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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第一部【石の謎】第一章 帰って来た花嫁

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事の初め・教会にて

短編版『この結婚、死んでも嫌です』を少し修正して第一話としています。

そのため、第二話以降と比べて、長めです。

 神父様が新郎に問いかける。


「汝はこの者を愛し、一生を共にすることを誓いますか?」


「はい、誓います」


 力強く張りのある声が、教会の高い天井にこだまする。

 私はうつ向き小さく息を吐く。


 一回目の人生と同じ神父様、同じセリフ、同じ結婚式。

 ただ一つ違うのは、絶望した私の心。

 この数ヶ月後、私は夫に殺されることになる。


 うつ向いた目の端に何かの動きを捕え、光の差す高い天井を見上げた。

 天窓から白い鳩が飛び込んで来る。

 鳩はぱたぱたと羽ばたき、窓枠に止まり、首をクッと傾げる。前回にもいたのかもしれない。でも目に留まらなかった鳩。


 真っ白いその鳩を見ている内に、突然心が軽くなるのを感じた。

 ああ、もういいのだ。

 どうせ死ぬのなら、私の自由にしてもいい。


 神父様が厳かに新婦に問いかける。


「汝はこの者を愛し、一生を共にすることを誓いますか?」


「……私は誓いません。結婚しません」


 小さな声で言った。声が震えている。


 一瞬静まりかえった後、どよっと抑えた声が上がった。


 神父様が少し前に体を傾け、小声でささやきかけてくる。


「どうか落ち着いて。もう一度聞くから言い直してください。大丈夫ですよ」


 私はぎこちなく後ろを振り返った。斜め下を向いたまま早口で言う。


「私は誓いません! 結婚しません!」


 父が慌てて席を立ち、祭壇の近くまで出て来た。


「マリア、一体どうしたんだ。あんなに結婚を楽しみにしていたのに」


 小声の早口で父が言う。

 私はカッとなって一息に叫んだ。


「一体いつ私がそんな事を言いました? 胸に手を当てて思い出してください。今まで何回も嫌だとお伝えしました」


 私の細い声は、緊張のせいでいつもより甲高くなっている。我ながらヒステリックな感じ、と頭のどこかで冷静に思う。

 母も出て来た。父の一歩前に出て、腕をこちらに差し伸べて訴えかける。


「でも、嫌がる理由がまるでわからないわ。何が嫌だと言うのです。申し分のない結婚なのに」


「その理屈で、私の話を全くまともに聞いてくださらなかったわね。私、死んでも嫌なのです!」


「お姉さまったら、一体どうしたというの?」


 両親の横に私の兄と可憐な妹が寄り添った。四人共、非常に驚き慌てている。

 参列者たちも驚きを隠せずにいるようだ。


 なにせ新郎のジェイソン様は眉目秀麗、エリートしか入隊できない近衛騎士団に所属する侯爵家の嫡男。

 どこの貴族家でも喉から手が出るお相手だ。

 新郎自身も驚きすぎたのか、目を見開いてぽかんとしている。


 私が死に戻ったのは今から二か月前。その時から何とか結婚を回避しようと、色々と働きかけた。でも誰もまともに話を聞いてくれなかった。


 結婚を辞めたい理由が、新郎に殺されるからとは言えない。死に戻ったなどと言えば正気を疑われる。

 唯一、可能性がある理由、「ジェイソン様のスキャンダル」を告げ口しても、たぶん握りつぶされる。


 それで「結婚したくない」の一言で通すしかなかった。これでは説得力がないにも程がある。

 結局良い理由を思いつけないまま、今日の結婚式を迎えてしまった。


 私は大きく息を吸った。震える手でブーケを握りしめてから口を開く。


「彼には隠している愛人と娘がいます」


「……なんてことを。一体どうして」


 ジェイソン様は、心底驚いたように私に向かって言う。

 私は彼をキッと睨み付け、一歩距離を取った。


 父が新郎のジェイソン様と参席者に向かって詫びを述べた。


「すみません。娘は多分、緊張で混乱しているのです。どうかお許しください」


 ジェイソン様は一瞬ニヤッとし、袖で隠して生真面目な表情を作った。


「まさか、こんなに不安定になっていたとは。マリッジブルーでしょうか。だが、私は彼女を深く愛しています。これからは私が彼女を支えていきます。ね、マリア。安心して僕に頼ってくれ」


