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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
3章 修行編
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3-1 自然の導きと、地を穿つ脈気

 俺はアスヘルを、真っ直ぐに見た。


「……分かった」


 短く、腹を決めた声だった。


 アスヘルはそれだけ返すと、椅子から立ち上がり、机を離れる。

 迷いのない動きでドアへ向かい、ノブに手をかけた。


「アスヘル」


 俺は、少しだけ声を低くした。


「修行は、いつからやるんだ」


 冷たい言い方になった自覚はある。

 正論を言うし、強いのも分かっている。

 それでも――過去を思い出すと、素直にはなれなかった。


「今からだ」


 即答だった。


 アスヘルがドアを開けた、その瞬間。


「アスヘルさん! 食べてからです」


 キッチンの方から、ノアの声が飛んできた。


 振り返ると、ノアが両手いっぱいにパンとスープを抱えて立っている。

 バケットには山盛りのパン。

 スープには、名前も分からない野菜がごろごろ入った、いかにもエルド村らしいものだった。


「女の子にご飯作ってもらっておいて、食べずに修行なんて許しません」


 きっぱりと言い切る。


 アスヘルは一瞬、言葉を失ったように口を開けたまま固まった。


 ――間抜けだ。


 普段の厳格さからは想像もできない表情に、

 俺は思わず小さく笑ってしまった。


「……そうだな」


 アスヘルは軽く咳払いをして、ノアの方へ向き直る。


「じゃあ、食べてからだ」


 そのやり取りを見ながら、俺の中に小さな疑問が浮かぶ。


(俺にだけ、やたら厳しくないか……?)


「はい。レイルも」


 ノアはそう言って、俺にもスープとパンを差し出した。


「さっきカマイさんの店で食べてたけど、あれはお酒の席のご飯でしょ。こっちもちゃんと食べて」


 俺は受け取ると、アスヘルとは一切目を合わせずに口をつける。

 温かい。

 素朴で、腹に落ちる味だった。


 隣では、アスヘルがやけにゆっくりと、噛み締めるように食べている。


 ――遅い。


 その妙に丁寧な食べ方だけは、

 なぜか今でも、はっきりと覚えている。


  ――


 冷たい風が、川面を撫でる。


 俺は村から少し離れた川辺に立っていた。

 子供たちと剣を振っている場所より、ほんの少しだけ森に近い。

 木々の影が濃く、空気が張りつめている。


「これを持て」


 アスヘルが言い、何かが宙を舞った。


 反射的に受け取る。

 ――木刀だ。


「お前は剣を使うんだろ。

 なら、それでやる」


「なんで、それを知ってんだよ」


 思わず声が荒くなる。


 アスヘルは俺を一瞥し、短く言った。


「夜中に、毎日同じ木を叩いていれば分かる」


 それだけ言うと、背を向け――

 その場に、どっかりと座り込んだ。


「……は?」


 思考が追いつかない。


「なにしてんだよ。

 脈気の修行をしろよ。

 遊びに来たわけじゃないんだ」


 苛立ちを隠さず言ったが、

 アスヘルは聞こえなかったかのように口を開く。


「レイル」


 低い声。


「お前の木刀で、俺を全力で攻撃しろ」


 こちらを見もしない。


「どんな攻撃でも構わん」


 ――沈黙。


 胸の奥で、何かが切れた。


 返事はしない。

 考える暇も与えない。


 俺は踏み込み、

 全力で――アスヘルの首を狙った。


 ――バンッ!


 鈍い音。


 確かに当たった。

 首だ。


 だが――


 アスヘルの表情は、微動だにしない。


 痛みを感じていない。


「これが、脈気だ」


 アスヘルはそう言い、

 俺の手から木刀を取り上げた。


 そして、数歩先の木の前に立つ。


「……そして」


 間を置いて、


「これも、脈気だ」


 一閃。


 木刀が振るわれた、次の瞬間。


 ――ズン。


 木は、音もなく二つに分かれた。


 切り口は、あまりにも滑らかで、

 まるで最初からそういう形だったかのように整っている。


「脈気というのは――自然だ」


 アスヘルは川の流れを見るでもなく、淡々と言った。


「自然と調和し、

 それを己の一部分に“集中”させることで、

 初めて武器になる」


 それだけ言って、俺の胸に木刀を押しつける。


「お前はな」

 低い声が続く。


「脈気を、ただ垂れ流しているだけだ」


 ぐさりと刺さる言い方だった。


「コントロールできていない力は、効率が悪い。

 力があるだけのガキの振り回しと同じだ」


 反論しかけて――やめた。

 さっきの一撃が、何よりの証拠だ。


「だから、まずやることは一つ」


 アスヘルは俺を真っ直ぐ見て言う。


「脈気を“感じろ”」


 ――感じろ?


