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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
3章 修行編
36/42

3-3 理不尽な修行の果て、掴みかけた光

オークは俺を捉えた瞬間、躊躇なく棍棒を振り下ろしてきた。


 ――遅い。


 俺は身体を捻ってそれをかわす。

 風を切る棍棒が背後を通り過ぎるのを感じながら、地面を蹴った。


 跳ぶ。

 回転する。

 狙うのは――首。


 脈気を込めた木刀を、全力で振り抜く。


 ――バーン。


 確かな手応え。

 だが――


 首は、落ちない。


 トカゲの魔物のように弾け飛ぶこともなく、オークは何事もなかったかのように立っていた。


「……っ」


 次の瞬間、オークは迷いなく棍棒を振り返す。

 殺意そのものの一撃。


 俺は慌てて距離を取る。


(木刀じゃ……切れない)


 直感的に理解した俺は、アスヘルの方を振り返り叫んだ。


「アスヘル! 木刀じゃ無理だ! 普通の剣をくれ! これじゃ――」


 だが、返ってきたのは冷え切った声だった。


「ダメだ。木刀で切れ」


(それができないから言ってるんだろ……!)


 歯を食いしばり、俺は再び踏み込む。

 もう一度、首だ。


 跳躍。

 振り下ろす――その瞬間。


 オークの棍棒が、ありえない速度で迫ってきた。


「――っ!」


 反射的に、俺は木刀を突き出す。


 ――ガーン。


 衝撃が腕を突き抜ける。

 次の瞬間、オークの手から棍棒が弾き飛ばされた。


 棍棒は宙を回転しながら――アスヘルの方へ飛んでいく。


「あぶない!」


 思わず叫ぶ。


 だが、アスヘルは動かない。

 避ける素振りすら見せない。


 ――コッ。


 乾いた音。


 ――ズドン。


 重い衝撃が、地面を揺らした。


  アスヘルの方へ飛んでいった棍棒は――

 次の瞬間、弾かれるように方向を変え、地面へと落ちた。


「……大丈夫か」


 俺は思わず声を上げ、アスヘルの元へ駆け寄る。


 だが、アスヘルは腕を組んだまま、微動だにしていなかった。

 避けた様子も、受け止めた様子もない。


「これも脈気だ」


 淡々と、それだけ言う。


(……なんだよ、コイツ)


