2-モノローグ
――ガガガガガガ。
森の奥から、木々が引き裂かれるような音が響いた。
この森に、魔物は本来侵入しない。
龍脈で満ちているからだ。
自我を失った魔物は、龍脈の乏しい土地でしか暴れない。
それが、この世界の常識だった。
(……妙だな)
俺は木の上から地面へ降り、音のした方角へと歩き出す。
ほどなくして、異様な光景が目に入った。
折れ、抉れ、無残に倒された木々。
その中心に横たわるのは――
龍脈車。
王国の兵器だ。
周囲には、血と潰れた肉塊が散乱している。
人の形を保っていないものも多い。
「……レガルドか」
思わず、呟く。
俺は森の出口へ向かって歩き始めた。
進むにつれ、王国兵器の発射音、
断末魔の叫びが、断続的に耳に届く。
だが――急ぐ気にはなれなかった。
王国の人間に、興味はない。
長い距離を歩き、ようやく森を抜ける。
そこにいたのは、血にまみれた男と、
地面に倒れ伏した青髪の女だった。
女は、意識を失っている。
「……どうした」
俺は、血まみれの男に声をかけた。
命に興味はない。
ただ、この場が収束するかどうかを知りたかった。
「……あんた、誰だ」
掠れた声。
「出血で死ぬお前が、それを聞いて意味があるのか」
男は黙った。
――所詮、王国兵士だ。
兵器がなければ何もできない。
疑うことを許されず、命令に従うだけの訓練された犬。
仲間すら道具として扱う、卑劣な国。
「なぁ……」
男が、再び口を開く。
「あんたに頼むのも、酷だとは思うが……」
俺は半分聞き流しながら、遠くを見ていた。
そこには――巨人。
一人の兵士が、必死に立ち向かっている。
だが、あれは戦いじゃない。
死にに行っているだけだ。
「あいつを……救ってくれないか」
「残念だが、俺に助ける義理はない」
即答だった。
だが男は、俺の足に縋りつき、なおも言葉を絞り出す。
「あいつは……俺たちの未来なんだ……」
血に染まった指が、必死に服を掴む。
「俺は……あいつを生かしたい」
その目には、涙が浮かんでいた。
切実で、必死で――
そして、妙なほどに美しかった。
「お前はここで死ぬ」
俺は静かに告げる。
「それでも、いいのか」
「ああ」
迷いのない返事だった。
――その瞬間。
俺は柄にもなく、地面を強く蹴っていた。
視界が流れ、風を裂き、
巨人のいる方へ、一気に距離を詰める。
――ズドン。
巨人の目前に着地する。
次の瞬間、
刃は一閃し、巨人の首は宙を舞った。
「……柄にもないことをしたな」
俺はそう呟き、血の飛沫を振り払った。
目の前には、二人の男が倒れていた。
赤髪の男と、銀髪の男。
赤髪の方は、胸に大きな穴が空いている。
致命傷だが――まだ、完全には冷えていない。
俺は二人を抱え上げ、血まみれの男の元へ戻った。
腕に伝わる重みが、やけに現実的だった。
「……こいつらでいいのか」
地面にそっと下ろし、顔が見えるようにする。
血まみれの男は、もう言葉を発するのも限界だった。
「ああ……ありがとう……」
それだけ言って、ゆっくりと目を閉じかける。
――その瞬間。
俺は、柄にもなく口を開いていた。
「お前の名前は」
男は一瞬だけ目を開け、
「……リック」
そう答えて、今度こそ静かに目を閉じた。
笑っているようにも見えた。
――こいつの人生を賭けて守りたかった命。
それが、この銀髪の男なのだろう。
「ああ……」
思わず、独り言が漏れる。
「断っておけばよかったな。
回復するまで、俺に面倒見させる気だったのか」
俺はリックの横に座り込み、赤髪の男の顔を見る。
こいつも――笑って死んでいる。
リックと同じだ。
二人とも、自分の命を差し出して、銀髪に託した。
王国兵士の中にも、
情と覚悟を持った“いい兵士”はいるらしい。
だからこそ――
命を賭けてまで守られた、この銀髪の行く末が、少しだけ気になった。
「……誰」
横から、か細い声。
見ると、青髪の女が目を覚ましていた。
――生きていたのか。
「お前は、こいつらの知り合いか」
俺は順に顔を示す。
銀髪、赤髪、リック。
女は声にならない悲鳴を上げた。
音は出ていない。
だが、表情だけで十分だった。
「悲しいか。悔しいか」
俺は淡々と尋ねる。
「どんな気持ちなんだ」
「……初めて感じた」
女は震える声で答えた。
