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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
2章 エルド村編
31/38

2-12 守られる者から、守る者へ

「ムウ……」


俺は短く呟き、

炎の前に立つムウの身体を、そっと、しかしはっきりと押し退けた。


「……?」


ムウは驚いたように一歩前へよろける。


その隙間から、

重く、低い羽音が迫ってくるのが分かった。


――来る。


俺は拳を握りしめる。

震えはない。

恐怖も、不思議と薄れていた。


火の壁が揺らぎ、

燃え残った羽根を引きずるようにして、蜂の魔物が姿を現す。


その瞬間。


俺は、考える前に踏み込んでいた。


「――っ!」


拳を、

蜂の魔物の“顔”へ叩き込む。


鈍い衝撃が、拳から腕、肩へと突き抜ける。


前に蹴りを入れた時、

こいつは笑っていた。


だが――


今度は違った。


蜂の魔物は呻くような声を上げ、

空中で大きく体勢を崩す。


「兄ちゃん……」


横で、ムウが息を呑む。


「……すごい。溢れ出てる」


何が、とは言わなかった。

俺自身も、よく分からない。


ただ――

体の奥から、何かが湧き上がってくる。


力、というより感覚だ。


魔物は羽根を激しく打ち、

距離を取るように後退する。


俺は一歩、前に出た。


「ムウ」


拳を握りしめたまま、言う。


「一緒に、エルド村へ帰ろう」


答えを待たず、

俺は地面を強く蹴った。


 蜂の魔物は、俺を拒むように空へ逃げた。


巨大な羽音。

魔物の身体が、軽々と五メートルは浮き上がる。


狙いは――俺じゃない。


視線の先に、ムウ。


「……相手は、俺だろ」


そう言った瞬間、

俺の身体は地面を蹴っていた。


跳躍。

空気を裂き、

俺は飛び上がる。


――ドンッ!


魔物の腹部を蹴り抜き、

そのまま地面へ叩きつけた。


衝撃が草原を揺らす。


明らかに異常だった。

人体の限界なんて、とっくに超えている。


でも――

そんなことを考える余裕は、なかった。


魔物は地面を転がると、即座に起き上がる。

羽根を引きずりながら、口を大きく膨らませた。


嫌な予感。


次の瞬間――

口から、液体が弾丸のように放たれる。


俺は反射的に跳ね退いた。


ドジュッ。


液体が地面に触れた瞬間、

草も土も、音を立てて溶け落ちる。


――当たったら、終わりだ。


そう理解した瞬間、

魔物はすでに次の動きに入っていた。


針を突き出し、

距離を一気に詰めてくる。


俺は避けた――はずだった。


だが、

針は途中で軌道を変えた。


「……っ!」


肩に、

冷たく、鋭い感触。


次の瞬間、焼けるような痛みが走る。


だが――

俺の身体は、止まらなかった。


刺さったままの距離で、

俺は拳を振り抜く。


――ゴッ!


魔物の顔面に、渾身の一撃。


衝撃で、

魔物の口から吐き出されかけていた液体が飛び散る。


それは――

魔物自身の羽根に降りかかった。


ジュウウウッ……。


羽根が、音を立てて溶け落ちる。


「――これで終わりだ」


俺は不敵に笑い、

身体を貫いていた針を、力任せに折った。


鈍い音。


魔物は、もう飛べない。

溶け落ちた羽根。

失われた大きな針。


残った片方の羽根を、必死に動かしているだけだった。


一歩、近づく。


魔物は――怯えていた。

さっきまでの殺意は消え、

ただ生き延びたいだけの目をしている。


もう、脅威じゃない。


俺は自分の身体から針を引き抜き、

血を垂らしながらムウの方へ向き直った。


「ムウ、帰ろう」


微笑んで、そう声をかける。


ムウは、必死な顔で口を動かしていた。

何かを伝えようとしている。

けれど、言葉にならない。


暗闇の中、

その口の動きだけが、やけに鮮明に見えた。


――緊張で、声が出ないのか。


そう思った、その瞬間。


バシュッ!