「無事なら……いいんだ」


 それだけ言い残し、俺は再びオークへ向き直る。


 考えている暇はない。

 やるしかない。


 木刀に脈気を込める。

 さっきよりも、強く。

 身体を深く捻り、回転を大きく――威力を上げる。


「うおおおおおぉぉぉ……!」


 ――バッチーン。


 鈍く、嫌な音。


 同時に、手に激しい衝撃が走った。


 首ではない。

 脇腹――急所を狙ったはずだった。


 だが、結果は同じだ。

 いや、むしろ悪い。


 衝撃が、そのまま腕に残っている。


「なんで……こんなに硬ぇんだよ!」


 叫びながら、オークの反撃をかわす。


 振り下ろされた拳が地面を抉る。

 さっきまで一面に広がっていた緑の草原が、拳の跡だけ土色に変わっていた。


 ――一発でも、まともに食らったら終わりだ。


 オークの動きに一瞬の隙が生まれる。


 今だ。


 俺は踏み込み、狙いを変える。

 首が無理なら――指だ。


 ――バシン。


 直線的すぎた。


 次の瞬間、視界が横に吹き飛ぶ。


 オークの拳が、俺を捉えていた。


 ――ダダダダダダ。


 草原の上を、身体が転がる。

 地面と何度もぶつかり、息が詰まる。


「くそっ……!」


 俺は転がった勢いのまま身体を起こし、素早く状況を確認する。


 服は土にまみれ、ところどころが裂けて肌が覗いている。

 だが――


 傷が、ない。


 擦り傷ひとつない。

 さっき、確実に吹き飛ばされたはずなのに。


「……なんでだ」


 考えかけた、その瞬間。


 空気が、歪んだ。


 嫌な風の流れ。

 本能が、危険を告げる。


 反射的に横を見ると――

 オークの拳が、すでに目の前まで迫っていた。


 ――ザザザザッ。


 拳が、俺の顔をかすめる。


 だが、飛ばされない。


 地面を滑るように後退しただけで、身体は崩れなかった。

 顔にも、衝撃にも、痛みがない。


「……そうか」


 自然と、言葉が漏れる。


 俺は木刀を構え直し、迷いなく踏み込んだ。

 狙いは、首じゃない。


 ――腕。


 ――ズブッ。


 確かな手応え。


「うおああああああっ!」


 オークが、情けない悲鳴を上げる。

 木刀は、しっかりとオークの腕に刺さっていた。


 ――切れた。


 俺はすぐに木刀を引き抜き、距離を取る。

 そのまま、アスヘルの方を振り返った。


「おい、アスヘル!」

「どうやったら、脈気は制御できるんだ!」


 叫ぶ俺を見て、アスヘルは鼻で笑う。


「やっと、気づいたか」


 その声には、どこか愉快そうな響きがあった。


「制御なんてしなくていい」

「お前の脈気量なら、オーク程度――斬れる」


 アスヘルはそう言うと、腕をほどき、オークを指差す。


「一撃で、決めてこい」


 結局、制御のやり方は教えてくれなかった。


 だが――


 どうすれば斬れるか。

 それだけは、はっきり分かった。


 俺は地面を強く蹴り、土を跳ね上げながらオークへと迫る。


 俺は地面を蹴り、真っ直ぐ空へ跳んだ。

 視界が一気に持ち上がり、オークの首元が目の前に迫る。


 木刀に込める脈気。

 今までのように、なんとなく纏う感覚じゃない。


 ――薄く。


 ぶつけるんじゃない。

 斬る。


 ただ、それだけを強く思い描く。


「斬れてくれよ……!」


 叫びと同時に、木刀を振り抜いた。


 ――ズッ。


 鈍く、しかし確かな手応え。


 オークの首は、確かに斬れていた。

 だが――


 完全ではない。


 木刀は、首の半ばで止まりきっている。


 ――ズドーン。


 巨体が、そのまま前のめりに倒れ、地面を揺らした。


 ……終わった。


「……斬れなかった」


 思わず、呟きが漏れる。

 胸の奥に、達成感よりも悔しさが残っていた。


 その時。


「派手に、脈気を使っていたな」


 背後から、アスヘルの声がした。


 振り返ると、いつの間にかすぐ横に立っている。


「派手に使うって……どういうことだよ」


 俺の問いに、アスヘルは視線をオークの死体へ向けたまま答える。


「言葉通りだ」

「無駄な脈気を使っている」


 淡々と、だが容赦なく。


「だから継戦能力が低い」

「ぶつけるだけになるせいで、威力も落ちる」


 その言葉が、胸に刺さった。


 俺は何も言わず、ただアスヘルの言葉を聞いていた。

 反論も、言い訳もしなかった。


 ――こいつの言うことを理解して、実践できるようになれば。

 それだけで、みんなを守れるようになる。


 根拠なんてない。

 それでも、なぜか確信だけはあった。


「ただ……」


 アスヘルは一拍置いて、続ける。


「筋はいい」


 短い言葉だったが、妙に重かった。


「脈気のコントロールは下手だが」

「発想と使い方には、光るところがある」


 それだけ言うと、アスヘルはオークの死体の前で一瞬だけ足を止めた。


 そのまま、森の方へと歩き出す。


「今日の修行は、ここまでだ」


 振り返ることもなく、背中越しに告げられる。


 その態度に、少しだけ腹は立った。

 相変わらず、愛想の欠片もない。


 それでも――

 不思議と、怒りは湧いてこなかった。


 むしろ俺は、心の奥深くで気づいていた。


 ――俺はもう、アスヘルを認め始めている。


 悔しさも、苛立ちもある。

 だがそれ以上に、こいつに教わりたいと思っている自分がいた。


 俺は何も言わず、

 その背中を、静かに見送った。


  ――


 エルド村にある、ノアが待つ小屋へ戻った頃には、すでに辺りは暗く沈んでいた。

 昼間の草原とは打って変わり、冷たい夜風が肌を撫でる。


「ただいま」


「遅かったねー」


 キッチンの方から、いつものノアの声が返ってくる。

 その声音だけで、張り詰めていたものが少し緩んだ。


 俺はそのまま自分のベッドに腰を下ろし、静かに目を閉じる。

 意識を内側に向け、脈気の感覚を確かめた。


 ――ちゃんと、感じられるようにならないと。


 “なんとなく”分かるだけじゃダメだ。

 脈気を纏った魔物は、そんな曖昧さじゃ斬れない。


 集中し、呼吸を整え、脈気を探る。

 ……と、その時。


「レイル! 早く食べないと冷める!」


 横から飛んできた、遠慮のない大声。


 目を開けると、テーブルの上にはいつものパンとスープ。

 それに――


 カエルの丸焼き。


 しかも、二匹分。


「今日、アスヘルさんと修行したんでしょ?」

「アスヘルさん、言ってたよ。筋はいいって」


 ……それは、褒めてるのか?


 一瞬そんな疑問が頭をよぎったが、

 俺の意識はすでに、丸焼きのカエルに完全に奪われていた。


「カエル、二匹あるけど……両方食べていい?」


 そう聞くと、ノアは少しだけ笑ってから、元気よく頷く。


「いいよ」


 温かい食事。

 変わらない味。

 当たり前のように用意された席。


 それだけで、胸の奥がじんわりと癒されていく。


 厳しい修行の合間にある、ほんの短い休息。

 この時間が、今の俺にはたまらなく幸せだった。

 

Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています


→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ

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