1-17 英雄の直命、調査隊の二人
ーー王国歴143年6月30日 5:45
いつもの、うるさいサイレンは鳴らなかった。
それなのに、俺は自然と目を覚ましていた。
今日で、この部屋ともお別れだ。
上段から、勢いよく影が降ってくる。
「おはよーさん!」
アスカだった。
いつもより、いや――普段以上に元気そうだ。
「おはよう、アスカ」
短く返して、ベッドから降りる。
「今日で終わりだな」
呟くように言うと、アスカは振り返り、いつもの笑顔で言った。
「今日からが始まりだろ! 行こうぜ!」
そう言って、迷いなくグラウンドへ向かう背中。
俺は、少しだけ遅れて、その後を追った。
⸻
グラウンドには、すでにラセルが立っていた。
朝礼は、いつも通り始まる。
「今日までよくやった!!
百人全員、無事合格だ!」
兵士たちの肩が、わずかに揺れる。
声は上がらない。
だが、誰もが確かに喜んでいた。
「九時より、配属先の伝達と軍服の支給を行う!
各自、部屋で待機!」
そう言い残し、ラセルは小屋へ戻っていった。
「なぁレイル、飯行こうぜ!」
アスカが、振り返って手を振る。
「配属先、みんな一緒だといいな」
俺の言葉に、アスカは一瞬だけ目を細めた。
「違っても仲間だろ。
それより、早く飯――」
言い終わる前に、もう食堂へ向かっていた。
⸻
「はぁ……この飯も今日で最後か」
串に刺さった肉を齧りながら、アスカが言う。
本当に名残惜しそうな顔だった。
「王国の備蓄食も美味しいですよ!
龍脈キットの紫色のパンみたいなのも!」
「アルト、俺あれ食ったことねぇぞ」
「……では、なぜあれほど兵器を使って平気なのですか?」
「細かいこと気にすんな!」
アスカは、豪快に笑って肉を頬張る。
「今日で……最後なんだね」
ミレアの声は、小さかった。
「違うだろ!」
アスカが、即座に言い切る。
「今日が最後じゃねぇ。
俺たちは、今から始まるんだよ!」
その言葉に、カレンがため息をつく。
「みんなが、あんたみたいに前向けるわけじゃないの」
視線を落としながら、続ける。
「離れ離れになるのは……やっぱり、寂しいよ」
アスカは少し考え――それから、いつも通りの声で言った。
「だからだろ。
ここからは、それぞれの道を進むんだ」
指を一本ずつ立てる。
「俺とレイルは、リュシアンを超える英雄になる」
「僕は、兵器技術者になります。
一人でも、兵士の死を減らすために」
「私は……守りたい。
もう、守られてばかりは嫌」
ミレアの声は震えていたが、目は真っ直ぐだった。
「怖いよ。でも――それでも、守りたい」
カレンは目を閉じ、小さく頷いた。
アスカが笑う。
「みんな、守りたいものは同じだ!」
テーブルに、拳を軽く置く。
「それを守るために進む。
それでいいだろ?」
誰も、否定しなかった。
⸻
守りたいもの。
――そんなことを、俺は確かに考えていた。
苦しい日々の中で、いつの間にか忘れていた感情。
この時は、確かに思い出せていた。
それなのに。
――どうして、あんなに時間がかかったんだろう。
食事を終え、部屋に戻った俺とアスカは、二段ベッドを挟んで横になっていた。
話すことは特別なことじゃない。
昔話――というほど昔でもない、くだらない思い出だ。
「なぁ、レイル」
上から声が降ってくる。
「初日にさ。英雄になろうって言ったの、覚えてるか?」
「あんまり覚えてないな。眠くて、すぐ寝た気がする」
正直に答えると、アスカは声を立てて笑った。
「それならいいんだよ!!
悪いな、あの時は」
少しだけ、声が低くなる。
「あの頃の俺、まだレイルのこと信用しきれてなかった。
いい奴だなーとは思ってたけどな!」
俺は、アスカの言葉を遮った。
「会って初日じゃ、分かるわけないだろ。
それでも相棒にしてくれて、ありがとうな」
そう言って、目を閉じる。
少しの沈黙。
「……レイル」
間を置いて、アスカが言った。
「死ぬなよ」
冗談にしては、声が低すぎた。
「お前さ、優しいだろ。
絶対、無茶するタイプだ」
ベッドが、きしりと鳴る。
「そういう奴から先に死ぬんだ。
だから、ちゃんと覚えとけよ」
今度は、俺が返す番だった。
「それ言うなら、アスカもだ」
天井を見つめたまま言う。
「無茶すんなよ」
冗談なのか、本音なのか。
互いに分からないまま、言葉だけが落ちていく。
その時、ドアがノックされた。
⸻
「次は……アスカとレイルか」
入ってきたのはラセルだった。
部屋を一瞥し、少しだけ目を細める。
「思ったより綺麗だな。
掃除できるタイプだったとは、驚いた」
そう言いながら、軍服を二着、差し出してきた。
――同じものだ。
「お前たちは、これから調査隊だ。
訓練兵の服とは、まったく違う」
その言葉に、アスカが即座に反発する。
「俺、討伐隊希望出しただろ!
なんで調査隊なんだ!」
ラセルは、すぐには答えなかった。
俺たち二人を見て、ゆっくり口を開く。
「いいか、アスカ。
レイルも、よく聞いておけ」
淡々と、だが重い声だった。
「お前たちの初日の行動はな、
俺が若手を指導して五年――一度も見たことがない」
ラセルは続ける。
「仲間を守るために、自分の命を危険に晒す。
無謀だと分かっていても、踏み込む」
一拍。
「その性格は、秩序ある軍では“弱み”になる」
俺もアスカも、何も言えなかった。
「だが」
ラセルは言葉を切る。
「お前たちは、身体能力も剣の才能も突出している」
そして、淡々と告げた。
「リュシアン殿からの直命だ。
お前たちは未来の幹部候補として、同じ部隊に配属する」
アスカの肩を、軽く叩く。
「それでも、不満か?」
アスカは一度、視線を落とし――そして顔を上げた。
「正直、不満です」
だが、すぐに笑う。
「けど……レイルがいて、リュシアンからも期待されてるなら。
やってみます!」
その笑顔を見て、ラセルは俺に視線を向ける。
「レイル。
本来、お前は本来警備隊配属だった」
一瞬、胸が詰まる。
「だが、リュシアン殿の命で調査隊に変更だ。
お前も――期待されている」
信じられなかった。
俺が、期待されている?
「レイル!
よかったな!」
アスカが、俺の肩を掴んで笑う。
「また一緒だ!」
ラセルは、それを見て踵を返した。
俺は、咄嗟に声を上げた。
「……俺に剣の道を、
兵士としての道標を示してくれて――ありがとうございました!」
深く、頭を下げる。
ラセルは振り返らなかった。
ただ、肩をわずかに震わせて、部屋を出ていった。
ラセルが去った後も、俺はしばらく立ち尽くしていた。
胸の奥に残った、言葉にできない余韻を噛みしめていると――
「でさ」
背後から、いつもの声。
「明日から、どこ行けばいいんだ?」
あまりにも、いつも通り。
「あ……」
俺とアスカは顔を見合わせ、そのまま固まった。
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