2-13 穏やかな宴と、月明かりの師
――カマイの店。
「ほんじゃあレイル! 飲み直すか!」
モノはそう言うなり、隣に座っていた俺の肩を強引に引き寄せた。
そして、空だった俺のジョッキに酒をなみなみと注ぐ。
「まぁ飲めよ。うまいから」
俺は恐る恐る、一口だけ口をつけた。
――苦い。
喉の奥が、じりっと焼けるように熱くなる。
(なんだこれ……)
正直、飲み物とは思えなかった。
顔に出ないようにしたつもりだったが、隣でモノは気持ちよさそうに一気飲みしている。
「やっぱ一仕事終わった後は酒に限るな」
「親父、今日なにもしてないけどな」
ガウがすかさず突っ込む。
「兄ちゃん、ほんとにカッコよかったんだよー!」
ムウは身振り手振りを交えながら、昨日の出来事を必死に語っていた。
ロロは腕を組み、呆れたように聞いている。
ノアはというと――どこか落ち着かず、でも嬉しそうで、胸の奥がそわそわしているような表情だった。
「……モノも、やっぱり脈気が使えるのか?」
俺は減らないジョッキを眺めながら聞いた。
モノは自分の酒を注ぎ足し、ゆっくり一口飲んでから答える。
「脈気はな、みんな使える」
ジョッキを置き、俺を見る。
「レイル、お前も使ってたじゃねぇか」
「俺は……使ってた感覚、ないけどな」
そう言うと、モノは一瞬きょとんとした顔をして――
「そんなに溢れ出てて、自覚ねぇのか?」
次の瞬間、腹の底から笑い出した。
「ガハハ! まぁいいか。
それだけはっきり出せてりゃ問題ねぇ」
そう言って、俺のジョッキにさらに酒を注ぐ。
「……まだ、全然減ってないんだけど」
「若い奴は遠慮せず飲め!」
半ば押し付けられそうになった、その時。
「兄ちゃん! ごめんなさい!」
ムウが勢いよく飛び込んできた。
来たと思ったら、即座に頭を下げる。
「……なんで謝ってんだ?」
俺はモノのジョッキを手で押し返しながら、首をかしげた。
「兄ちゃん達に、心配させちゃった」
ムウは逃げずに、はっきりとそう言った。
「姉ちゃんにね、みんなが心配するから、勝手に危ないところに行ったらダメって言われたの。
だから……兄ちゃんに謝らないといけないって思った」
言い切ったあと、ムウの肩が少し落ちる。
しょんぼりとしたその表情は、昨夜魔物に立ち向かっていた姿とはまるで別人だった。
俺は椅子から立ち上がり、ムウの前にしゃがむ。
「そうだな」
視線を合わせ、ゆっくりと言う。
「これからは、心配させないように気をつけような」
そう言って、頭のあたりを軽く撫でる。
ムウは少し驚いたように目を瞬かせ、それから小さく頷いた。
――その時。
ギィ、と鈍い音を立てて、店のドアが開いた。
「おい、お前ら。まだ開店してねーぞ」
カマイの声と同時に、外の光が店内へ流れ込む。
朝の太陽の光が、木の床とテーブルを白く照らした。
「まぁいいじゃねぇか。それよりカエル頼むわ」
モノが何でもないことのように、雑に注文を投げる。
「えっ、開いてなかったんですか!? す、すいません!」
ノアが勢いよく立ち上がり、深く頭を下げた。
あまりにも真剣な謝り方に、
カマイは一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせる。
「……いや、そこまで謝られると逆に困るんだが」
店の中に、少しだけ気の抜けた空気が流れた。
俺たちは、平和な飲み会を過ごした。
モノはすっかり出来上がり、普段の白い顔が嘘みたいに顔を赤くしている。
俺はその横で、倒れないようにさりげなく付き添った。
ノアはというと、酒には近づかず、子供たちの世話に回っていた。
ムウとロロの間に自然と立ち、笑いながら話を聞いている。
カマイは黙々と、そして豪快に料理を作り続ける。
テーブルに並ぶ皿はいつの間にか増えていて、どれも温かく、腹にたまった。
――静かで、穏やかな時間だった。
「……じゃあ、帰るか」
モノがふらりと立ち上がる。
白いはずの顔は酒で真っ赤になっていて、思わず笑ってしまいそうになる。
