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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
2章 エルド村編
22/35

2-3 砕かれた脱出路、森の咆哮

空は赤く染まり、森の影がゆっくりと長くなる。

 夜が近い。


  沈黙の中、リックが口を開いた。


「ノイン隊長が帰ってこない……異常が起きたということだ」


 低い声だった。


「ノア。まだ魔族の反応はあるか」


「……いない」


 短い返答。


 リックは腰のジオガンに手をかけた。


「俺が外の様子を確認してくる。トムは三人を頼んだ」


「待て」


 トムが一歩前に出る。


「反応がないとはいえ、一人は危険だ。俺も――」


「ダメだ」


 リックは即座に言い切った。


「アスカとレイルは、必ず生きて帰さないといけない」


 一瞬、こちらを見た。


「こいつらは王国の未来だ。

 未来を守らずに、俺たちベテランが何のためにいる」


「……リック」


 トムの声は、届かなかった。


 リックは振り返らず、静かに歩き出した。


 ――数分後。


 戻ってきたリックの顔色を見て、誰もが察した。


「片方の龍脈車は粉々だ。

 積んでいた物資も……使い物にならない」


 淡々とした報告。


「もう一台は無事だが、動力部が壊れている。

 今夜はここで野宿だ。明日、修理する」


 トムが、恐る恐る尋ねる。


「……隊長は、いたのか……?」


 リックは唇を噛み、数秒黙った。


「……六つ、血の跡があった」


 それ以上は、言わなかった。


 俺たちは野営の準備を始めた。

 ノアを除く四人で、交代で警戒に当たる。


 最初はトムとリック。

 次にリックとアスカ。

 その次は、俺とアスカ。

 その次は、トムと俺………………


 順番を聞きながら、俺は急に怖くなった。


 命は、こんなにも簡単に消える。


 横を見ると、アスカは唇を噛みしめていた。

 血が、滲んでいる。


「……アスカ。明日に備えよう」


 返事はなかった。


「レイル」


 今度はノアが声をかけてきた。


「あなたは、強いの?」


 俺は正直に答えた。


「俺は王国兵器を使えない。

 多分……この中で一番弱い」


 少し間を置いて、続ける。


「一番強いのは、たぶんアスカだ」


 ノアは何も言わず、元の場所へ戻っていった。


「なぁ、レイル」


 今度はアスカだ。


「俺、少し休む。……一緒に休もうぜ」


 俺たちは並んで横になった。


 警戒の交代時間まで、短い眠りに落ちる。


 暗い森は――

 まるで、俺たちの心の中みたいだった。


  森の出口は、来た時とほとんど変わらない。


 綺麗な草原。

 大きな森。


 ――ただ一つだけ、違っていた。


 草のあちこちに、真っ赤な血がこびりついている。


 横転した龍脈車。

 粉々になった荷物。


 遺体は、もう確認できなかった。


「トム」


 リックが静かに呼ぶ。


「これなら、どれくらいで直せる?」


 トムは壊れた動力部を一瞥し、答えた。


「……音は出るが、半日もあればいける」


 リックは少しだけ考えた。


「食料はない。飲み水も、この森では見つからなかった」


 一度、周囲を見回す。


「リスクは承知だ。

 音を出してでも修理する。撤退を優先するが……いいな?」


 リックの視線が、俺とアスカに向く。


「はい」


 俺はすぐに答えた。


「一刻も早く、ここを離れるべきです」


 アスカは何も言わず、血の跡を見つめていた。


 しばらくして、小さく呟く。


「……それで、大丈夫だ」


 リックは無言で頷き、トムに合図を送る。


 トムはポケットから工具を取り出した。


 次の瞬間――


 甲高い金属音が、草原に響き渡った。


「北から五体。東から三体、来てる」


 ノアの声は、いつもと変わらない。


 だがその瞬間、アスカは腰のホルダーからジオガンを引き抜き、前へ走り出していた。


「北はわからねーけど、多分こっちだろ!」


「おいアスカ! 一人で行くな!」


 リックが叫ぶが、アスカは振り返らない。


「リックさん」


 俺は剣を抜きながら言った。


「アスカは強い。大丈夫です。俺たちは東と西を」


 リックが驚いたようにこちらを見る。


「……剣?」


「俺、剣しか使えないんで」


 それだけ言って、横に並び構えた。


 前方から現れたのは、赤い目をしたトカゲのような魔族が三体。

 初めて見る――だが、理解は早かった。


「レイル。あいつらは速い。気をつけろ」


 リックがジオガンを放つ。

 ――避けられた。


「俺が止めます」


 そう言って、俺は一歩前に出た。


 ――アスカより遅い。

 ――斬れる。


 迷いはなかった。


 地面を蹴る。

 一体目に踏み込み、刃を振る。


 ドサリ、と重い音。


 振り向く前に次へ。

 二体目、三体目。


 斬撃は止まらなかった。


 気づけば足元に、三つの死体が転がっている。


「……レイル」


 リックの声が、少し遅れて届く。


「お前……強いな」


 その言葉に答える前に、ノアの声が被さった。


「北から四体。東から五体。西から三体、近づいてきてる」


 同じ声量。

 同じ調子。


「レイル! 西を頼む!

 勝てない敵が来たら呼べ! すぐ助けに行く!」


 リックの声が飛ぶ。


「了解!」


 俺は即座に西へ走った。


 現れたのは、熊のような魔族が三体。

 訓練で戦った記憶が一瞬よぎる。


 ――あの時は一対一だった。

 ――三体同時……いけるか?


