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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
3章 修行編
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3-8 拾われた命、分かち合う場所

二人の姿が見えなくなると、カマイはぽつりと俺に話しかけてきた。


「レイル、優しいな」


「急にどうしたんだよ。変なもんでも拾ったか?」


 あまりにも唐突で、反射的にそう返してしまった。

 男に「優しい」なんて言われたことがなかったから、正直少し気持ち悪かった。


「ははは。まぁそうだな。変なもんは拾ったよ」


 カマイは笑いながら、ムカデの体をカタカタと鳴らす。


「俺たちはな、レイルっていうやつを拾ったんだ」


 ――俺が、拾われた?


 確かにアスヘルに連れられて無理やりエルド村に来た。

 だが、じゃあなぜ今もここにいるのか。


 考えれば考えるほど、答えが見えなくなる。


 黙り込んだ俺を見て、カマイは続けた。


「レイルには実感がないかもしれないがな。お前を救ったのはアスヘルとノア、そしてエルド村のみんなだ」


「サラを村に入れたくない気持ちは分かる。村を守ろうとしてるからだ」


 カマイは一歩近づき、まっすぐ俺の目を見る。


「けどな。俺たちはレイルって男も受け入れた。仲間だと思ってる」


「サラも……お前みたいに、仲間になれるって思わないか?」


 胸の奥が少しだけ重くなる。


 俺はすぐに答えられず、言葉を探すように口を開いた。


「村のみんなが大切だ……」


「俺一人じゃ、サラを入れていいか分からない……」


 必死に絞り出した言葉だった。


 カマイはそれを聞くと、ゆっくりと立ち上がる。


「お前が欲しいのはな、みんなの意見じゃねぇ」


「背中を押してくれる言葉だろ」


 そう言って、少しだけ口元を緩める。


「じゃあ俺が言ってやる」


「サラは村のみんなで守る。――そして、サラにも村を守ってもらおう」


  俺はその言葉に、ただ頷くことしかできなかった。

 自分が受け取った幸せを、他人には渡さないなんて――それは違う。理由はうまく言葉にできないが、本能的にそう思ってしまった。


 俺は立ち上がり、カマイと並んで村へと戻った。


 エルド村のカマイの店に近づくと、扉を開ける前から中の騒がしさが伝わってくる。


「サラはいける口だな!レイルなんてこれくらいしか飲めないからな!」


「任せといてよー!この分野は本当に得意なんだから!」


 モノとサラの大声が、店の外にまで響いていた。


 俺とカマイは一度顔を見合わせ、それから扉を開ける。


 そこには――まだ昼だというのに、すでに出来上がった大人たちの姿があった。


 床には大の字で転がるクロール。

 店の椅子には、ぽつんと座りながら頬を赤く染めているノア。


 明るい時間帯とは思えない光景だった。


「モノ。お前、また開店前に飲んでるのか」


「おう!当たり前よ!」


 モノはそう言って、誇らしげにジョッキを掲げる。

 カマイは深くため息をつきながら、その様子を見ていた。


「レイル、ちょっとこっち来なさい!」


 今度はノアの声が飛んでくる。

 呼び出されたと言っても、距離はほんの数歩。店内のテーブル席だ。


「どうしたんだ急に」


「サラのこと、虐めたらダメだからね」


 ノアはそう言い切ると、ジョッキを掴み――勢いよく中身をあおった。


 ごく、ごく、と喉を鳴らす音がやけに店内に響く。


 ……え。

 ノア、こんなに酒飲めたのか?


