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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
2章 エルド村編
24/35

2-5 生存の罰、青い髪の揺らぎ

目を覚ますと、木でできた天井が視界に入った。


 ……夢だったのか。


 胸の奥が、妙に冷たい。

 何か、とても悲しい夢を見ていた気がする。

 アスカが――死んでしまう、そんな夢だ。


 身体を起こそうとしたが、指先ひとつ動かなかった。

 力が入らない。


 その時、近くで椅子がきしむ音がした。


 視界の端に影が落ちる。

 前に垂れてきたのは、淡い青色の髪。


「起きた?」


 抑揚のない、聞き覚えのある声。


 無理に首だけを動かし、椅子の方を見る。

 そこにいたのは、ノアだった。


 

「ノア?」


俺が名前を呼ぶと、ノアは椅子を引き、俺の寝ているベッドの横に座った。


「みんなはどこにいるんだ?」


何気ないつもりで聞いたその言葉に、ノアは俯いたまま動かなくなる。


「……いないよ」


かすれた声だった。


その瞬間、頭の奥に何かが流れ込んできた。


横転した龍脈車。

リックを背負うアスカ。

そして――胸に穴の空いた、アスカ。


「ノア、脅かすなよ」


自分でも驚くほど、軽い声だった。


「みんな、どこで寝てるんだ?」


ノアは答えない。

俯いたまま、肩だけが小さく震えている。


「なぁ、ノア……」


喉の奥が詰まる。


「教えてくれよ。みんなは、どこにいるんだ」


そのとき、ゆっくりとドアが開く音がした。


 

