1-16 王国兵器なき合格
「……思ったより、綺麗な部屋だね」
部屋に入るなり、ミレアが何気なく言う。
「おいミレア。
もうちょっと緊張感持てよ。試験だぞ?」
アスカがそう言うが、本人が一番緊張していない。
「み、皆さんは……平気なのですか?」
アルトの声が震えていた。
見ると、足がわずかに揺れている。
五人で一室。
狭い空間だからこそ、不安もよく伝わる。
そんな中、カレンが俺の袖を引いた。
「レイル、ちょっと」
部屋の外へ連れ出される。
「ねぇ」
カレンは、いつになく真剣な表情だった。
「あんた、命の危険があっても……
みんなを守るために無茶するでしょ」
否定できなかった。
「私は一応、この班のリーダーだから言う」
カレンはゆっくりと言葉を選ぶ。
「無理はしないで。
私たちを、ちゃんと頼って」
俺は一瞬、言葉に詰まり――そして、正直に聞いてしまった。
「……俺が、王国兵器を使えないからだよな」
カレンは、目を伏せた。
「あんたは強い。
剣術なら、アスカ以外に敵はいない」
それでも、と続けようとするカレンの言葉を、俺は遮った。
「分かってる」
笑顔を作る。
「だからさ。
俺がピンチの時は、みんな頼りにしてる」
そう言うしかなかった。
弱いと思われているなら――
ここから、証明するだけだ。
部屋の扉を開けた瞬間、放送が響く。
「カイザ班。グラウンドまで来い!」
ラセルの声だ。
どうやら、班ごとに試験が行われるらしい。
「班ごとなら余裕じゃね?」
アスカが腕を組み、得意げに言う。
「俺とレイルがいれば、敵なしだろ」
「ちょっと待ってください、アスカくん」
アルトがすぐに反論する。
「僕の作戦がなければ、あなたたちは突っ込むだけです」
「そうそう! アルト頼むわ!」
中ではまた騒がしくなり、
それを見てミレアが小さく微笑む。
――この時間が、ずっと続けばいい。
そんなことを、思ってしまった。
五分おきに、次々と班が呼ばれていく。
二時間ほど経った頃、ついに――
「ミレア班。
直ちにグラウンドへ来い!」
その声が響いた。
俺は、誰よりも早く立ち上がり――
そして、誰よりもゆっくりと、グラウンドへ向かった。
グラウンドに出ると、ラセルが仁王立ちで待っていた。
ラセルの立っていた位置はいつもよりグラウンドの隅の小屋に近い場所だった。
「よく来たな。お前たちが――最後の班だ」
その声は、いつもより低く、静かだった。
「最後にしたのは、俺の独断だ」
一拍、間を置く。
「お前たちの戦いを見たあとに他の班を見ると……
どうにも、つまらなくなりそうでな」
その言葉に、空気がわずかに張り詰めた。
ラセルは小屋の方へ視線を送る。
「三十秒後、あの小屋から魔族が出る」
短く告げる。
「各々、一人で相手をしろ。
まずは――アスカだ」
「一人で、ですか!?」
アルトが思わず声を上げる。
「ああ。戦場では孤立することもある」
ラセルは淡々と言った。
「最低限、一人で生き残れる力がなければ意味がない」
沈黙。
やがて、小屋の扉が軋む音を立てて開いた。
現れたのは、熊型の魔族。
分厚い毛皮と、鈍く光る爪。
次の瞬間――
乾いた発砲音。
アスカの構えた長銃から放たれた一撃が、魔族の頭部を正確に貫いた。
巨体が、音を立てて崩れ落ちる。
「……これで終わりか?」
振り返りもせず、アスカが言う。
「ああ。合格だ」
ラセルは即答した。
「みんな俺が余裕だったからって気ぃ抜くなよー!」
アスカはそう言いながら、ラセルの後ろへ下がる。
「次。カレン」
「はい」
カレンはジオガンを手に前へ出る。
魔族が飛び出した瞬間、距離を詰め――
地面に投げられた球体が、紫色の膜を展開した。
魔族が怯んだ、その一瞬。
銃声。
頭部を撃ち抜かれ、魔族は倒れる。
「合格。教本通りだ」
カレンは照れたように笑い、アスカの隣へ。
「次、ミレア」
ミレアは静かに長銃を構える。
魔族が完全に姿を現すより早く――
一閃。
倒れる音すら遅れて聞こえた。
「合格」
ラセルの声が短く響く。
「次はアルトだ」
アルトの膝が、僅かに震えている。
魔族が出てくる。
アルトは地面に四角い装置を置いた。
人型の人形が展開され、魔族の注意を引く。
「来ないと分かっていれば……怖くありません」
魔族が人形を叩いた瞬間。
轟音。
重量砲の一撃で、魔族は跡形もなく消えた。
「理論通りだな。合格」
静寂が落ちる。
残っているのは――俺だけ。
「レイル」
ラセルが、こちらを見る。
「お前は、何で戦う?」
分かっていた問いだった。
「――剣一本です」
そう答えると、ラセルは小さく笑った。
アスカ以外の全員が、心配そうな目を向けてくる。
俺は頬を一度叩き、前へ出た。
剣を握る。
小屋の前に立ち、魔族が現れるのを待つ。
――ここからだ。
小屋の扉が、ゆっくりと開いた。
熊型の魔族と、俺は正面から目を合わせる。
「――うおおおおおっ!!」
獣じみた咆哮。
だが、その威嚇は――もう、俺の心を揺らさなかった。
地面を蹴る。
狙いは足。
だが、振り下ろした剣は、魔族の爪に弾かれた。
――重い。
アスカに弾かれた時と同じ……いや、それ以上。
魔族は一瞬の隙を逃さず、飛びかかってくる。
反射的に身を捻り、かわす。
――一撃で倒すつもりだった。
だが、無理だ。
再び踏み込み、斬りかかる。
また弾かれる。
速い。
重い。
人間とは、明らかに違う。
剣と爪がぶつかり合う。
金属音が、連続して響く。
距離を取ろうとした瞬間、
今まで以上に重い一撃が飛んできた。
――まずい。
押され続ければ、体力が先に尽きる。
アスカの時のように、速さで隙を作ることもできない。
防ぎながら、考える。
必死に、考える。
「レイルくんの強みは、折れない心です!!」
聞き覚えのある声。
視界の端で、アルトが立ち上がっているのが見えた。
「ピンチにこそ、攻撃のチャンスがあります!!」
「レイル!!」
次に響いたのは、アスカの声。
「お前が負けたら、俺が勝ち方教えてやるからな!!」
――空気読めよ。
そう思ったのに、なぜか笑えた。
胸の奥にあった恐怖が、すっと引いていく。
「レイルさん!!」
ミレアの声。
「勝って、みんなでまたピクニックに行こう!!」
あんなに声を張るミレアを、俺は初めて見た。
金属音が、さらに激しくなる。
魔族の攻撃が速くなる。
その瞬間――気づいた。
腕を振り上げた時、
その腕の内側が、がら空きだ。
「レイル!!」
カレンの声が飛ぶ。
「みんなで合格するんでしょ!!
早く勝ちなさいよ!!」
わがままな声。
――でも、それでいい。
魔族が腕を振り上げた瞬間。
俺は、地面を強く蹴った。
剣を、振り抜く。
硬い感触。
それでも――
俺の気持ちを乗せた刃は、
魔族の腕を、切り落とした。
鈍い音。
片腕を失い、魔族が苦しむ。
次の瞬間、俺は首を斬った。
熊型の魔族が、地面に崩れ落ちる。
静寂。
俺は、ゆっくりと仲間たちの方へ歩いた。
「……応援は禁止だぞ」
ラセルが、静かに言う。
「説明されていないルールを出されては困ります」
アルトが眼鏡を押し上げる。
ラセルは――怒らなかった。
むしろ、どこか優しそうに笑い、小屋へ背を向ける。
「レイル。合格だ」
「全員、よくやった」
その背中は、
何かを背負ってきた男の背中だった。
「やりましたね! レイルくん!!」
アルトはそう言うと、珍しく俺の肩に手を置いた。
「やはり僕の“カウンターを決めろ”というアドバイスに気づいてくれたのですね!」
正直、アルトの言葉の意味を完全に理解していたわけじゃない。
俺は苦笑いしながら答える。
「そ、そうだな。ありがとう。助かったよ」
「まあ、僕はこのチームの戦略担当ですからね」
アルトは満足そうに、少しだけ胸を張った。
「やっぱりすごいね……レイルさんって」
ミレアが、まっすぐ俺を見つめて言う。
「アスカさんとは、違う強さがあるよ」
その言葉に、俺の顔が熱くなるのが分かった。
逃げ場のないほど真っ直ぐな瞳が、やけに眩しい。
「……とりあえず、全員合格できてよかったね!」
空気を切り替えるように、カレンが明るく言った。
「じゃあ、この後はまたあの公園でピクニックに行こっか!!」
そう言って、スキップするように兵舎の方へ向かっていく。なんでピクニックに行くんだと思ったがみんな乗り気だったので何も言えなかった。
「私も用意してくるね」
「僕も準備をしてきます」
ミレアとアルトも、それぞれ後に続いた。
最後に残ったアスカが、珍しく静かな声で言う。
「……これからも頼むぜ」
少し間を置いて、いつもの調子で続けた。
「いや、ここからが本番だからな!!」
肩を叩かれ、俺たちは並んで兵舎へ向かう。
「王国兵器より、俺の方が強いかもしれないな」
冗談半分で言うと、
「王国兵器より強くても、王国兵器を使う俺よりは弱いだろ」
即座に返ってきた。
「……いつか超えてみせるさ」
「ははっ、言ってろ」
二人で笑い合いながら、ピクニックの準備を始める。
その日のピクニックは、
誰にも邪魔されることなく、最後まで楽しめた。
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