お守り?ー1
ガタッと椅子を蹴立てて兄が立ち上がり、こちらに身を乗り出した。
「どうやって? どういうことだ」
「死んで、今から二ヶ月前の自分に戻っていたんです。戻った理由も方法も分からないのだけど」
「それを今ここで信じる、と言うのは、さすがに難しい」
兄は乱暴にドスッと椅子に座り直し、きつく唇を引き結び、唸っている。
「そうでしょうね。当人の私だって、こっちが夢なのかと疑ったりしましたもの。何かはっきりした証拠がなければ、信じられないと思います。証拠の一つは、今回のジェイソン様の企みを私が知っていたこと。手紙の話は嘘なんです」
兄がロイドの方を、バッと振り向いた。
「最近、手紙が多かったと言っていただろ」
「私には手紙の内容までは、わかりかねます」
ロイドはすまし返って答えた。
私は何か証拠になることがないか、ゆっくり考えた。
兄を待たせてゆっくり考えるなんて、これまでしたことがない。そう気がついてドキドキした。
そして、「あっ」と声を上げた。
「第二王子様の子犬が行方不明になるわ。確か結婚式から数日後。その子犬をジェイソン様が見つけて褒美を貰ったの。もう迷子になっている?」
「その話は今日、兵舎で聞いたよ。俺は自宅待機中だから機会はなさそうだけど、もし見かけたら捕まえてくれと言われたよ」
そう言って、はーっと大きく息を吐いた。
「これは、信じるしかないか。よし、信じるぞ」
「ありがとう。確か昼間にレーヌ地区の中央広場で、噴水の水を飲んでいる所を捕まえたって言っていたわよ。明日行ってみたら?」
兄は私をしげしげと見て絞り出すように言う。
「⋯⋯あの話を、実際に体験したって!?」
驚くことに兄が泣きそうな表情をしている。
「俺は何をしたらいい。何でもするよ」
「おばあ様の形見を取り返して欲しいです。私には大切な品です。それに特に気に入っているものだけを、持っていきましたから」
兄は歯ぎしりしながら、「もちろん逃がさない。それにジェイソンは今から行って殺してくる。あんなヤツ、決闘する価値もない」
兄の目が血走っている。
「それは止めて。もう顔を合わすこともないからいいの。メリーの死で、更に騒ぎが大きくなるかもしれないのに、これ以上世間を騒がせたら駄目よ」
兄は立ち上がり、部屋をうろうろした。そして磨いて置いてあった、自分の革のブーツに当たり始めた。
こういう乱暴なところは、相変わらずだ。
ロイドが近寄り、「ウイスキーもございます」と伝えると、スタスタ戻ってきた。
私の髪の毛より、兄の行動のほうがよっぽど犬っぽい。
兄はウイスキーを受け取り、グイッと飲むと少し落ち着いたようだ。
「このことは、誰か知っているのか?」
「いいえ。話したのは初めてよ。今までなら、まるで信じなかったでしょ」
「ああ、そうだな」
「この話は、ここにいる三人だけの秘密にしてほしいの。お願いね」
「父上や母上には?」
「ちょっと無理な気がするわ。受け止め切れないと思う」
「そうだな。うん、面倒なだけだな。俺にはなぜ話したんだ?」
「今日の動きを見て、ちょっと使えるかなって」
兄は動きを止め、ロイドは後ろを向いた。ベルはさっきからの話にショックを受けているようで、涙を拭いている。
ぎこちなく動きを取り戻した兄はため息交じりで言う。
「使いたいように使ってくれ。父上や母上のように、使えない奴扱いされるよりいいよ」
私は夢で見たことを、三人に話して聞かせた。
私の死に関する部分は省き、おばあ様のアクセサリーについて。
マリーと男が、目の模様がある宝石を探していたこと。前の人生では探しても見つからず、私が死んだ後で、全て持ち去られたこと。
その際に、やはりメリーは殺されている、と言うと、兄が唸った。
「二回の生のどちらでも、彼女は死ぬ運命なんだな」
「そうね⋯⋯それは変えられなかったのかもしれない。ところで、今回は持っていったアクセサリーが少ないのだけど、あの男は納得したのかしら。それが気になっているのですけど」
「おばあ様のアクセサリーがどのくらいあったかなんて、誰も知らないだろ。お前は、男がこの屋敷に忍び込むかもしれないと、思っているのか?」
うーん、と考え込んだ。
「すごく執着していたようなので、ちょっとやそっとでは、あきらめないと思います。持って行ったアクセサリーの中に見あたらなかったら、そうするかも」
「ここに来るって言うのか? それは、逆に犯人を探す手間が省けるのだけど、お前は持って行った中には無いと思っているんだな」
「ええ、前の人生でも、結局見つからなくて全部持って行ったのだから、今回もあの中には無いと思うわ」
兄はロイドとベルに、目の模様に心当たりが無いか聞いた。二人共、そういう模様がある品は見たことが無いと言う。
「おばあ様は私に譲ったと仰ったのよね。う~ん。覚えがないわ。ところで、おばあ様は、それに願い事をしたのかしら。ロイドは聞いている?」
「大奥様は、一度も使えた事が無いと笑っておられました。宝石を出して、と頼んでみたけど何にも起こらなかったわとも仰っていました」
「難儀だな。どこにあるかも分からないし、見つけたとして、一体どうやって使うんだ?」
兄が呆れたように言う。私はそれよりも、そのお守りを見つけない事には、危険な状態も終わらないのではと心配になった。心配する私に兄が大きな声で「任せろ」と言う。
「とにかく犯人を捕まえて、知っていることを吐かせないと、何が何だかわからないってことだ。よし、捕まえよう」
いつも通りの簡潔な言葉だ。今までと違い、それが頼もしく感じられた。
次の朝、私はベルを連れ、兄に付き添われて近衛騎士団の庁舎に出向いた。
男性がたくさんいるこんな場所に来るのは初めてで、私は兄の後ろに隠れるようについて歩いた。その私を守るようにベルが横につき、鋭い目で周囲を警戒している。
昨日の話を聞いてから、ベルは超過保護になってしまった。
「おい、鯉のエリック。早いな」
「おはよう、ジェームズ」
兄が挨拶している。⋯⋯鯉のエリック?
ジェームズという男が、私たち二人に目を留めた。
「あれ? 連れがいたのか、すまない」
そう言ってから、ハッとしたように居住まいを正し、視線で兄に紹介を促した。
「妹のマリアだ。盗まれた荷物の確認に来たんだ」
「ジェームズ・ハリトンと申します。エリックの同僚で⋯⋯あー、マリア嬢のことはお見かけしたことがありますが、雰囲気が変わられましたね」
つまり、結婚式に参列した方なのね。その話は言いにくいので濁したのだろう。
「はじめまして。マリアです」
私が苦笑交じりで挨拶したら、兄が割り込んできた。
「行くぞ、マリア。じゃあな、ジェームズ」
そのまま早足でスタスタ歩いて行く。
私は会釈して、後を追った。
「エリック様は、お嬢様に近付く男を牽制されているようですわ。頼もしいです」
今更? 破談になったばかりの、いわく付き令嬢よ。そんなこと、必要だとは思えない。
「いやあね。そんなのじゃないわよ。鯉のエリックという呼び名に腹が立っただけでしょ」