「親父、酔ってる」
ガウがすぐに反応した。
「俺が連れて帰る」
そう言って、モノの肩を支えながら店のドアへ向かう。
ギィ、と扉が開く。
昼間の光はもうなく、
外には月明かりだけが静かに降りていた。
夜風が頬を撫でる。
――騒がしかった店の中とは対照的に、
世界は驚くほど穏やかだった。
俺はその光景を、少しだけ名残惜しく眺めてから、後に続いた。
「じゃあ、カマイ。俺たちも帰るな」
俺がそう言うと、ノアも一歩前に出て頭を下げた。
「ごちそうさまでした。ムウ、ロロ、またね」
「ばいばーい、姉ちゃん」
ムウとロロは並んで立ち、楽しそうに手を振っている。
「おう。また来いよ。うちの店、これからも贔屓にしてくれ」
カマイのぶっきらぼうな声を背に、
俺たちは夜道を歩き、小屋へと戻った。
月明かりだけが頼りの静かな帰り道。
――小屋の前に着いた、その時。
木の影に、人影があった。
暗くて輪郭ははっきりしない。
だが、こちらを射抜くようなその視線だけは、すぐに分かった。
(……アスヘルだ)
「何の用だよ」
思わず、少し強い口調になる。
隣でノアが、俺を睨んだ。
「レイル。アスヘルさんに、そんな言い方しないの」
叱られて口を閉じると、
アスヘルは俺たちを順番に見つめ、低く言った。
「寒い。早く小屋を開けろ」
一拍置いて、淡々と続ける。
「ここは、俺の家だ」
「……は?」
その言葉で、胸に引っかかるものが生まれた。
そういえば――
俺は当たり前のように、この小屋を使っていた。
誰の家なのか、考えたことすらなかった。
「ここがあんたの家なら……今まで、どこで暮らしてたんだよ」
問いかけても、アスヘルは答えない。
ノアが静かにドアを開けると、
アスヘルは何も言わず、その中へ入っていった。
「……レイルも、入って」
ノアに促され、
俺は一度だけ外を振り返ってから、小屋に足を踏み入れた。
「アスヘルさん、温かいスープ作りますね」
ノアはそう言うと、返事を待つことなくキッチンへ向かった。
「……森から出たらしいな」
アスヘルが、ゆっくりと口を開く。
低く、いつもと変わらない声。
「ああ……」
俺は短く答えた。
アスヘルの顔を見ていると、
こいつは俺の内側まで、全部見透かしている気がする。
「よく、生きていたな」
その言葉は、意外だった。
皮肉でもなく、嘲りでもない。
ただ事実を述べるような、淡々とした声。
「あんたのおかげだよ」
俺は視線を逸らさずに言った。
「ムウを助けたくて……少しだけ、強くなれた」
アスヘルは鼻で小さく笑った。
だが、次に放たれた声は低く、はっきりしていた。
「――脈気について、知りたいか」
「ああ……知りたい」
即答だった。
「そうか」
アスヘルはそう言うと、静かに目を閉じた。
何をしているのか分からない。
ただ、今は声をかけてはいけない――
そんな空気だけが伝わってくる。
しばらくして、アスヘルが再び口を開いた。
「レイル。お前は、レガルド出身の割に――」
一瞬、言葉を区切る。
「身体の中を流れる龍脈が、やけに綺麗だ」
俺は息を呑んだ。
「ムウを助けてくれた礼だ」
淡々と、だが重みのある声。
「護身術程度の脈気なら、教えてやる」
言葉を、失った。
この男が、そんな提案をするとは思っていなかった。
「……それがあれば、守れるのか?」
問いかけると、アスヘルは即座には答えなかった。
「それは、誰にも分からん」
そして、続ける。
「だが――ここで学ばなければ、後悔する。それだけは確かだ」
沈黙が落ちた。
火のはぜる音と、
奥から漂ってくるスープの匂いだけが、小屋を満たす。
俺は、決めた。
「教えてくれ」
まっすぐ、アスヘルを見る。
「脈気の使い方を」
Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています
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