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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
2章 エルド村編
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2-8 拒めぬ真実、一輪の手向け

 ガウが、急に立ち止まった。


「ここ、ロロの家」


 指さされた小屋は、俺とノアが暮らしている小屋より、二回りは大きい家だった。


「レイルくん、ドアは開いてるから入って」


 振り向くと、三十メートルほど後方から、ロロのお母さんが声をかけてくる。

 その横から、ロロが全力で走ってくるのが見えた。


「僕が開けるから、まってー!」


 ロロはそう叫びながら、そのままの勢いでドアに体当たりする。

 ――ガタン、と大きな音を立てて、ドアが外れた。


「あー、またやっちゃった」


 口ではそう言ったが、特に気にした様子もなく、ロロは俺の手を取って中へ引っ張る。


「ここが僕のお家」


 中を見渡す。

 整ったキッチン、二階へ続く階段、十人は座れそうな大きな食卓。

 大小さまざまな服が無造作に置かれていて、確かに“人が生きている家”だった。


「……いい家だな」


 思わず、呟く。

 ロロはその言葉を聞いて嬉しそうに笑い、お母さんの方へ駆けていった。


 ガウはもう俺に興味を失ったらしく、さっさと椅子に座っている。


「お邪魔します」


 ノアが、外れたドアを丁寧に踏み越えて入ってきた。

 ロロのお母さんも、何の躊躇もなく同じようにドアを踏んで入る。


 ムウだけがドアの周りをうろうろしていた。

 手なのか何なのかわからない部分から、白い何かをにゅるっと出して、何かをしている。


「レイルくん。ご飯を作るから、座って待っててね」


 ロロのお母さんはそう言って、ノアと一緒にキッチンへ向かった。

 尻尾で食材を取り、手で野菜を切る。その動きは迷いがなく、やけに自然だった。


 すごいな、と思って見ていると――


 にゅるっ、と何かが俺を掴んだ。


「レイルー。隣すわろー」


 ムウだった。

 テーブルを挟んで五脚ずつ並んだ椅子の、ちょうど真ん中に座り、俺に隣を指示している。


「俺も隣がいい」


 ガウもそう言って、さっき座っていた椅子を降り、俺の隣に来た。


「みんなばっかりずるい!……けど、いいよ」


 ロロはそう言って、俺の真正面に座る。


 キッチンの方からは、ノアとロロのお母さんの話し声が聞こえてくる。

 何を話しているのかは、よく分からない。


 ただ、それは不思議と、心地よい音だった。


 しばらくすると、ロロのお母さんが俺の目の前にスープを置いてくれた。

 器の中には、見たことのない野菜と、見たことのある野菜が一緒に沈んでいる。


「お母さん、これ僕の好きなランタだ!ありがとう」


 ロロが嬉しそうに声を上げる。

 どうやら、このスープのような料理は「ランタ」というらしい。


 ロロのお母さんは、ムウ、ガウ、ロロの順番でスープを配り、最後にキッチンからノアと一緒に戻ってきた。

 ノアは部屋に入ってきて、俺が子供たちに囲まれているのを見ると、くすっと微笑む。


「レイル、人気者だね」


 俺は顔が熱くなって、何も返せなかった。


「兄ちゃんと、この女の子どういう関係なのー?」


 ムウが、悪気のない声で聞いてくる。

 それをロロのお母さんがすぐにたしなめた。


「ムウくん。男女の関係は、みんなの前で聞いちゃダメなの」


「わかった!じゃあ今度、兄ちゃんに直接聞く!」


 ……何も解決していない気がした。


 その空気を切ったのはガウだった。


「俺、もう待てないから食べる」


 そう言って手を合わせ、ガウはランタを食べ始める。

 それを見たロロとムウも、負けじとスプーンを動かした。


「じゃあ、私たち大人グループは、ゆっくり食べましょうか」


 俺と少し距離をあけた席に座るロロのお母さんが、そう言ってくれた。


  ロロのお母さんは、子供たちがランタを食べ終えるまでは、無難な世間話を続けていた。

 畑の話、天気の話、子供たちの失敗談。

 どれも当たり障りのない、穏やかな時間だった。


 だが、子供たちが食べ終えて外へ遊びに行くと、空気が変わった。


「レイルくんとノアちゃんは、どこから来たの?」


 ロロのお母さんは、言葉を選ぶように、ゆっくりと切り出す。


「ノアちゃんはね、今よりずっと感情がなかったし……」

「レイルくんに至っては、アスヘルさんが肩に担いで連れてきていたし……」


 俺は考える。

 確かに、俺はアスヘルに連れられてこの村に来た。

 でも、なぜ俺はあんなにボロボロだった?


