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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
1章 訓練編
17/24

1-17 英雄の直命、調査隊の二人

ーー王国歴143年6月30日 5:45


 いつもの、うるさいサイレンは鳴らなかった。

 それなのに、俺は自然と目を覚ましていた。


 今日で、この部屋ともお別れだ。


 上段から、勢いよく影が降ってくる。


「おはよーさん!」


 アスカだった。

 いつもより、いや――普段以上に元気そうだ。


「おはよう、アスカ」


 短く返して、ベッドから降りる。


「今日で終わりだな」


 呟くように言うと、アスカは振り返り、いつもの笑顔で言った。


「今日からが始まりだろ! 行こうぜ!」


 そう言って、迷いなくグラウンドへ向かう背中。

 俺は、少しだけ遅れて、その後を追った。



 グラウンドには、すでにラセルが立っていた。

 朝礼は、いつも通り始まる。


「今日までよくやった!!

 百人全員、無事合格だ!」


 兵士たちの肩が、わずかに揺れる。

 声は上がらない。

 だが、誰もが確かに喜んでいた。


「九時より、配属先の伝達と軍服の支給を行う!

 各自、部屋で待機!」


 そう言い残し、ラセルは小屋へ戻っていった。


「なぁレイル、飯行こうぜ!」


 アスカが、振り返って手を振る。


「配属先、みんな一緒だといいな」


 俺の言葉に、アスカは一瞬だけ目を細めた。


「違っても仲間だろ。

 それより、早く飯――」


 言い終わる前に、もう食堂へ向かっていた。



「はぁ……この飯も今日で最後か」


 串に刺さった肉を齧りながら、アスカが言う。

 本当に名残惜しそうな顔だった。


「王国の備蓄食も美味しいですよ!

 龍脈キットの紫色のパンみたいなのも!」


「アルト、俺あれ食ったことねぇぞ」


「……では、なぜあれほど兵器を使って平気なのですか?」


「細かいこと気にすんな!」


 アスカは、豪快に笑って肉を頬張る。


「今日で……最後なんだね」


 ミレアの声は、小さかった。


「違うだろ!」


 アスカが、即座に言い切る。


「今日が最後じゃねぇ。

 俺たちは、今から始まるんだよ!」


 その言葉に、カレンがため息をつく。


「みんなが、あんたみたいに前向けるわけじゃないの」


 視線を落としながら、続ける。


「離れ離れになるのは……やっぱり、寂しいよ」


 アスカは少し考え――それから、いつも通りの声で言った。


「だからだろ。

 ここからは、それぞれの道を進むんだ」


 指を一本ずつ立てる。


「俺とレイルは、リュシアンを超える英雄になる」


「僕は、兵器技術者になります。

 一人でも、兵士の死を減らすために」


「私は……守りたい。

 もう、守られてばかりは嫌」


 ミレアの声は震えていたが、目は真っ直ぐだった。


「怖いよ。でも――それでも、守りたい」


 カレンは目を閉じ、小さく頷いた。


 アスカが笑う。


「みんな、守りたいものは同じだ!」


 テーブルに、拳を軽く置く。


「それを守るために進む。

 それでいいだろ?」


 誰も、否定しなかった。



 守りたいもの。

 ――そんなことを、俺は確かに考えていた。


 苦しい日々の中で、いつの間にか忘れていた感情。

 この時は、確かに思い出せていた。


 それなのに。


 ――どうして、あんなに時間がかかったんだろう。


 食事を終え、部屋に戻った俺とアスカは、二段ベッドを挟んで横になっていた。

 話すことは特別なことじゃない。

 昔話――というほど昔でもない、くだらない思い出だ。


「なぁ、レイル」


 上から声が降ってくる。


「初日にさ。英雄になろうって言ったの、覚えてるか?」


「あんまり覚えてないな。眠くて、すぐ寝た気がする」


 正直に答えると、アスカは声を立てて笑った。


「それならいいんだよ!!

 悪いな、あの時は」


 少しだけ、声が低くなる。


「あの頃の俺、まだレイルのこと信用しきれてなかった。

 いい奴だなーとは思ってたけどな!」


 俺は、アスカの言葉を遮った。


「会って初日じゃ、分かるわけないだろ。

 それでも相棒にしてくれて、ありがとうな」


 そう言って、目を閉じる。


 少しの沈黙。


「……レイル」


 間を置いて、アスカが言った。


「死ぬなよ」


 冗談にしては、声が低すぎた。


「お前さ、優しいだろ。

 絶対、無茶するタイプだ」


 ベッドが、きしりと鳴る。


「そういう奴から先に死ぬんだ。

 だから、ちゃんと覚えとけよ」


 今度は、俺が返す番だった。


「それ言うなら、アスカもだ」


 天井を見つめたまま言う。


「無茶すんなよ」


 冗談なのか、本音なのか。

 互いに分からないまま、言葉だけが落ちていく。


 その時、ドアがノックされた。



「次は……アスカとレイルか」


 入ってきたのはラセルだった。


 部屋を一瞥し、少しだけ目を細める。


「思ったより綺麗だな。

 掃除できるタイプだったとは、驚いた」


 そう言いながら、軍服を二着、差し出してきた。

 ――同じものだ。


「お前たちは、これから調査隊だ。

 訓練兵の服とは、まったく違う」


 その言葉に、アスカが即座に反発する。


「俺、討伐隊希望出しただろ!

 なんで調査隊なんだ!」


 ラセルは、すぐには答えなかった。

 俺たち二人を見て、ゆっくり口を開く。


「いいか、アスカ。

 レイルも、よく聞いておけ」


 淡々と、だが重い声だった。


「お前たちの初日の行動はな、

 俺が若手を指導して五年――一度も見たことがない」


 ラセルは続ける。


「仲間を守るために、自分の命を危険に晒す。

 無謀だと分かっていても、踏み込む」


 一拍。


「その性格は、秩序ある軍では“弱み”になる」


 俺もアスカも、何も言えなかった。


「だが」


 ラセルは言葉を切る。


「お前たちは、身体能力も剣の才能も突出している」


 そして、淡々と告げた。


「リュシアン殿からの直命だ。

 お前たちは未来の幹部候補として、同じ部隊に配属する」


 アスカの肩を、軽く叩く。


「それでも、不満か?」


 アスカは一度、視線を落とし――そして顔を上げた。


「正直、不満です」


 だが、すぐに笑う。


「けど……レイルがいて、リュシアンからも期待されてるなら。

 やってみます!」


 その笑顔を見て、ラセルは俺に視線を向ける。


「レイル。

 本来、お前は本来警備隊配属だった」


 一瞬、胸が詰まる。


「だが、リュシアン殿の命で調査隊に変更だ。

 お前も――期待されている」


 信じられなかった。

 俺が、期待されている?


「レイル!

 よかったな!」


 アスカが、俺の肩を掴んで笑う。


「また一緒だ!」


 ラセルは、それを見て踵を返した。


 俺は、咄嗟に声を上げた。


「……俺に剣の道を、

 兵士としての道標を示してくれて――ありがとうございました!」


 深く、頭を下げる。


 ラセルは振り返らなかった。

 ただ、肩をわずかに震わせて、部屋を出ていった。

  ラセルが去った後も、俺はしばらく立ち尽くしていた。

 胸の奥に残った、言葉にできない余韻を噛みしめていると――


「でさ」


 背後から、いつもの声。


「明日から、どこ行けばいいんだ?」


 あまりにも、いつも通り。


「あ……」


 俺とアスカは顔を見合わせ、そのまま固まった。

Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています


→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ

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