き、「今出ます」と返事をした。
部屋を出るなり、兄が「えっ」と声を上げた。
「お前、マリアだよな」
そう言ってベルの方を見る。
ベルは胸を張った。
「凄いな。ベル、お前は得難い侍女だ。マリアは幸せだな」
兄にベルを褒めてもらえたことがとても嬉しかった。
そして、兄にストレートに賞賛されて照れるベルを見たら、兄の事が好きだなと思ってしまった。
「さあ、ブライアン殿が待っている。行こうか。犬は第二王子の愛犬だと確認されたよ。あんな見た目の犬はめったにいないから、間違えようがないけどさ」