 考える暇はない。


 やるしかない。


 俺は踏み込み、先手を仕掛けた。


 ギィン――


 耳を裂くような金属音。

 刃が弾かれた。


 同時に、横から殺気。


 別の熊が、俺を狙っていた。


 地面を蹴る。

 体を捻る。


 ――ギリギリ。


 交わした瞬間、熊の振るった一撃が、別の熊に直撃する。


 怒号。

 咆哮。


 二体の熊が、互いに殴り合い始めた。


「……!」


 残る一体が、トムの方へ向かう。


 ――間に合わない。


 そう思った瞬間だった。


 ビュン、と空気を裂く音。


 紫色の線が、北側から一直線に走る。


 熊の魔族の動きが止まり、その巨体が崩れ落ちた。


 視線を辿る。


 そこに立っていたのは――


 アスカだった。


  アスカは、争い合っている魔族すら迷いなく撃ち抜いた。


 紫色の線が走るたび、魔族は倒れていく。

 一発も外れていない。


 最後の一体を沈めると、アスカは東側へ向かい、リックの援護に入った。


「……」


 戦闘が終わり、静けさが戻る。


「ノア。これで全部か」


 アスカが低い声で問う。


「今、感知できる反応はゼロ。

 でも、この音じゃ……すぐにまた来る」


 ノアはいつもと変わらない声で答えた。


 リックは、しばらくアスカを見つめていた。

 まるで、理解できないものを見るように。


「アスカ、これを使え」


 リックはポケットから、ビスケットのようなものを差し出す。


「龍脈を含んだ補給食だ。

 足りなくなったら、食え」


 それだけ言うと、リックはすぐに警戒に戻った。


「……助かった。ありがとう」


 俺がそう言うと、アスカは俺を見ずに答えた。


「気にすんな」


 一拍。


「もう、俺の前で誰も死なせねぇ」


 その声は、冷静じゃなかった。


 けれど――

 俺は、何も言えなかった。


 俺たちは、それからも何度も襲ってくる魔族を倒し続けた。

 ほとんどをアスカが処理していたが、俺とリックも、アスカの龍脈を温存するため、弱い魔族と呼ばれるものは率先して倒した。


 時間の感覚は、もう曖昧だった。


 その時、トムが叫んだ。


「あと五分もすれば終わる!

 合図したら、全員龍脈車に乗れ!」


 その声を切り裂くように、ノアが言う。


「……昨日の魔族と同じ。北」


 俺たちが振り向いた瞬間、地面が揺れた。


 ——ドン。

 ——ドン。


 森が、歪む。


 姿を現したのは、腕が六本ある鬼のような巨人だった。

 高さは十メートル近い。


「トム!逃げるぞ!」


 リックが叫ぶ。


 だが、トムは作業を止めない。

 聞こえていないのか、聞こうとしていないのか。


 その間に、アスカはもう前に出ていた。


「お前か!」


 ジオガンが連射される。

 全弾、命中。


 それでも、巨人は止まらない。


 アスカは攻撃を軽々とかわし、撃ち続ける。

 だが巨人の視線は、最初から一度もアスカを見ていなかった。


 ——狙いは、龍脈車。


「ノア、こっちだ!」


 俺はノアの手を掴み、龍脈車から引き離す。


 リックは、トムに向かって叫び続けている。


「トム!離れろ!」


「終わった!

 修理、終わったぞ!」


 トムの声と、ほぼ同時だった。


 巨人の腕が、龍脈車を掴み上げる。


 そして——


 投げた。


 龍脈車は森へと吹き飛び、木々をなぎ倒しながら消えていった。


 止まった先は、もう見えなかった。


  龍脈車が巨人に掴み上げられ、森へと投げ飛ばされた瞬間――

 リックは、その場に縫い付けられたように震えていた。


 歯の根が合わない音が聞こえそうなほど、全身が小刻みに揺れている。

 それでも、彼は叫んだ。


「レイル!アスカ!ノアを連れて森へ逃げろ!!」


 その声は、恐怖で震えていながらも、迷いがなかった。


 巨人がその声に反応し、ゆっくりとリックの方へ向きを変える。

 リックは踵を返し、必死に走り出した。

 ――俺たちから、あれを引き離すために。


 だが。


 アスカも、同時に前へ出ていた。


 巨人へ向かって、一直線に。


 その姿を見た瞬間、胸の奥で何かが音を立てて切れた。


 違う。

 それは違う。


 リックの判断は正しい。

 命を捨てる覚悟で、未来を残そうとしている。


 それを――

 英雄気取りで踏みにじろうとするアスカを、俺は許せなかった。


「ノア!森へ逃げろ!!」


 喉が裂けるほど叫び、俺は前に走った。


 だが、振り返った瞬間、足が止まる。


 ノアは、動いていなかった。


 その場に立ったまま、森でも、俺でもなく、どこか遠くを見ている。

 感知に意識を持っていかれているのか、それとも――。


「なんで逃げないんだ!!ノア、生きろ!!」


 叫んでも、反応はない。


 舌打ちし、俺は引き返した。

 ノアの手を掴み、力任せに引っ張る。


「来い!」


 ほとんど引きずるように、最も近い森の木まで連れて行き、押し込む。


「ここからは自力で頼む」


 そう言い捨て、踵を返した。


 その瞬間、視界の端を横切る影。


 リックだ。


 血を流しながら、それでも走っている。

 巨人を、必死に引きつけながら。


 考える暇はなかった。


 俺は、迷わずその背中を追った。


 後ろで、ノアがまだ呆然と立ち尽くしているのを知りながら。

 それでも――

 俺は戦場へ戻る選択をした。

Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています


→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ

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