2-4 託された未来
俺は一瞬で距離を詰め、巨人の背後に回った。
気づかれていない。呼吸も、視線も、こちらを向いていない。
――今だ。
剣を低く振り抜き、巨人の足首、アキレス腱のあたりを深く斬る。
ズンッ。
重い衝撃とともに、巨人の動きが止まった。
次の瞬間、地面を揺らすような咆哮。
巨人はゆっくりと、確実に――俺の方を向いた。
「リックさん!」
振り返りもせず叫ぶ。
「アスカを引きずって、安全なところで気絶させてください!」
言い終わると同時に、俺は走り出した。
巨人も追ってくる。
だが、先ほどとは違う。
足を引きずる音。
踏み込みの遅れ。
確実に、速度が落ちている。
――効いてる。
視界の端で、リックがアスカを羽交い締めにし、必死に押さえ込んでいるのが見えた。
アスカは暴れている。正気じゃない。
俺は走りながら、進路を微妙に調整する。
巨人を、あの二人に近づけないために。
その時だった。
異様な気配。
視線を横に走らせた瞬間、背筋が凍る。
リックとアスカの方向へ――
熊型の魔族、鳥のような魔族が、数十体。
音に引き寄せられた。
この戦場そのものに。
「リックさん……魔族……!」
叫んだつもりだった。
だが、声は喉で潰れ、風に消えた。
俺の声は、届かなかった。
リックが異変に気づいたのは、俺が察知してから数十秒後。
すでに避け切れる距離じゃない。
リックは一瞬でジオガンを抜いた。
無駄のない動き。迷いのない照準。
一発、また一発。
魔族が空中で弾ける。
正確に、一対一。
アスカも地面に転がりながら撃っていた。
その動きは荒いが、弾は当たっている。
だが――
数が多すぎる。
熊型の魔族はすべて倒れた。
しかし、鳥型の魔族が一体。
たった一体、撃ち落とせなかった。
次の瞬間、鋭い衝撃音。
鳥型の魔族が、リックの肩を抉った。
「――っ!」
血が噴き出す。
リックの肩が、ありえない角度で揺れた。
俺は走りながら、首だけを捻り、叫ぶ。
巨人に気づかれないよう、距離を保ったまま。
「アスカ!!
リックさんを連れて、逃げろ!!」
一瞬、アスカの動きが止まった。
オロオロと視線を彷徨わせる。
だが、次の瞬間――歯を食いしばった。
アスカはリックを背負い、森の方へ走り出した。
足取りは重い。
それでも、止まらない。
俺はその背中を一度だけ確認し、再び前を見る。
背後では、地面を砕くような足音が迫ってくる。
巨人だ。
道中、トカゲ型や熊型の魔族が何体も襲いかかってきた。
だが、俺が必死に攻撃を交わすと、そいつらは――
次の瞬間、背後から伸びた腕に叩き潰されていた。
巨人は敵も味方も区別しない。
ただ、進路にあるものを壊すだけ。
呼吸が乱れる。
脚が、重い。
疲労が溜まり、動きが目に見えて鈍くなっていく。
――まずい。
そう思った瞬間だった。
ビィン――
横から、一本の紫色の線が走る。
それは正確に、巨人の目を貫いた。
巨人は初めて、
大きく、後ろへと倒れた。
地響きが、森を揺らす。
「次は……」
聞き覚えのある声。
「本当の意味で、俺がレイルを助ける番だ」
アスカだった。
アスカはそう言うと、迷いなく剣を抜いた。
倒れている巨人へ一気に距離を詰める。
そして――
躊躇なく、指の一本を切り落とした。
血が噴き上がる。
巨人が、咆哮を上げる。
「アスカ! リックさんは!」
聞きたいことは山ほどあった。
けれど、今一番大事なことだけを、俺は叫んだ。
「……リックさんは、俺を守ってくれた!」
アスカは、それ以上何も言わなかった。
それだけで、十分だった。
巨人が、ゆっくりと立ち上がる。
血に濡れた目で、俺たちを見下ろしてきた。
「レイル!」
アスカが叫ぶ。
「次は、俺が惹きつける!」
そう言うや否や、アスカは走り出した。
ジオガンを構え、顔面めがけて数発、迷いなく撃ち込む。
巨人は一瞬だけ――
ほんの一瞬だけ、俺を見た。
そして、標的をアスカに切り替える。
俺は、その隙を逃さなかった。
次は、足だ。
もう片方の脚へ斬り込もうと踏み込んだ瞬間――
巨人の二本の腕が、俺の剣筋を叩き落とす。
弾き返した。
だが、その直後。
ドン――
拳が地面を殴った衝撃が、空気ごと俺を吹き飛ばした。
視界が回る。
地面を転がる。
――痛い。
頭が、割れそうだった。
足が、言うことをきかない。
それでも。
走らなければ、死ぬ。
立ち上がれない俺の視界に、影が差した。
巨人が、確実な一歩で近づいてくる。
逃げなきゃいけない。
分かっているのに、身体が動かない。
巨人は足を大きく振り上げた。
俺を――踏み潰すために。
その瞬間。
視界が、横に弾けた。
衝撃。
身体が宙を舞い、地面を転がる。
「――っ!」
何が起きたのか理解する前に、巨人の足が、俺がいた場所を踏み抜いた。
地面が砕け、土と血が跳ねる。