「もう条件は揃っている」

 

 続く言葉に、思考が止まる。


「お前はすでに龍の雫に触れている。

 脈気を体内に取り込める器になっている」


 ――龍の雫?


 そんなもの、

 触った覚えは、ない。


 問いが次々に浮かぶ。

 だが、口から出たのは一つだけだった。


「……どうやって、感じろってんだよ」


 アスヘルは少しだけ口角を上げた。


「自然に聞け」


 そして、信じられないことを言う。


「俺は疲れたから寝る」


「は?」


 次の瞬間、

 アスヘルはその場に――

 本当に、地面に寝転がった。


 腕を組み、目を閉じる。


 完全に、やる気がない。


「……なんだよ、こいつ」


 思わず呟く。


 だが、

 怒鳴っても、揺さぶっても、

 こいつは起きないだろう。


 俺は川辺の石に腰を下ろした。


 木刀を横に置き、

 目を閉じる。


 ――感じろ。

 自然に、聞け。


 意味は分からない。

 やり方も分からない。


 それでも、

 胸の奥に残る、あの奇妙な感覚。


 あの時――

 蜂の魔物を殴った瞬間に溢れた、何か。


 それを、

 もう一度掴もうとして――


 俺は、静かに息を整えた。


 時間だけが、無慈悲に過ぎていく。


 暗かった空はいつの間にか白み始めていたが、

 俺はいまだに――自然と調和する感覚を掴めずにいた。


 思い出せ。


 蜂の魔物と戦った、あの時だ。


 最初の蹴りは、まるで効かなかった。

 だが次の殴りは、確かに――あいつの顔を歪ませた。


 なぜだ。


 必死だったから覚えていない?

 違う。

 必死だった“からこそ”余計なことを考えていなかった。


 あの時、起きたことを順に思い返す。


 熊の魔物が殺され、

 ムウが炎を纏って戦い、

 そして俺は――


 毒を、気合いで治した。


「……は?」


 思わず口に出そうになった。


 冷静に考えればあり得ない。

 気合いで毒が治るわけがない。


 だとしたら、あれは――

 脈気を、無意識に操っていた瞬間だったのではないか。


 守ろうとか、強くなろうとか、

 そんなことすら考えていなかった。


 ただ、

 「生きる」と決めただけ。


 ――自然と調和する、っていうのは。

 ――きっと、こういうことだ。


 俺は深く息を吸い、

 ゆっくりと目を閉じた。


 頭の中で、

 無理やり言い聞かせるのではなく、

 確認するように呟く。


(俺は、自然を感じられる)


 一度だけ。


(感じられるはずだ)


 繰り返さない。

 焦らない。


 すると――


 胸の奥から、

 じんわりとした温かさが広がった。


 熱ではない。

 力でもない。


 流れだ。


 俺は目を閉じたまま、

 その流れを、腕へ、拳へと導く。


 確信があった。


 ――今なら、できる。


 俺は地面に向かって、

 静かに拳を振り下ろした。


 ――ドン。


 鈍い音。


 目を開ける。


 そこには、

 拳の形に抉れた地面があった。


 深さ、二十センチほど。


 俺は、息を止めた。


「……これが」


 脈気。


 初めて、

 “分かった”瞬間だった。


「……やった」


 できるとは、信じていた。

 それでも――

 実際にできてしまうと、胸の奥から勝手に声が零れた。


 思わずアスヘルの方を見る。


 ――寝ている。


 あれだけの音を立てたというのに、

 地面に寝転んだまま、微動だにしない。


(……起きろよ)


 俺は、ふと悪戯心を起こした。


 今なら、もう一度できる。

 さっきよりも、はっきりと。


 アスヘルのそばまで歩み寄り、

 拳に、脈気を集める。


 意識は冴えていた。

 流れも、感じ取れている。


 ――耳元で叩けば、流石に起きるだろ。


 俺は、地面に拳を叩きつけた。


 ――ズドン。


 鈍く、重い衝撃。


 見下ろすと、

 先ほどよりも明らかに深く、地面が沈んでいた。


 四十センチ――

 いや、それ以上かもしれない。


 次の瞬間。


 アスヘルが、ゆっくりと上体を起こした。


 欠伸も、驚きもない。


 ただ俺の顔を一瞥し、

 次に――拳の痕を見る。


 そして何も言わず、立ち上がると、

 手を開いたまま、俺の横に立った。


 ――ドン。


 音は、俺の時より静かだった。


 だが。


 地面は、

 まるで柔らかい土でも殴ったかのように、

 軽々と沈んでいた。


 五十センチ――

 いや、それ以上。


 俺は、言葉を失った。

Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています


→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ

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