 そう言って心配そうに、私に向かって腕を差しのべた。

 参列者たちはバツが悪そうに小声でささやき合う。

 貴族の男性が愛人や隠し子を持つのは、ままあることらしい。ただそれが婚前の新婦の耳に入るのは、さすがにいただけない。


 こういう事はそれ以前に片をつけるか、徹底して隠すかのどちらからしい。

 二か月間、私なりに婚約破棄の可能性を探り、色々と調べたのだ。

 この暴露話に女性たちは眉を顰め、男性たちはそわそわと落ち着かなげだ。貰い事故になりそうな夫婦も何組かいる。


「何も、今ここで言わなくても」


 そう小声で言う父に、私は震える声で返した。


「これまで何回結婚を取りやめたいと言っても、全く取り合ってくれなかったじゃないですか」


 一回言葉を切って、今までの私ではありえない程大きな声で、はっきりと話した。 


「だから私の言葉を聞くしかないこの場で、言わせていただきます」


 それだけで両親も妹も、友人たちも驚いている。


「マリア、誤解だよ。誰からどんな話を聞いたか知らないが、それは悪意のある嘘だ。信じてくれ」


 ジェイソン様は紫色の瞳を揺らし、私を切なげに見つめる。彼の銀髪に光が反射してきらめいた。

 私はその様に、ふっと息を吐いた。


 彼は美しく有能で地位も高い。全身が自信に満ち溢れている。

 私はと言えば、ほとんど社交もしていない地味な令嬢。彼には全く吊り合わない。

 世間がどちらを信じるかは、明白というものだ。

 でもここでひるんだら終わる。


 私は固い声で彼に問いかけた。


「一体、あなたの何を信じろと?」


「私の君への愛をだよ。私が君をこの上なく愛していることは、ここに居る皆さんだって、良く知っている」


 とろけそうな眼差しで私を見つめ、その魅力的な微笑みを周囲に見せびらかす。

 参列者たちは納得するように頷いている。


「マリア、ジェイソン殿が許して下さると言うのだ。今の内に謝りなさい」と、父が言う。

「そうよ、マリア。さあ早く」

 母の言葉に、会場の全員の目が私に集中する。

 私が、「はい」というのを待っている。


 またいつもの流れだ。

 結局いつもこうなる。

 しかも今回は、こんなに大勢の人に、ひどく気持ちの不安定な令嬢だと印象付けてしまうことになる。


 その時、鳩がバサッと羽音を立てて飛び立った。

 私はその白い羽を見つめた。その小さな白い羽は、パタパタと手招くように動いている。


 ――私は腹を決めた。この先へ進む。生きるために。


「皆様が私の言葉を軽んじるなら、この場で言わせていただきます。ジェイソン様は私を自殺に見せかけて殺し、再婚する手筈まで整えています。どうせ殺されるなら、今ここで、全てを暴露します」


