お守り?ー2
兄の後ろに再びピタッと付いて、薄暗い廊下を歩いた。
そして保管庫というプレートのかかったドアの前で止まる。
「持ち出し手続きをするから、ちょっと待っていてくれ。この部屋は臭いんだ」
そう言われ、廊下で待とうとしていたら、すぐに兄が出てきた。ブライアン様が一緒だ。
手に私の小物入れを下げている。
「お久しぶりです、マリア嬢。ご足労いただき、ありがとうございます」
「いいえ、私の持ち物です。こちらこそお手数をおかけして申し訳ありません」
また兄がちょっと強引に割り込んできた。
「ここで立ち話はやめましょう。また男が寄ってくる」
ええ!?
何を言っているの? と思ったら、ベルが、「ほらね」という感じで目配せした。
そのまま別の部屋に案内され、そこで小物入れの中身が取り出された。待機していた近衛兵が、テーブルに白い布を敷き、その上に一つ一つが並べられていく。
私の櫛にブラシ、ああ、私のナイトキャップ。
久しぶりに見た品々に、気持ちが高揚したが、私物をこうやってまじまじと見られると、気恥ずかしいものだ。特に日用品は私的すぎる。
ガーターベルトや靴下を入れていなくてよかった。そんなものが仰々しく並べられたら、どこを向いていたらいいか分からない。
「無いものを挙げてもらえますか?」
そう言われ、一つずつベルと確認した。無いのは一番上のトレイに載せてあった宝飾品類だ。
「この箱の一番上のトレーが、それごと無くなっています。トレーにはアクセサリーが載っていました。それと練香と扇子とピンとリボンです」
「それなら狙ったのはアクセサリーでしょうか。失礼ですが、非常に貴重な品なのでしょうか」
尋ねるブライアン様が言いにくそうだ。それはそうだろう。
何せ、これは宝石箱ですらない。
櫛やブラシと一緒に詰めてあったアクセサリーが、すごく高級品だとは思えないだろう。
「お気に入りですし、祖母から譲られた品なので、私にとっては大切な品です。価値も低くはないです。単に私が荷造りをとても雑に済ませたせいなんです」
こうなると、今更ながら恥ずかしい。とても大雑把な性格だと思われそう。
「そうですか。では盗まれたアクセサリーの特徴を一つずつ話していただけますか。古物屋や質屋に流れていないか調べましょう。こちらの品は持ち帰っていただいて結構です」
ありがたいけど、そういう探し方で見つかるとは思えなかった。
思わず、少し俯いてしまった。
「どうかされましたか?」
「いいえ。なんでもございません」
私は覚えているアクセサリーの形をなるべく詳しく近衛兵に伝え、リストを作成してもらった。
その間に、荷物をベルが小物入れに綺麗に詰め直してくれた。その後、ブライアン様の執務室に案内された。
「お茶を用意させますので、お寛ぎください。それで、実はいくつかお伺いしなければいけない事があります」
ブライアン様の表情が固い。
「こんなことは聞きたくないのですが、他の人間に任せるのも嫌だったので、私が事情聴取をさせていただくことになりました。侍女の自称メリーの殺人に関してです。ジェイソンからは、昨日、遺体を運んできた後に聞きました。エリックにもです」
それから少し間をおいて、私をじっと見た。
「この件について、あなたに話を伺わないわけにはいかないのです」
「もしかしたら、私が犯人だとお疑いでしょうか」
「関連のある人間全員に聞き取りをしています。ディール侯爵家には、今、他の人間が聞き取りに行っています。クルス伯爵家にも同様に」
「私はずっと屋敷に籠っておりました。外部とのやり取りは、パーム伯爵家のご令嬢と手紙をやり取りしただけです。それにメリーがどこに行ったのか、全く知りませんでした」
ブライアン様はその話を紙に書きとめ、それを机に仕舞った。
そして私たちの前に座り直し、ふっと力を抜いた。
「これで良し。多分あなたはリストから除外されるでしょう。実行犯は確実に男ですし、それも荒事に慣れた人物です。だから、第一発見者のジェイソンとエリックが最有力とされて、昨日きっちりと調査が行われました。だが二人共、ずっと屋敷に籠っていて、外部とのやり取りも無かった。これで次に疑われるのは、ディール侯爵家の口封じと、クルス伯爵家の報復です」
クルス伯爵家の報復!
あまりにありえなさ過ぎて、変な笑いが湧いてきた。唇がムズムズする。
「おい、マリア。お前もう少し取り繕えよ。気持ちは分かるけどな」
兄を手で押さえ、ブライアン様は私を安心させるようにニコッと笑った。
「ここでは、お気になさらず。私が感じ取った雰囲気では、だいぶ違うと分かっております。世間一般の想像では、という話です」
「すみません。いつもの扇子があれば、顔を隠すのですけど。そういえば愛用の扇子も盗まれているのです。困ります」
本当に困る。女性には、色々と必要なものがあるのだ。無くなると、それが凄く良く分かる。別の扇子も持っているけど、なんだか手になじまない。今もベルに預けたままになっている。
「その噂が静まるまで、私は屋敷に留まりたいと思います。私が姿を見せないほうがいいでしょう。それに屋敷の方も色々と物騒な気がしますので、守りを固めたいと思います」
兄が改まって、ブライアン様に言う。真面目な兄の様子が新鮮だ。
ブライアン様の表情は読めない。ただ兄を見ている。
「それは、何か懸念があるということか? クルス伯爵家に」
「いいえ、何かあるわけではないです。でも、今回の騒動で、何かと注目を浴びています。浮足だっていたら、盗賊に狙われるかもしれない」
ブライアン様が静かに考えている。
「いつもと様子が違うな。それにマリア嬢との仲もだいぶ改善された様子だ。何かあったのか?」
「いいえ」
言い切る。近衛騎士団での兄は、こんなにしっかりしているのかと驚く。
「わかった。しばらく休暇を与える。周囲への影響を考えたら、お前は姿を見せないほうがいいだろう。私から団長には言っておく」
「ありがとうございます」
そう言って兄は私に笑いかけた。それが小さい時の笑顔とダブる。そして兄に噛みついた小さい自分を、ここで思い出してしまった。緊張していたので、思わず吹き出しそうになり、口を手で押さえた。
「失礼……少し気付け薬を、ベル」
ベルが急いで気付け薬とハンカチを渡してくれた。
気付け薬の刺激的な香りで、気持ちを立て直し、それからハンカチでにじみ出た涙と、口元を拭いた。
「緊張しすぎてしまいました。申し訳ございません」
淑やかに言うと、紳士のブライアン様と、思いがけなくも紳士だったらしい兄は、その嘘を黙認してくれた。




