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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
2章 エルド村編
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2-9 静かなる告白、動き出す運命

朝、目を開けると、いつもの木の天井が視界に入った。

 ロロのお母さんからもらったベッドの上で、ノアは静かに眠っている。


 いつもなら起こさないように家を出て、朝の特訓に向かう。

 だが今日は、そんな気分になれなかった。


 キッチンへ行き、火を起こす。

 鍋に残っていたスープを温め直すと、濃厚な匂いが小屋に広がった。


 その匂いに釣られたのか、ノアが目をこすりながらキッチンに現れる。


「おはよう、レイル。はやいね」


 いつもと変わらない、温かい声。

 俺は二人分のスープを器に注ぎ、手作りの小さなテーブルに置いた。


 返事をしない俺を、ノアは不思議そうに見ていたが、何も言わず椅子に座る。

 俺はスープを一口飲み、唐突に言った。


「……みんな、死んだんだろ」


 ノアは不意を突かれたように動きを止める。

 俺はそんなノアから目を逸らし、もう一口スープを飲んでから続けた。


「森の調査に来た、あの日。

 俺たちの班は……俺とノアを除いて、全滅した」


 スプーンを置き、ノアを見る。


「みんなが俺を守るために死んで、俺だけが生き残った。

 ……その意味って、なんだ?」


 泣きたかった。

 なのに、涙は出てこない。


 ただ、体だけが小さく震えていた。


「レイル……」


 ノアは俺の名前を小さく呟くと、静かに、いつもの温かい声で話し始めた。


「私たちが生き残った意味は、分からない」


 一度言葉を切り、ノアは息を飲む。


「……でも、生き残った意味はあると思う」


 ノアは視線を落としたまま続けた。


「私、王国では道具として扱われてた。

 みんな、私の能力を便利なものとしてしか見てなかった」


 その声は震えているのに、言葉ははっきりしていた。


「でも、あの班は違った。

 みんな、私のことを仲間だと思って守ってくれた」


 ノアは必死に言葉を繋ぐ。


「私が疲れたら、私のために前に出てくれる。

 守ってくれる。

 ……そんなの、初めてだった」


 ぽつり、ぽつりと涙が落ちる。


「アスカのあの言葉――

『守りたいものがあるから、ここに命懸けで立ってるんだろ!』」


 ノアは一度、唇を噛んだ。


「正直、私はそんなこと、全然思ってなかった。

 王国なんてどうでもいいし死んでもいいって、思ってた」


 それでもノアは顔を上げる。


「でも……私をまっすぐな目で見てくるアスカや、

 命を懸けて守ってくれたレイル達を見て、考えが変わった」


 涙を流しながら、ノアは俺を見る。


「私、この人たちが死ぬのは嫌だって……そう思った」


 その目は、泣いているのに真っ直ぐだった。


「アスカがどうやって死んだかは知らない。

 でも、アスカの遺体は見せてもらった」


 ノアは小さく息を吐く。


「……すごく、笑ってたよ」


 その言葉が、胸に刺さった。


「私は、そんなアスカや、私を守ってくれた全員の気持ちを裏切りたくない」


 ノアは静かに、しかし確かに言った。


「だから、受け止めて進む。

 答えになってるか分からないけど……」


 そして、はっきりと。


「私は、分からなくても、生きていくよ」


 俺はただ黙って、ノアの言葉を聞いていた。

 生きている意味。

 それは誰かに与えられるものじゃない――そんな気がしたことだけは、はっきり覚えている。


「……ありがとう、ノア」


 俺は小さく呟き、立ち上がる。

 ドアを開け、一人で外に出た。

 足は自然と、いつもの特訓場へ向かっていた。


 いつもの小さな川の斜面に、仰向けに寝転がった。

 雲ひとつない青い空が、やけに遠く感じる。


 ――俺は、なんのために生きているんだろう。


 ノアを守ると誓った。

 でもあれは、きっとノアが俺を前に進ませるために仕掛けたものだったんだろう。

 泣きながら「守って」と言われてしまえば、誰だって自分を犠牲にする。

 それを拒めるほど、俺は強くない。


 なあ、アスカ。

 もしお前が今の俺の立場だったら、どうしてた。

 こんな状況でも、いつものみたいに笑って前に進めていたのか。


 ……なんで俺を、一人にした。


 鮮やかな空を見上げても、答えはどこにもなかった。

 俺はゆっくりと目を閉じ、考えることをやめるように、浅い眠りに落ちた。


 冷たいものを浴びせられた感覚で、俺は飛び起きた。


 目の前には、大きなムカデが立っている。

 その手――いや、体の一部で、バケツをぶら下げていた。


「なんだよ、カマイ」


 こいつはカマイ。

 村に住む大きなムカデで、俺が特訓中に怪我をして村を歩いていると、よく焼いたカエルの肉をくれる、いい奴だ。


「レイル。お前、何時間寝てるんだ」


 言われて周囲を見渡す。

 空も森も、すでに赤い光に包まれていた。


「昼に店の仕込みで森に来たら、ここで寝てるだろ」

「なんとなく通りかかったら、まだ寝てるから驚いたわ」


 そう言いながら、カマイは体の後ろのほうの脚だけで全体重を支え、器用に立ち直る。


「今日、うちで食っていかないか」

「カエルが大量なんだ」


 そう言って、カマイは大きなバケツいっぱいのカエルを持ち上げた。


 俺は間髪入れずに答える。


「無料なのか」


「うちの店は、いつも無料だろ?」


 カマイの店は、エルド村のど真ん中にある。

 家と家が密集した村の中心で、他の家より一段高く建っていた。

 住居は三階らしく、店の上へ伸びる階段が外から見える。


「店主抜きで何してたんだよ」


 カマイはそう言って、店の扉を開けた。


 俺は初めて、その中に足を踏み入れる。

 小さなテーブルが四つ、カウンターが一つ。

 席は全部で二十ほど。木の床には使い込まれた跡が残っている。


 中は思ったよりも静かだった。


「おい」


 声をかけられて顔を向けると、パンダのような男が木製のジョッキを傾けていた。


「お前がレイルだろ。噂通り、ずいぶん若ぇな」


 パンダの男は酒を一口飲み、俺を値踏みするように見る。


 その隣に座っていた人間の男も、軽い調子で口を挟んだ。


「よっ、レイルって言うんだろ?

 ノアちゃん、泣かせてないだろうな」


「……え?」


 突然ノアの名前が出て、言葉に詰まる。


 するとカマイが、面白そうに鼻を鳴らした。


「レイルは今、恋のお悩み中なんだよ。

 ノアちゃんのいる小屋じゃなくて、川辺で昼寝してるくらいだからな」


「若ぇのが、そんな腑抜けた顔してんじゃねぇ」


 パンダの男はそう言うと、俺の背中を掴み、ぐいっと引き寄せた。


「ほら、こっち座れ」


 気づけば俺は、彼らのテーブルに座らされていた。


「おお、レイル。お前と会うのは初めてだったな」


 人間の男が、軽く手を上げた。


「俺はクロールっていう」


 それを受けるように、隣のパンダの男も胸を張る。


「俺の名はモノだ。

 ガウが普段から世話になってんな」


「……ガウの親か?」


 俺がそう聞くと、モノは目を細めた。


「そうなんだ。俺はモノの父親でな……」


 そこから先は止まらなかった。


「生まれた時はな、こんなに小さくてよ――」


 ジョッキを傾けながら、モノは話し続ける。

 火を吐くようになった頃の話。

 喧嘩ばかりしていた頃の話。

 最近、俺と特訓しているという話。


 俺は途中でカマイが黙って置いてくれた水を、たまに口にするだけで、ひたすら聞いていた。


 ――ガウ、愛されてるんだな。


「お、悪りぃなレイル」


 突然、クロールが立ち上がる。


「野暮用だ。先に帰るわ。

 カマイ、支払いはツケで頼む」


「はいはい」


 カマイは呆れたように手を振り、クロールの背中を見送った。


 それからしばらく経ちモノの話も、そろそろ終わりに差し掛かったその時――


 バンッ!


 店のドアが、勢いよく開いた。


 反射的に振り向く。


 そこに立っていたのは、ロロとガウだった。


 ロロが、店の奥から一直線に俺へ駆け寄ってきた。

 服は裂け、腕や頬に細い傷が走っている。木の枝に引っかかったのだろう。


「レイルさん!

 ムウが……森の外に出た!」

Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています


→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ

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