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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
3章 修行編
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3-7  偽りの平穏、歩み寄る魔族

「ここまで聞いたら、私への誤解も解けたでしょ」


 魔族の女はそう言うと、俺を無視するようにくるりと背を向けた。


「じゃあ、下にいる子にも挨拶してくるねー」


 次の瞬間。


 女はためらいもなく、崖から身を投げた。


「――っ!」


 止める暇もなかった。


 数秒後。


 ――ドスン。


 地面を打つ鈍い音が、下から響いてくる。


 俺は歯を食いしばり、足に力を込めた。


 (ノアから、引き離さないと)


 そう思った瞬間、体が動いていた。


 崖を蹴り、真下へ飛び降りる。


 狙うのは、ノアと魔族の女の“間”。


 ――ズドォン!


 土煙を上げて着地する。


 位置は、完璧だった。


「レイル? どうしたの?」


 振り向いたノアは、まるで状況を理解していない顔をしていた。


 目の前に、黒い羽と尻尾を持つ魔族がいるというのに。


 俺は焦りながら、ノアの前に腕を広げる。


「こいつは魔族で、危なくて――」


「え?」


 だが、ノアは俺の言葉を遮るように、首を傾げた。


「でも、この方……レイルに何かしたの?」


 そう言って、にこりと微笑む。


「すごく元気で、優しいオーラを感じるよ?」


 ……何を言ってるんだ。


 ノアは俺をすり抜けるように、魔族の女へ近づいていく。


 その瞬間。


 魔族の女は、ノアではなく――俺を見ていた。


 さっきまでの軽い表情は消え、わずかに震えている。


「……あなた、アスヘルじゃないの?」


 空気が、一気に張りつめる。


 ノアは状況が飲み込めず、きょとんと首を傾げている。


 俺は一歩前に出て、ノアを背中に庇った。


「俺はレイルだ」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「……アスヘルとは、知り合いだ」


 魔族の女は、黙って俺の顔を見つめていた。


 やがて、小さく息を吐く。


 そして、深くうなずいた。


「なるほどねぇ。アスヘルの知り合い、か」


 女はゆっくりと近づき、俺の前に手を差し出す。


「私の名前はサラ」


 にやりと笑う。


「まあまあ良いところの家系の悪魔族よ。――しっかり守ってね」


「え、ちょっ――」


 拒否する間もなく、サラは俺の手を掴み、強引に握手した。


 温度のある、はっきりとした感触。


 ……現実だ。


 俺は状況が理解できず、言葉を失っていた。


 後ろのノアも、何も言えずに立ち尽くしている。


 そんな中、サラだけが満足そうに笑う。


「助かったよ、ほんと」


 まるで、最初から全部決まっていたみたいに。


 結局、サラの頼みを断れなかった俺たちは、しばらくの間だけ彼女を守ることになった。


ただし、エルド村に入れることだけは俺が強く反対した。


その代わり、ノアが修行場まで食料や日用品を運ぶという形で、なんとか折り合いをつけた。


 ――面倒なことになった。


そう思いながら、俺は崖にもたれかかって空を見上げていた。


「ねぇレイル。アスヘルについて教えてよ」


 サラは相変わらず距離感がおかしい。


 ノアがいる時はノアに絡み、ノアがいなくなると今度は俺の方に張り付いてくる。


「知らないって言っただろ。ほとんど何も知らない」


 俺は気のない返事を返す。


 サラはつまらなさそうに頬を膨らませた。


 ――そもそも、なぜ俺たちがこんなことになったのか。


 さっき、サラは理由を話していた。


 ――――


「いやー、これ言うのちょっと恥ずかしいんだけどさ」


 そう前置きしてから、サラは肩をすくめた。


「私の家、燃えちゃってね」


 あまりにも軽い口調に、俺は一瞬、耳を疑った。


「そこそこいい身分だったせいでさ。警備が薄い時を狙われて、命まで狙われてるってわけ」


 まるで他人事のように笑う。


