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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者:


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2/6

侍女のベル

 私は客用のハンカチで、涙とよだれを拭き、鼻もかんだ。


 もう、無茶苦茶ね。そう思うと、また笑いたくなったので、慌てて口を押さえて止める。身体が痛いし、疲れるし、もうこれ以上は無理。


「落ち着かなくちゃ」と自分に言い聞かせる。


 ベランダに出て深呼吸して戻り、ふと手鏡をのぞくと、凄い顔が映り込んだ。

 化粧がメチャクチャになっていて、まるで子供のイタズラ描きのような顔だ。


「ひどいわね」


 呆然と、そのいたずら描きを眺めていたら、また笑いが込み上げてきた。

 あ、胸が痛い。肋膜が引きつっている。

 私は胸の下で腕を組んで、身体を強く圧迫した。息も止めて力を込めてみる。


 コンコンとドアがノックされ、ロイドが声を掛けてきた。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。……あー、ちょっとまずいかも。侍女に化粧直しをお願いしたいの。誰か呼んでもらえる?」


「はい、ちょうど……」


 ロイドが言い終わる前に、バンとドアを開けて、一人の女性が飛び込んできた。

 驚いたけど、それは私の専属侍女のベルだった。


「お嬢様。なんてことに・・・・・・えっ、なんてお顔!?」


 ベルは私の顔を見つめている。

 はっと気付いて、私は持っていたハンカチで顔を隠そうとしたけど、そういえばさっき鼻を噛んだのだったと思い出し、仕方無しに両手で顔を覆った。


「ベル。いい所に来たわ。顔を直してちょうだい。ロイド、今見たものは忘れてね」

 

 私がそう言うと、ベルがすぐにロイドを部屋から押し出した。


「お仕度が整ったらお呼びしますので、外でお待ちいただけますか」


 ベルは丁寧にそう言っているが、その手付はかなり荒い。いつもの愛想が良くて、気の利くベルとは違う。


 ドアを閉めると、ベルは私に新しいハンカチを渡してくれた。


「準備をしてきますので、これでお顔を拭いてください」


「ベル? これは使えないわ。このまま待つわ」


 ベルは有無を言わさずに、私の顔をそれで拭った。そのハンカチを私に握らせ、ささっと部屋を出る。


 ベルがこの日のために、奮発して購入した高級ハンカチ。白い絹に白い絹糸だけで幾重にも刺繍された、贅沢な品だ。


 真っ白いハンカチは、私の化粧で見るも無残に汚れている。


「すごく高かったって言ってたのに」


 見つめていたら、静かに涙がこぼれ始めた。さっきのようなヒステリックな涙ではない。

 私は白いハンカチで涙を押さえた。


 顔から離すと、白いハンカチに、目の形にマスカラが付いている。まるでスタンプを押したみたい。

 なんだか⋯⋯ああ、まったく。


 結婚式用にメイクは入念に施していたのだ。

 

 ベルが戻り、手早く私の顔を綺麗にして、軽く化粧をしてくれた。

 さすがベル。顔を滑る手が気持ち良い。


 前の人生で候爵家に入った後、ベルは帰されてしまっていた。

 ベルの代わりに私に付いたのが、ジェイソンの愛人メリーだった。たぶんそれは偽名だろう。泣きボクロも、いつもは化粧で隠していた。

 彼女は私を乱暴に扱った。髪を解いてもらえば痛いし、お化粧は何て言うか、適当っていう感じだった。

 妻の座に座った私に妬いていたのだろうか。

 

 ぼんやりと考えていたせいで、ベルに呼びかけられているのに、私は気付かなかったようだ。


「お嬢様。大丈夫ですか? 私、おかしな噂を聞いたのですけど、まさか本当では⋯⋯」


「どんな噂?」


 ベルは口ごもった。

 

「⋯⋯ジェイソン様が男色家で殺人鬼で、隠し子が三人もいるとか、なんとか。色々あって、小耳に挟んだのだけでも、そんな感じです。お嬢様が屋敷に戻ったと聞かされて、私大慌てでしたから、空耳かしら」 


 え?


「何!? 何の話? 本当なの!?」 


「あら、やっぱりデマね。まあ、確かに変な話ですもの」


 その時、見計らったかのように、ドアがノックされた。

 きっとロイドだ。


「入って。お父さまたちが帰ってくる前に話しておくわ。そうしないと屋敷中がパニックになるでしょうから」


 ロイドが真面目くさった表情で部屋に入って来た。

 とりあえずソファに座ってもらう。二人は私の言葉を静かに待っていた。

 

「まずはベルの聞いた噂の事を話してちょうだい。私も初耳よ。どこで聞いたの?」


「使用人用の控室を出てから、他家の知人に頼み込んで、馬車に乗せて貰うまでの間です。皆さんすごく混乱していて、色々な話が聞こえてくるんですけど、どれもびっくりするような話で⋯⋯」 


「誰が話していたの?」


「急いで屋敷に戻ろうとする参列者の方々や、使用人たちや、教会関係者です」


 私が帰ったあと、参列者たちもさっさと帰ったのだと思っていたのに。


「教会の人が控室に来て、式が中止になったって言うので、私たち大慌てで飛び出したんです。その前から外が騒がしくて、様子がおかしいとは思っていたんです。中途半端なタイミングで、控室にローズ公爵家の従僕がやってきたのも変だし」


 ロイドがピクッと反応した。


「その話、詳しく。ローズ家の従僕が、何を話したのか教えてください」


 ベルはこめかみに指を当てた。


「確か、部屋にいたディール侯爵家の従僕に、これから忙しくなりますねって言ってから、花嫁を迎える準備は万全かって」


「それで、なんて?」


「お部屋は整っているし、花を屋敷中に飾ってあるし、使用人は全員新しい制服を着て待ち構えているって。私のお嬢様を迎えるために。私、鼻高々でした」


 ベルが満面の笑みを浮かべる。誇らしげだ。


「お嬢様の結婚式なので、私も控室では主役と言いますか、いい気分でお茶なんか飲んでいました。侯爵家の従僕との情報交換も抜かりなく。ジェイソン様がいかに優秀かっていう話では、他家の使用人たちが羨ましそうな顔をしてましたね」


 私はその様子を思い浮かべて、ちょっと笑ってしまった。


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