 ――一瞬、アスカの顔が脳裏をよぎる。


「レガルド王国です……」


 そう呟くと、ロロのお母さんの目が輝いた。


「やっぱり、森の外から来たのね!」

「外には、どんなものがあるの?」


 ノアは少し焦ったような表情をしていたが、俺は思い出しながら答える。


「龍脈というエネルギーがありまして」

「それを使った機械で、国はとても発展しています」


「龍脈……それって、脈気みたいなものかしら?」


 そこから、俺とロロのお母さんは王国の話で盛り上がった。

 技術のこと、街の様子、見たことのある景色。


 ノアは、神妙な表情で、ただ静かに俺たちの会話を聞いていた。


  気づけば、初めてこの村に来た日には青々と生い茂っていた森の葉が、枯れて地面に落ちていた。


 ロロのお母さんと話をした日から、俺は村の人たちに興味を持ち始め、積極的に声をかけるようになった。


 杖をついた老人。

 なぜか普通に話す鳥。

 四本の腕を持つ鬼。

 言葉を話すムカデ……。


 この村には、様々な姿と種族の者たちが暮らしている。

 そして、いつの間にか――俺もその中の一人になっていた。


 ムウたちと特訓を続けてはいるが、以前のように自分を追い込む感覚はない。

 じっくりと、だが確実に。

 成長している……気がする。


「レイル〜、これ耕してくれ」


 川で正座していると、いつも挨拶してくれる老人の畑を耕す。


「レイルくん、ロロを呼んできてくれる?」

「あっちまで、俺と競争しないか」

「水を汲んでくれないか」


 村から、俺を呼ぶ声が聞こえるようになった。


 ムウたちも、以前より頻繁に勝負を挑んでくる。


「レイル。今日は勝つ」


 今日はガウとだ。

 ガウは俺に一撃当てれば勝ち。

 俺はガウの頭に触れれば勝ち。


 ガウは口から火を吐く。

 俺はそれを難なくかわし、頭に手を伸ばした。


「兄ちゃん、やっぱすげー」


 ムウが無邪気に喜ぶ。


「脈気を使ってないのに……なんで?」


 ロロは、俺の成長を不思議そうに見つめていた。


  日が沈み始め、辺りが橙色に染まる頃。

 俺はムウたちとの修行を終え、ノアの待つ小屋へ戻った。


「おかえり」


 ノアは、いつもと変わらない温かい声で迎えてくれる。

 俺はノアが作ってくれていたスープを急いで口に運び、すぐに立ち上がった。


「今日は早く帰ってきてね。無茶しちゃダメだよ」


 ノアはそう言って警告するが、無理に引き止めることはしなかった。


「ああ、すぐ戻ってくる」


 俺はそう答え、森の中へ歩き出す。


 ムウたちが勝負を挑んでくるようになってから、あの特訓だけでは満足できなくなっていた。

 杖をついた老人に頼み込み、作ってもらった木刀。

 それを毎日、森の中の大木に叩きつけている。


 ――いつか、この木を木刀で切るために。


「いつも同じ木じゃ飽きたな。もっと大きいのを探すか」


 そう言って、俺はいつもは行かない森のさらに奥へ進んだ。


 しばらく歩くと、木の生えていない、不自然に開けた場所が目に入る。

 興味に引かれ、そちらへ足を向けた。


 木々の間を抜けた先。

 そこには、横転した龍脈車があった。


「……龍脈車」


 その瞬間、記憶が一気に流れ込んでくる。


 ノイン隊長の声。

 トムの屈託のない話し方。

 リックの、兵士として見習うべき姿勢。

 そして――アスカの、明るい笑い声。


 俺は、龍脈車が投げ飛ばされたであろう森の出口へ向かって走り出した。

 昔と違い、息は切れない。

 それでも、足だけがやけに重かった。


 だが、確かめずにはいられなかった。


 森を抜けると、月明かりに照らされた草原が広がっていた。

 そして、その中央に――雑に置かれた大きな石が一つ。


 墓だった。


 その前には、綺麗な花が添えられている。


 それを見た瞬間、アスカが死んだという事実が、音もなく心に流れ込んできた。

 拒む間もなく、自然に。


 同時に、頬を熱い何かが伝っていくのを感じた。

 

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