 一瞬で空になったジョッキを机に置くと、ノアはふうっと小さく息を吐いた。その姿がやけに気持ちよさそうで、それに引き寄せられるようにモノとサラが集まってくる。


「ノア!おかわりあげるー!」


 サラは楽しそうに言いながら、ノアのジョッキにたっぷりと酒を注ぎ始めた。


 ――嫌な予感が、背中を伝ってきた。


「ちょっと修行あるから、俺はここで帰るよ。みんな楽しんで」


 できるだけ自然を装い、早口でそう言いながら立ち上がろうとした――その瞬間。


 がしっ。


 襟元が強く引かれる。


「レイル、逃げるなよ。ノアちゃんが悲しむだろ」


 振り向くと、モノがニヤニヤしながら俺の服を掴んでいた。


「そーだそーだ」


 なぜかサラまで便乗してくる。


 完全に包囲網だ。


 俺は小さくため息をつき、抵抗を諦めて席に戻る。


「いつも修行、修行って……心配して待ってる身にもなってよ」


 ノアは少し頬を膨らませ、拗ねたように言った。

 俺は何も返せず、ただ黙ってその言葉を受け止めるしかなかった。


「レイルがなかなか立ち直ってくれないからさ。お墓参り、モノさんやアスヘルさんと一緒に行ってたんだよ。ほんと、困った子だよ」


 そう言ってノアはまたジョッキを傾ける。


 ……それよりも俺の胸に引っかかったのは、酒を飲む姿じゃない。


 モノやアスヘルと、一緒に墓参りをしていた――という事実だった。


 あいつらは、アスカたちと直接の関係はないはずなのに。

 どうして、そこまでしてくれたんだ。


 考え込んでいると、いつの間にかノアが俺の目の前に立っていた。


 青くて綺麗な髪の奥に、酒で赤くなった顔が隠れている。

 距離が近すぎて、思わず息を止める。


「ねぇ……髪、どけて」


 言われるまま、俺はそっとノアの髪を顔から退かした。


 視線が合う。


 その瞬間、ノアはぱっと花が咲いたみたいに笑った。


「でもさ、レイルが元気になってくれてよかった」


 酔っているのに、言葉だけは妙にまっすぐだった。


「これからも……元気でいてね」


 俺は目を逸らさず、その笑顔を見つめる。


 迷惑をかけ続けた自分なりの、せめてもの罪滅ぼしのつもりで。


 ノアの笑顔は、綺麗で、優しくて――

 眩しくて、少しだけ胸が痛くなるほどだった。


「よかったじゃん!」


 サラはそう言って、俺の顔をじっと覗き込む。


「ノアみたいな可愛い子に、あんなに好かれてるなんて羨ましいよ」


 そう言うと、サラはノアのもとへ歩いていき、俺との距離に割り込むようにノアの腕を引いた。


「ノアー、こっち来て。私とも話そ」


「いいよー」


 二人は楽しそうに笑い合う。


 その光景をぼんやり眺めていると、横からモノが声をかけてきた。


「ちょっと外、行かないか」


 顔は真っ赤で、酒臭い。それでも目はやけに真剣だった。


「……いいけど」


 俺はそう答え、モノと一緒に店の外へ出た。


 夜風に当たると、少しだけ頭が冷える。


 モノは店の入口の前に腰を下ろし、扉にもたれかかる。


「レイル。サラのこと、どう思った」


 唐突な問いに、俺は少し考えてから答えた。


「どうって……異常なくらい明るくて、社交的だなって」


 モノはどこから取り出したのか分からないカエルの丸焼きを頬張りながら、ゆっくり言う。


「ああ。俺から見ても同じだ。悪い気配もねぇし、変なことを企むような奴にも見えねぇ」


「……何が言いたいんだよ」


 俺はモノの隣に腰を下ろす。


 その様子を見て、モノは小さく笑った。


「別に、何も言いてぇことはねぇよ」


 少し間を置いて、酒臭い息を吐きながら付け足す。


「強いて言うなら……今日の酒は、やけに美味いってだけだ」


 ――たぶん、それが答えだった。


 この宴会も、ノアとサラのやり取りも、全部。


 サラが危険な存在じゃないことを「頭で」じゃなく、「目で」確かめさせるための場だった。


 俺自身が、ちゃんと見て、感じて、判断できているか。

 モノはそれを確かめたかったんだと思う。


 それでも、まだ心の奥に残る最後の引っかかり。


 俺は小さく息を吸って言った。


「なぁモノ……今日は一杯、付き合ってくれないか」


「お、レイルからの誘いなんて珍しいな!」


 モノは嬉しそうに立ち上がり、勢いよく扉に手をかける。


「よし!行くぞ!」


 そう言って、先に店内へ戻っていった。


 俺はその白くて大きな背中を見つめながら、少し遅れて中へ入る。


 その夜、エルド村の小さな店には、笑い声と話し声が――

 夜遅くまで、途切れることなく響いていた。

 

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