「それで、人間の中で味方になってくれそうな人を探してたの」


 サラは俺の方をちらりと見る。


「私、人の“脈気の質”っていうか……強さが分かるんだよね」


「で、アスヘルって魔族で噂の強い人間の脈気を見るついでに守って貰おうってわけ!」


 ――――


 ……という話だった。


 正直、本当なのか嘘なのかは分からない。


 サラの話し方は軽すぎて、深刻さがまるで伝わってこない。


 だが。


 あの時の、アスヘルの名を出した瞬間の震え。


 あれだけは、演技には見えなかった。


 俺は小さく息を吐いた。


「……面倒なことに巻き込まれたな」


 するとサラは、いつもの調子で笑った。


「でもさ。退屈しないでしょ?」


 俺は答えなかった。


 ただ、嫌な予感だけが、胸の奥で静かに膨らんでいた。


 サラが来てから、数日が経った。


 俺は毎日、サラの取り留めのない話に付き合っているだけで、彼女を襲いに来る人物など一人も現れなかった。


 拍子抜けするほど、何も起きない。


 いつものように、サラの言葉を適当に聞き流していると、草を踏む音と共にノアとカマイが姿を見せた。


「レイル、ほらカエルだ」


 カマイはそう言って、俺に向かってカエルを放る。


 反射的にカエルを受け取る。

丸焼きにされているカエルからは香ばしい匂いが漂っており美味しそうだ。


「じゃーん。今日はカマイさんも連れてきました」


 ノアはそう言って、俺とサラの方を見る。


 その瞬間、なぜか胸の奥がざわついた。


 いつもと何かが違う。


 理由は分からないが、嫌な予感だけが先に来た。


「……魔族が、なんでいるの?」


 サラがぽつりと呟く。


 いつもの軽い調子ではなかった。


 低く、静かで、感情を抑えたような声。


「魔族なんて、ここにいるか?」


 俺は小声でサラの耳元に言う。


 するとサラは、まるでスイッチを切り替えたように、いつもの調子に戻った。


「なーに言ってんの。魔族はわたしでしょ?」


 そう言って、ノアから差し出された食事を受け取る。


「ありがとー」


 いつもなら、食事を渡したらすぐに帰るノアが、今日はその場を離れなかった。


 少し視線を泳がせ、何かを言い出しかねている様子。


 ――やっぱり、今日は何かある。


 俺は、そう確信していた。


「ノアちゃん、レイルに言いたいことがあるんだろう」


 カマイが口を開いた。


 促されるように、ノアは一度小さく息を吸い、ゆっくりと話し始める。


「レイル……あのね。サラだけど、村に入れてあげてもいいんじゃないかな」


 言葉を選ぶように、ノアは一拍置いて続けた。


「レイルは村が危険になるからって反対したけど、サラと会ってから四日。モノさんやカマイさんと毎日見回りしてるけど……他の魔族なんて一人もいないよ」


 俺は念のため、カマイに視線を向ける。


「本当なのか?」


「ああ。足跡も気配もなしだ。正直、毎日ヘトヘトだ」


 カマイは大きなため息をつく。


 ノアはその言葉を聞いて、少しだけ視線を落とし、申し訳なさそうにしてから俺を見る。


「みんなの負担も大きいし……そろそろ村に戻ろうよ。住む場所なら、カマイさんが貸してくれるって」


 そして、柔らかく微笑みながらサラの方を見る。


「サラも、その方がいいよね?」


 サラは一瞬だけ間を置いてから、いつもより少しだけ高い声で答えた。


「当たり前じゃん!もうこんな場所での生活、疲れたよー」


「じゃあ、決まりだな」


 カマイはそう言って近づいてきて、俺の隣に腰を下ろす。


「ノアちゃん。その子に村を案内してやってくれ。俺はレイルの“お世話”をしてから帰る」


「お世話ってなんだよ……」


 俺は小さく不満を漏らす。


 それを聞いて、ノアは少し困ったように笑った。


「じゃあね、レイル。サラ、行こっか」


「ノアが案内してくれるの?やっぱり私、ノアのこと大好き」


 サラはそう言って、自然な動作でノアの腕に絡みつく。


 二人は並んで、村の方へ歩いていった。


 その背中を、俺は黙って見送る。


 気づけば、そこに残っているのは俺とカマイ、男二人だけだった。

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