鋭い発射音。


次の瞬間、

俺の足に、激痛が走った。


「――っ!」


何かが、足を貫いている。


力が抜け、

俺はその場に崩れ落ちた。


ジュウウウ……。


嫌な音。

足元から、焼けるような感覚が広がっていく。


――まだ、戦う気だったのか。


視界の端で、

魔物が最後の力で針を放ったのが見えた。


ムウが叫び、

俺を守ろうと炎を操る。


でも――間に合わない。


そう思った瞬間。


「モノさん! お願いします!」


ロロの、必死な声。


次の刹那、

魔物の身体が槍に貫かれた。


赤く光っていた目から、

ゆっくりと光が消えていく。


「親父、遅い! レイル危ないぞ!」


ガウの声。


「おい、レイル! しっかりしろ!」


モノの声が、すぐ近くで響いた。


――ああ。


もう、大丈夫だ。


俺は、全身の力を抜いて、

静かに目を閉じた。


  目を覚ますと、温かくて広い背中に頬をうずめていた。

 ふさふさの毛。

 規則正しい揺れ。

 不思議と、よく眠れた理由が分かる。


「あー、兄ちゃん起きたー」


 足元の方から、ムウの声。


 それに応えるように、俺を背負っている人物がぶっきらぼうに言う。


「起きたなら、自分で歩けよ」


 次の瞬間、視界が回転した。

 俺はそのまま地面に転がされる。


「……ありがとう、モノ」


 礼を言うと、モノは振り返りもせず歩き出した。

 返事はない。


 ロロとガウはというと、

 モノの両腕の中で安心しきった顔で眠っている。


 俺は立ち上がり、ムウを持ち上げて抱えたまま歩き出す。


「兄ちゃん、カッコよかったね」


 ムウは屈託のない笑顔で言う。


「怪我もすぐ治るし、力も強いし。やっぱり兄ちゃん、強かったんだね」


 その笑顔につられて、

 俺まで自然と口元が緩んだ。


「レイル、今日は空いてるか」


 前を向いたまま、モノが静かに言う。


「……なにかあるのか?」


 聞き返すと、モノはほんの一瞬だけ口角を上げた。


「カマイの店で、飲み直そうぜ」


「はぁ……」


 俺は呆れつつも答える。


「明日なら行けるぞ」


「じゃあ、明日だな」


 ムウは、そんな大人たちの会話を

 分かったような、分かっていないような顔で聞いている。


 夜の森を抜け、

 俺たちは笑顔のまま、エルド村へと帰った。


 俺はノアの待つ小屋のドアノブに手をかけた。

 朝、ここを出たばかりなのに、なぜかひどく懐かしい。


 小屋の中には、まだ明かりが灯っている。

 ――待っている。

 そう思うだけで、胸の奥が少し緩んだ。


 ドアを開く。


「おかえり、レイル……」


 ノアの声が止まる。

 俺を見るその目が、わずかに見開かれた。


 つられて自分の身体を見る。

 服は破れ、泥と土で汚れている。

 腕や首には、数え切れないほどのかすり傷。


「今日の特訓、厳しくてなー」


 我ながら下手な言い訳だった。

 棒読みでその場を誤魔化す。


 ノアは何も言わず、用意してあったスープを差し出した。

 口をつけると、ひんやりと冷たい。


 いつもは、必ず温かいのに。


 理由を聞こうとして――やめた。

 俺は黙ってスープを飲み干す。


「なぁ、ノア」


「……なに」


 短い返事。

 心配を隠しきれていない声。


「俺さ」


 少し間を置いて、言葉を選ぶ。


「ノアを守ることにした」


 前より、はっきりとした声で続ける。


「前みたいに、頼まれて守るんじゃない。

 俺の意思で、守りたい」


 一度、息を吸う。


「……守ってもいいか?」


 微笑んでそう言うと、

 ノアは視線を落とし、静かに頷いた。


 それだけで十分だった。


「ありがとうな」


 俺はノアの肩に、ほんの一瞬だけ手を置く。

 長く触れないのが、俺なりの配慮だった。


「今日は疲れたし、もう寝る」


 そう言って笑顔を作り、ベッドに横になる。

 目を閉じると、身体の重さが一気に押し寄せた。

Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています


→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ

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