「みんなが……死んでいくのが、悲しい……」
そう言って、泣き出す。
俺は今までにも、
王国兵士が全滅する場面を何度も見てきた。
だが――今回は違う。
生き残った者に、
生存の喜びが一切ない。
ただ、静かな喪失だけが残る。
――珍しい全滅だった。
――――
月明かりが、レイルの眠るベッドを静かに照らしている。
「ノアちゃん。少し休んだらどうだ」
アスヘルさんが、低い声でそう言った。
けれど、私は首を横に振る。
「ごめんなさい。彼が起きるまで、ここにいたいの」
アスヘルさんに助けられた時、
太陽はまだ、ぎりぎり森の向こうに顔を覗かせていた。
それが――
エルド村に着く頃には、すっかり姿を消していた。
「……そうか」
それだけ呟いて、
アスヘルさんは小屋のドアを開け、外へ出ていった。
私は、ここへ連れてきてもらってからずっと、
椅子に座ったまま、レイルが目を覚ますのを待っている。
――私は、最初から分かっていた。
ノイン隊長も。
トムさんも。
リックさんも。
アスカも。
みんな、死ぬことを。
オーラで見えていた。
私は、なんとなくだけど、人のオーラの“太さ”が分かる。
それが細く、途切れかけているとき――
その人は、もう長くない。
だから分かっていた。
この班は、すぐに全滅する。
私自身も、
この班と一緒に消えてなくなる命だと思っていた。
――けれど。
私は、生きている。
唯一、
死のオーラが見えなかった人と一緒に。
レイル。
私には、理解できない人たちだった。
自分の命を投げ捨ててでも、
誰かを守ろうとする、その心が。
レガルドの槍として訓練されてきた私は、
王国の嫌な人たちを、たくさん見てきた。
私たちの能力を、
都合よく使おうとする人たち。
命も心も、道具のように扱う人たち。
――王国の人間は、みんなそうだと思っていた。
なのに。
初めて、
こんな私を守ってくれる人たちに出会ってしまった。
仲間として、受け入れてくれる人たちに。
リックさんも。
アスカも。
二人とも、最後は――笑っていた。
きっと、
あの人たちはレイルに何かを見出していた。
私には、まだ分からない“何か”を。
月明かりの中で眠る彼を見つめながら、
私は、静かにそう思った。
――
「カレン、少しいいか」
レガルド城内を巡回していた私に、
ラセル長官が低い声で話しかけてきた。
「なんですか、長官。私、勤務中ですが」
思わず、少し強い口調になる。
「上長には許可を取っている。こちらへ来てくれ」
それだけ言って、
ラセル長官は城内の小さな部屋へと私を案内した。
扉が閉まる。
「……なんですか、長官。そんな顔をして」
ラセル長官は、しばらく下を向いたまま黙っていた。
深く息を吸い込み、
そして――少しだけ早口で言う。
「落ち着いて聞いてくれ」
嫌な予感が、胸を締めつける。
「アスカと、レイルが戦死した」
一瞬、
何を言われたのか分からなかった。
音が遠のく。
――戦死?
――アスカと、レイルが?
ついこの間まで一緒にいた。
笑って、話していた。
「……長官、すみません」
声が、うまく出ない。
「もう一度――」
「ああ。アスカとレイルは、死んだ」
次の瞬間、
私はラセル長官の胸ぐらを掴んでいた。
けれど。
長官の顔を見た途端、
手から力が抜ける。
――泣くのを必死に堪えた、
大人の顔だった。
「……そうですか」
胸の奥が、ぐちゃぐちゃに崩れていくのを感じながら、
無理やり言葉を絞り出す。
「すまない」
ラセル長官は、視線を落としたまま続けた。
「勤務中に、こんな私情を持ち出して……」
一拍置いて、
「だが、お前たちミレア班には伝えねばならないと思った」
小さく、頭を下げる。
「本当に、すまない」
それだけ言い残し、
ラセル長官は部屋を出ていった。
扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
私は、その場に立ち尽くしたまま、
ただ唇を強く噛みしめていた。
Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています
→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ




