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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者:


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1/6

教会から花嫁が帰って来ました。実家に!

短編「この結婚、死んでも嫌です」のすぐ後からの話です。

ぜひ、お楽しみください。

 馬車が屋敷に戻ると、執事のロイドがニコニコとしながら出迎え、その場で腰を抜かした。

 多分、馬車からウエディングドレス姿の私が姿を現すとは、思いもしなかったのだろう。


 冷静な彼のそんな姿は、物心ついてから初めて見る。

 初老の執事ロイドが、腰を痛めたら可哀想だと思い、私は手を差し伸べた。


「お嬢様? マリア様?」


「そう。私よ。いいから立って。他の皆が困っているわ」


 使用人たちは、お辞儀の姿勢のまま固まっている。自分のせいなのは分かっているので、早く立ち去りたい。

 ロイドは立ち上がり、いつもの落ち着きを取り戻そうとした。


「一体何が!? おいミード、何があったのか説明してくれ」


 御者のミードがおずおずと、こちらに足を運ぶ。


「わかりません。私は教会の外で待機していたので。そうしたら、お嬢様が一人で教会の礼拝堂から出てこられて、『帰るわ』と」


「結婚止めたの。ミード、お父様たちを迎えに戻ってちょうだい。二度手間でごめんなさいね」


 ミードとロイドが固まった。さすが我がクルス伯爵家の古株。驚いても表情は変えない。


「⋯⋯あ、の。お嬢様!?」


「部屋で休むわ。ベル、お願い」


 あっ、ベルは⋯⋯いないんだった。

 私付きの侍女ベルは、教会で待機している。そのまま一緒に婚家に行くはずだったのだ。


「ベルを置いてきてしまったわ。もう一台迎えを出してね」


 そう言い置いて、私は自分の部屋に向かった。数人の侍女が、慌てて後を追ってくるのを見て、気付いた。


 ウエディングドレスを着替えなくちゃいけないのだ。

 これは着るのも脱ぐのも手がかかる。 

 うんざりしながら、クルッと振り返り言った。


「二人でいいわ。それから温かいスープとパンをお願い。お腹がすいたの」


 その声に、二人が厨房の方へ向きを変えた。

 その他の使用人たちは、まだ呆然とした様子で突っ立っている。

 

「かつての大奥様を見ているようだ」


 遅れて追いかけてくるロイドが、呟くのが聞こえてきた。

 


 重いドレスを脱がせてもらったら、気持ちが晴れ晴れした。このまま下着で過ごしたい気分だ。もしくはナイトドレスで。

 でもまだ昼の三時だから、さすがにそれは気が引ける。

 それで、一番簡素なゆったりしたドレスを着せてもらうことにした。


「そう言えば、ナイトドレスも婚家に送ってあるのよね。戻って来たとして、使う気になれないわ」


 なんとなくそう言うと、侍女たちがビクッとした。そして嫌に緊張した空気が部屋に広がる。いつもの私にはない強い物言いに戸惑っているのだろう。

 まるで腫れ物に触るような具合だ。侍女たちは目を合わせようともしない。


 ナイトドレス以外にも、数日分の洋服や細々した日常の品を、あらかじめ候爵邸に運び込んでいる。

 そういった小物がないと、不便なこと甚だしい。


 いつものブラシや手鏡、化粧品。

 お気に入りのハンカチに、室内履きなど。

 仕方なしに客室用の物を持ってきてもらっている。

 私はもう数日早く決断しなかったことを、激しく後悔した。


 丁度一段落ついた頃に、食事が運ばれてきた。

 気を使ってくれたようで、私の大好物、バターの塊と生クリームがたっぷり載った、青豆のポタージュスープと、焼き立てのパンがトレイに載っている。


 唾をのみ込んで、さっそくスプーンを手に取った。

 生クリームとバターを溶かしこみ、とろみのあるスープを掬って口に運ぶ。

 ああ、しみじみ美味しい。


 この数日、何を食べても砂を噛んでいる様な気分だった。大ぶりの銀のスプーンが嬉しい。青緑のスープが綺麗で嬉しい。

 それを舌で味わえるのが嬉しい。

 飲み込むと胃が温かくなる。

 嬉しい。


 そういえば、死ぬ前の2か月は、満足に物が食べられなかった。

 戻った後も、ずっと必死で、食事の味を全く覚えていない。機械的に口に入れていただけだったのだろう。


「美味しいわ。シェフのジョンに、ありがとうって伝えておいてね」


 食器を持って出ていった使用人と交代で、執事のロイドがドアをノックした。


「入って。ロイド」


 彼は黙って私の斜め前に立っている。でも何も言わない。


「何か言ったらどう?」


 促すと、ようやく口を開いた。


「お嬢様が帰宅されたことと、結婚を止めたことと、急に性格が変わったようになられたことと、どれから聞いたらいいか迷っておりました」


 軽く嫌味を感じるが、まあ良しとした。

 さて、そう聞かれると、どれから説明したものか迷う。


「帰ってきたのは結婚を止めたから。結婚を止めたのは、ジェイソン様に愛人と隠し子がいて、更には私を殺す計画を立てていたから。性格が変わって見えるのは、ものすごく興奮しているからよ」


 ロイドは、胃の当たりを拳で押さえ、グッと息を飲んだ。

 さすが、完璧な執事と言われるだけある。この話を聞いて、動揺を表に出さないのは凄い。


「承知致しました。ごゆっくりお過ごしください。皆様が戻られたら、ご連絡に伺います」


 部屋から出る前に、彼は一度振り返った。


「今のお嬢様は、大奥様によく似ていらっしゃいます。懐かしく思うくらいに」


 ニコッと微笑んで出て行った。

 なぜかロイドがいつもより若く見える。いたずらっぽい表情のせいかも。



 部屋に一人きりになると、私は大きく息を吐いた。


 やってしまった。


 思いも掛けないことを、起こしてしまった。

 私は私に問いかけた。


 あれは、本当に私がやったのかしら。夢? ううん⋯⋯夢にだって、あんな自分は出てこないと思う。 

 

 くっと、喉に何かがこみ上げる。

 口から出たのは、押し殺した笑い声だった。いったん出たら、もう止めようがなくなって、それはヒステリックな大笑いに変わっていく。


 嫌だわ。こんな笑い方、したことないのに。


 止めようと思っても止まらない。

 体を折り曲げて、お腹のあたりを腕で押さえて笑い続けた。最後には息が切れて、やっとで止まった。涙もこぼれている。

 笑いながら泣いてもいたらしい。どうりで苦しいわけだ。

 

 笑うのも泣くのも、こんなに疲れるなんて知らなかった。

 でも、何かに一区切り付いたような、さっぱりした気分になった。


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― 新着の感想 ―
面白かったです。 投稿形式なんですが、同作品の「短編版」「連載版」としては読みにくいと感じました。 他の連載化された作者さんの作品は第一話(もしくは分割して数話)完全コピペした上で 前書きに「第一話…
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