 会場はシンとした。

 教会で新婦から語られる言葉としては、ありえない内容だ。


「なんて、とんでもない事を」


 ジェイソン様が蒼白になっている。


「お相手の名前、言うのは控えますが、数年前から親交の深い、淡いブロンドの髪とブルーグレイの瞳のほっそりした令嬢ですわね。泣きボクロのある」


 ジェイソン様がたじろいだ。それと共に、ジェイソン様の友人知人たちが、ぎょっとしたように身体を固くする。彼と噂があった令嬢の特徴にぴったりとハマるからだろう。


「おかしくなったとお思いならそれで結構。結婚が嫌すぎて、おかしくなってしまったのです。だから破談にいたしましょう」


「いくら何でも、言っていい事と悪い事があるぞ」


 ジェイソン様が凄んだ。


「娘は一歳ですわね。あなたと同じ銀色の髪に紫の瞳でしたか。どなたかお調べになったら? すぐにわかるわ。何せ、乳母が預かって育てていますもの」


 参列者席に座る乳母の子爵夫人が、ぎょっとしたように身じろぎするのが見えた。

 参列者たちの頭が、子爵夫人の方に向き直る様が、壇上から見るとよくわかる。

 ちょうど動物の集団行動みたいだ。


「女性の方は、侯爵邸に私付きの侍女として入り込んでいると聞きました。一体、何の為に?」


 具体的な話が飛び出し、参列者たちは落ち着かない様子になり始めた。

 愛人、隠し子の話はよくある。

 だが愛人を新婦の侍女として家に引っ張り込むとか、自分の乳母に子供を預けるとかは、一線を越えている。

 そして不穏すぎる。


「有り得ない。誤解だ。それにどうやって、そんなことを知ったのだ」


 困った。それは死に戻ったからだなんて言えない。

 しばらく冷汗をかいて黙っていたが、目の前にあった婚姻の署名用紙を見て閃いた。

 私はゆっくりと微笑んだ。


「ある日、手紙が届き始めたのです。善意の第三者であり、お相手の女性の知り合いという署名で」


「君は誰からかもわからない、そんな手紙を信じたと言うのか?」


「初めは信じなかったけど、以前侯爵邸に伺った折に、そこに書かれたのとよく似た女性を見たのです。次の時女は子供を抱いていて、乳母と共に子供の教育の話をしていました。知らなければ次期侯爵夫人にしか見えませんでしたわ」


 侯爵夫妻は真っ青になっている。多分彼女に心当たりがあるのだろう。ジェイソン様も真っ青だ。


「彼女とそれほど結婚したいなら、私を殺して再婚などとまどろこしい事をしないで、そのまま結婚したらいかが? あ、失礼。それが出来ないから、わざわざ一度結婚し、彼女との結婚のハードルを下げようとしたのでしたわね?」


 乳母は夫の子爵の腕を取り、その場から急いで逃げだした。

 バタバタと走る音が妙に大きく聞こえる。


「乳母は彼女たちを逃がす気でしょう。行先はきっと侯爵邸ね。私の話を認めたのと一緒だわ」


 参列者たちは半信半疑で聞いていただろう。だが今、乳母夫妻を見送る顔は引き攣っている。

 事実無根なら、彼女達が逃げ出す必要などないのだ。


「こんなことをしでかして、君は一生結婚できなくなるぞ」


 ジェイソン様は好青年の仮面をかなぐり捨て、掴みかかりそうな勢いで私に迫った。

 その顔を見て私は微笑んだ。


「まあ、それがあなたの本当の顔ね。そっちの方が、今までの薄気味の悪い笑顔よりずっとましよ」


「お姉さま、そんな事情があるなら、私たちに打ち明けてくれたらよかったのに」


 妹の切なげな声に、私はキッと顔を向けた。


「だから、あれほど嫌だと言い続けたでしょう。自分たちの態度を思い出して見なさい。何が気の迷いよ。だったら代わってあげるから、誰か代わりにこの人と結婚して頂戴」


 私は、私を彼の方に押しやろうとした妹や恋のライバルたちに、順繰りにブーケを突き付けた。


「彼と結婚できるなんて、天にも昇る幸せなのでしょ。今からこのブーケを放るわ。受け取った人が、その幸せを引き当てるってどうかしら?」


 私は、「行くわよ」と声を掛けて、ブーケを思いっきり放った。

 ブーケは弧を描き、綺麗に若い女性たちのいる辺りに飛んでいく。

 その瞬間、その辺りから人がさっと逃げ、無人の椅子の上にブーケがバサッと落ちた。誰も受け止めようとしなかったのだ。


 彼との結婚を妬んだアナベル嬢、いやがらせまでしてきたベル嬢やシリル嬢たちまでが。

 そのブーケを遠巻きに見つめる人々の目には、禍々しい物を見るような色が浮かんでいる。

 