「……なんだ、生きていたのか」


聞き覚えのない、低い男の声だった。


「誰だよ……」


俺が睨むと、男はゆっくりと視界に入る位置まで歩いてくる。

黒髪の短髪。鋭い目つき。年は四十前後か。


「アスヘルだ」


それだけ言って、男は壁にもたれかかった。


「この村に住んでる、死に損ない」


言葉に、感情はなかった。


「……お嬢ちゃんに当たるな」


視線だけをノアに向け、続ける。


「質問があるなら、俺にしろ」


 俺は胸を押さえたまま、アスヘルを見た。


「……みんなはどこだ」


「お嬢ちゃんは、そこにいるだろ」


アスヘルは不思議そうに言った。


「違う……」


声が、思ったより低かった。


「アスカは。リックさんは。トムさんはどこだ」


叫んだつもりだった。


だが、喉から出たのは掠れた声だった。


アスヘルは、少しだけ目を細めた。


「……ああ」


そして、淡々と告げた。


「全員、死んだ」


「だから、なんでアスカ達はいないんだ!」


自分でも、何を聞いているのか分からなかった。


喉の奥が、焼けるように痛い。


「……悲しいな」


アスヘルはそれだけ呟くと、ドアを開けて外に出ていった。


 部屋に、沈黙が落ちた。

俺の胸には、行き場のない、名前のつかない感情だけが溜まっていく。


「ねぇ、レイル」


いつもは淡々としているノアの声が、

今日は少しだけ違って聞こえた。


「……少し、休もうか」


ノアは椅子に座り、目を閉じた。


俺は、さっきの言葉と、あの男のことを考えていた。

けれど、気づけば――眠りに落ちていた。


 窓から差し込む陽光が、やけに眩しかった。

 目を開けた瞬間、白く滲んだ視界に現れたのは、木目の天井だった。


 ――朝だ。


 そう理解するまでに、少し時間がかかった。


 身体を動かそうとすると、鈍い痛みが遅れてやってくる。

 それでも、昨日ほどではない。

 生きている、と身体が勝手に証明してくる感覚が、ひどく不快だった。


 ゆっくりと上体を起こす。


 視線を落とすと、ベッドの縁にノアがいた。

 椅子ではなく、床に膝をつき、身体を前に倒したまま眠っている。

 青い髪が、無造作に肩から垂れていた。


 一晩中、起きていたのだろう。


 呼吸は静かで、規則正しい。

 それが逆に、胸を締めつけた。


 俺は足の痛みを堪え、音を立てないよう慎重に立ち上がりそのまま、部屋を出る。


 外に出た瞬間、冷たい空気が肺に流れ込んできた。

 視界の先には、いくつかの家屋と、整えられた畑。

 土の匂いと、朝露に濡れた草の匂い。


 ――村だ。


「……お嬢ちゃんをほったらかして、一人で散歩か」


 家の前に立つ木の陰から、低い声がした。

 聞き覚えがある。忘れたくても、忘れられない声。


「ちゃんと体を見せろよ」


 俺がそう言うと、木の陰からアスヘルが姿を現した。

 昨日と同じ黒髪、同じ鋭い目。

 まるで最初から、そこにいたかのような立ち方だった。


「……整理はできたか」


 意味の分からない問いだった。

 答える気にもならず、俺は視線を逸らして歩き出す。


 次の瞬間。


 視界が、反転した。


 さっきまで見ていた村の景色は消え、空が広がる。

 理解が追いつく前に、額を強く掴まれた。


 逃げ場のない力。


「どこへ行こうとした」


 耳元で、低い声。


「……どこだっていいだろ」


 俺は歯を食いしばって言い返す。


「俺の勝手だ」


 その言葉に、アスヘルは眉一つ動かさなかった。


「お前がどうなろうと、それは勝手だ」


 淡々と、感情のない声。


「だがな――俺は、命を賭けたやつとの約束は破らん」


 その言葉の意味を考える暇はなかった。


 アスヘルは俺を荷物のように抱え、小屋の中へ踏み込んだ。


 そして――


 床に叩きつけられた。


「お前はここで寝とけ」


 俺が床に叩きつけられた衝撃で、小屋に大きな音が響いた。


 その音で、ノアが跳ね起きる。


「レイル……大丈夫?」


 明らかに、いつものノアじゃなかった。

 淡々とした調子ではない。

 声が、震えている。


「お嬢ちゃん。ちゃんとこいつを見張っててくれよ」


 アスヘルはそれだけ言うと、小屋を出ていった。

 扉が閉まる音が、やけに重く響く。


 俺は床に転がったまま、動かなかった。

 痛みがある。

 それが、たまらなく嫌だった。

 ――生きている証みたいで。


「ねぇ、レイル……ベッドに来て」


 ノアは椅子に座り直し、小さく手招きをした。


 床で寝ていようが、ベッドで寝ていようが、何も変わらない。

 そう思いながら、俺は身体を引きずるようにしてベッドに横になる。


 ノアは一度、唾を飲み込んだ。

 逃げない、と決めた人の目で、俺を見る。


「みんなね……死んじゃったんだよ」


 言葉が、頭に落ちてこなかった。

 衝撃だけが、胸の奥で弾けた。


 声も出ない俺に、ノアはそれでも言葉を紡ぐ。


「私……感知に集中しすぎてて、途中から、あんまり覚えてないの」


 一拍。


「気づいた時には……血まみれのリックさんが、隣に倒れてただけ」


 胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「それで……アスヘルさんが、レイルを抱えて運んできてくれたの」


 ノアの指が、シーツを強く掴む。


「その時に言われたの。

 “お前も来い”って」


「何が言いたいか、分からないと思うんだけどね」


 ノアは言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。


「私は……アスヘルさんは、悪い人じゃないと思う」


 その声には、はっきりと感情が乗っていた。


「オーラも、そうだし。

 それに、現に今……私たちを守ってくれてる」


 ――違う。

 俺の知っているノアじゃない。


 ノアは、こんなふうに感情を込めて話す人じゃなかった。

 もっと淡々としていて、冷静で、事実だけを切り取る人間だった。


「……本当にノアか?」


 俺がそう聞くと、ノアは一瞬だけ目を見開き、すぐに小さく答えた。


「私は、ノアだよ」


 声は弱々しいのに、否定だけは迷いがなかった。


 ――確かめなきゃいけない。

 これは、俺の頭が壊れ始めているだけかもしれない。


「俺の……相棒が分かるか?」


「アスカでしょ」


 即答だった。


「じゃあ、俺たちの任務は」


「森の調査」


「隊長の名前は!」


「ノイン隊長」


「ノアの所属している部隊は」


「……レガルドの槍」


 全部、答えられた。

 しかも、全て正しい。


 ノアは本物だ。


 ――ということは。


「……みんなは、死んだのか」


 自分でも驚くほど、声は静かだった。


「うん。死んだ」


 ノアは、逃げなかった。

 逸らさず、誤魔化さず、はっきりとそう言った。


 俺の心を壊すのに、

 ノアのこの一言だけで、充分だった。


「……少し、休ませてくれ」


 そう言って、俺は布団を顔の上まで引き上げた。


 ――もし、あれが夢じゃなくて現実だったのなら。

 なぜ、俺だけが生きている。


 みんな、命を張って死んだ。

 なのに、どうして俺だけがここにいる。


 アスカ。

 もし今、お前が俺の隣にいたら……なんて言うんだ。


 「お前の方が強い」だなんて、冗談だろ。


 お前は、倒したじゃないか。

 俺たちの誰一人、手も足も出なかったあの巨人を。


 俺は、逃げて、転んで、這っていただけだ。


 ……なんで、俺を生かした。


 お前が生きて、

 俺が死ねばよかったじゃないか。


 理由も意味も、どこにも見つからない。


 気づかないうちに、布団が重くなっていた。

 触れると、冷たかった。


 いつの間にか、布団は濡れていた。


Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています


→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ

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