顔を上げると、そこにいたのはアスカだった。
俺を蹴り飛ばし、すでに次の動きに入っている。
巨人が体勢を崩した、その一瞬。
アスカは踏み込み、剣を振り抜いた。
ズンッ。
刃が、アキレス腱を断ち切る。
巨人の膝が折れ、再び地面に叩きつけられた。
アスカもがくりと膝をつけた。
「レイル! 逃げろ!」
振り返らず、アスカは叫ぶ。
俺は声を出そうとして、出なかった。
喉が、凍りついていた。
アスカは、剣を振り続ける。
何度も、何度も。
血が飛び、肉が裂け、
やがて――
巨人は、動かなくなった。
地面を這うようにして移動していると、影が並んだ。
顔を上げると、アスカが立っていた。
「……生きてるか?」
それだけを、静かに聞いてくる。
「おかげさまでな」
俺はそう答え、差し出されたアスカの手を取った。
引き上げられ、二人で立つ。
その瞬間だった。
背中を、冷たいものが走った。
理由は分からない。ただ――嫌な予感だけが、確かにあった。
次の瞬間。
衝撃。
俺の身体が、横に弾き飛ばされる。
「――っ!」
地面を転がった直後、
俺が立っていた場所を、凄まじい速度の岩が貫いた。
土と破片が舞い上がる。
視線を上げると、
倒れ伏したはずの巨人が、なおもこちらを正確に狙っていた。
「レイル、行け!」
アスカが叫ぶ。
俺は振り返り――その瞬間、ようやく気づいた。
アスカの足が、ありえない方向に曲がっている。
いつだ。
いつ、こんなことに――。
アスカは構わずジオガンを構え、飛来する岩を一発ずつ撃ち落としていく。
無駄のない、正確な射撃。
「お前じゃ、ここは守れない!」
撃ちながら、言い切る。
「俺に任せろ!」
分かっている。
頭では、全部。
――でも。
もう一度アスカを見ると、現実が突きつけられる。
足は折れ、
左腕は力なく垂れ、
額から流れる血が、目元を赤く染めている。
どう見ても、重傷だった。
それでも、アスカは前に立っている。
俺を、守るために。
「アスカ!
あいつがくたばるまで、死ぬなよ!」
俺は叫びながら、地面を引きずるように前へ進む。
ほんの少しずつ。
進んでいるというより、置いていかれないように必死に抗っているだけだった。
しばらくして、声が聞こえた。
「レイル!」
アスカの声だ。
「今まで……こんな俺の相棒でいてくれて、ありがとう」
――違う。
それは、アスカの言葉じゃない。
「何言ってんだよ!」
反射的に叫ぶ。
「二人で生きて帰るんだろ!」
でも、アスカはもう俺の声を聞いていなかった。
「俺より、お前の方が強い」
淡々と、言葉を選ぶように。
「だから……お前が、生き残ってくれ」
嫌な予感が、確信に変わる。
顔を上げると、アスカの姿が見えた。
――膝と、腕だけで身体を支えながら。
地面に伏したまま、ジオガンを構えている。
狙いは正確だった。
震える身体を、意志だけで抑え込むように。
一方で、巨人は異様だった。
疲れも、迷いもない。
一定の間隔。
一定の力。
ただ殺すためだけの動き。
投げられる石を、アスカは限界まで引きつけて撃ち落とす。
外せば終わり。
そんな距離。
「アスカ!!」
俺は、名前を呼ぶことしかできなかった。
アスカは独り言みたいに、静かに言う。
「俺は……未来をお前に託す」
一瞬、こちらを見る。
「レイル。
お前が最高な奴だって、知ってるからな」
そして俺の方を向き――
いつもの、あの無邪気な笑顔を浮かべた。
次の瞬間。
巨人の投げた石が、
アスカの身体を、正面から貫いた。
音はなかった。
ただ、身体が揺れた。
アスカの胸の中央には、
ぽっかりと――穴が空いていた。
倒れていくアスカを見た瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
考えはなかった。
叫びもなかった。
気づけば、剣を握っていた。
立たない足に力を込め、身体を無理やり起こす。
飛んでくる石を、刃で弾く。
火花が散る。
衝撃で腕が痺れる。
一歩。
また一歩。
巨人との距離が、わずかに縮まっていく。
だが、足が動かなくなった。
重い。
地面に縫い止められたみたいに、前に出ない。
膝が折れ、また倒れる。
その時、浮かんだのは――
さっきの背中だった。
俺を蹴り飛ばした、アスカの足。
振り返らなかった、その姿。
――守られた。
その事実だけが、胸に突き刺さる。
こんなところで、終われるわけがない。
視界が滲んだ。
いつの間にか、頬を温かいものが伝っていた。
前が見えなくなる。
その瞬間――
ズドン。
地面を叩き割るような、重い音。
何が起きたのか、わからない。
確かめる余裕もない。
意識が、そこで途切れた。
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