「あら、不思議ね。誰もその幸せ、欲しくないみたいね。――お分かり? 私だって、そんなもの欲しくないの」


「……なんてことだ。貴族の令嬢としての人生は、これでお終いになる」


 父の言葉に私は微笑んで返答した。


「そうね。私もそう思ったから、穏便な婚約破棄をお願いしてきたわ。それが叶わなかったから、最後の手段に出ました。どうせ殺されるなら、死ぬ気でやってみることにしたの。それともお父様は、私がこの人と結婚し、半年経たずに毒殺されるほうが良いとお考え?」


 父は黙り込み、代わりに母が絞り出すように言った。


「あなたの幸せだと思ったのよ」


 私はその言葉に顔をゆがめた。その善意と愛情。それと私に対する軽い侮りが、どれほど私を疲弊させたことか。


 神父様が私の顔を覗き込んだ。


「マリア嬢。これは取り返しが付かない行いです。おわかりですか?」


「いいのです。死ぬ気になったら、何でもできるって気が付いてしまったのです、神父様。この祭壇の前で。白いハトが飛び込んできた時に。神の啓示かもしれません」


 ジェイソン様が何とか今の雰囲気を打破しようと、私に突っかかってきた。


「今までの話は事実無根だ。こんなひどい侮辱を受けるなんて思いもしなかった。証拠の手紙を出してみろ」


「手紙は全て燃やしました。婚家に持って行けるものではないから」


「じゃあ、何の証拠もないじゃないか」


「そうですね。毒殺もまだ実行されていませんから、今の時点で証明出来るのは、よく似た娘がいる事だけです」


「俺に子供なんていない。それにもし似た子がいたとして、俺の子だとは証明できないだろう」


「その通りですが……」


 私はあることに気が付き、パッと顔を上げた。


「今の段階で発覚してよかったわ。私、毒と毒入りのお茶を検査に送ろうと考えていましたの。でもうまく盗みだせるかわからない。だから遺書も用意するつもりでした。そうしたらあなたと彼女は、絞首台に送られたかもしれません」


 ジェイソン様の顔が衝撃に歪んだ。


 毒はお茶の時に使う砂糖に混ぜられていた。ここまで言い当てられたら、蒼白になって当然。まあ、全てあなたが教えてくれたのですが。


「――あら? 私ったら、いい事したのだわ」


 唖然として口を開けたままこちらを見つめる神父様に、私は微笑んだ。


「神の思し召しです。三人の死と、一人の子供が孤児になることを防げましたわ」


 今後、私は貴族社会から排斥されるのかもしれない。

 でも、後悔はしない事に決めた。

 だから周囲の視線を気にせず、ゆっくりと祭壇から降りた。


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― 新着の感想 ―
短編から長編に来ました しかし、こんなに長くなっているとは…確かに長編ですね 読み応えがあります
1. “死ぬ気になったら何でもできる”という覚醒の瞬間が鮮烈 白いハトが飛び込んでくる場面は象徴的で、まるで神の啓示のように主人公の心が切り替わる。 それまで押しつぶされていた彼女の声が、あの瞬間に一…
2026/02/12 09:32 退会済み
管理
実生活で、(結婚ではないけど)本当にこの1話の死に戻る前に近い、心も頭も病む出来事があったばかりで。荒んだ脳ミソにマリア嬢の啖呵が心地よいです。私もここまでブチギレたかったなぁ…(笑)。 自分を励ます…
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