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1-14 対等であることの証明

――バシィッ

――バシィッ

――バチッ

――バチッ


木刀が弾き合う音が、変わった。


重さが増している。

いや、それだけじゃない。


アスカが、さらに速くなっている。


そう感じた瞬間、俺は強く踏ん張り、一度だけ全力で弾いた。


距離を取る。


「アスカ……やるな……」


ハア、と息を吐きながら呟く。


「だろ?」


アスカは笑ったまま、言い切った。


「もう終わりにするぞ、レイル!!」


次の瞬間。


アスカが地面を蹴った。


迷いのない、一直線の突進。


このまま打ち合っても、勝ち目はない。


――なら。


俺は、逃げるのをやめた。


迎え撃つ構えを取る。


アスカが近づいてくる。


ゆっくり……

ゆっくりと。


実際には、あり得ないほどの速度だったはずだ。

けれど、この瞬間、俺の世界では時間が引き伸ばされていた。


引きつける。


もっと。


アスカの木刀が届くまで――


1メートル。


10センチ。


――今だ。


俺は身体を捻り、攻撃をかわす。


そして、自分がいた足元へ木刀を滑り込ませた。


アスカは速すぎた。


俺の木刀に当たる直前、地面を蹴って避ける。


だが――


バランスが、わずかに崩れる。


――ガガガガガガ


地面を滑る音。


それを聞いた瞬間、俺はもう動いていた。


地面を強く蹴り、

アスカが起き上がる、その軌道へ。


木刀を、置く。


「……俺の勝ちだよ、アスカ」


優しく。

それでも、確かに。


俺は木刀を、アスカに当てた。


一瞬の静寂。


そして――


ラセルの旗が、力強く上がる。


「レイルの勝ち!!

優勝は――レイルだ!!!」


応援席から、歓声が爆発した。


俺は、勝った。


この最強で、

この最高の相棒に。


  アスカは倒れたまま、笑いながら俺に声をかけてきた。


「ハハ!! やっぱり最高だよ、レイル!!」


 そう言って、よっと軽い動きで地面から起き上がる。


「やっぱり俺の相棒は、お前しかいねぇ!」


 その言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 いつも「相棒」と呼ばれてきたけれど、その意味をちゃんと考えたことはなかった。


「なぁアスカ。お前の言う相棒って、どういう意味なんだ?」


 アスカは一瞬きょとんとし、目を丸くする。


「今さらかよ」


 呆れたように言いながら、服についた土を払い落とした。


「俺と、唯一対等に渡り合える男ってことだ」


 その言葉に、妙に納得してしまった。


「次は負けないからな」


 アスカはそう言って、拳を突き出してくる。

 俺も自然と拳を合わせた。


「次も返り討ちにしてやるよ」


 拳と拳が触れ合った、この瞬間。

 間違いなく、俺の人生で大切な一瞬のひとつだった。


「アスカ! レイル! 凄いじゃない!」


 応援席から、カレンが勢いよく駆け寄ってくる。


「カレン! 俺、負けちまったよ……」


 アスカは少し残念そうに言う。

 俺には笑顔を向けていたが、それが悔しさを隠すためじゃないことは分かっていた。


「私には速すぎてほとんど見えなかったけど、頭の差が出た感じだったね!」


「そんなことねーよ!」


 賑やかにやり取りしていると、アルトとミレアも歩いてくる。


「僕の武術では、まだ二人には勝てそうにありませんね……」


 アルトは眼鏡をクイっと上げ、俺を見た。


「レイルくんには龍脈のエネルギーを放出できない以外にも、こんな才能があったとは……」


 目を輝かせるアルトに、ミレアがすぐさま口を挟む。


「みんな、そんなことはどうでもいいでしょ。レイルさんとアスカさん、体がボロボロじゃない」


 言われて、俺とアスカは顔を見合わせた。

 アスカは全身が擦り傷だらけで、木刀を握りしめていた手からは血が滲んでいる。


 ――本当に、激しい戦いだった。


「俺もレイルも、全然痛くねーよ!」


 アスカがそう言うと、ミレアは呆れたようにため息をついた。


「二人が平気でも、私が心配なの!」


 そう言って、俺たちを部屋へ連れて行こうとする。


「待て! お前たち!!」


 ラセルの声が響いた。


「明日も、いつも通りの時間から朝礼だ。忘れるなよ!」


 そう言い残し、ラセルは皆の方へ戻っていく。


 そして、兵舎へ向かう俺たちにも聞こえる大声で叫んだ。


「本日の訓練は、これで終わりだ!!

 悔しかった者は、私と居残り練習をするぞ!!」


 木刀を手に、やる気満々なラセルの背中。


 ……どれだけ悔しかったんだよ。

 

 ――王国歴143年3月4日 9:00


 俺とアスカは、包帯でぐるぐる巻きにされた身体のままグラウンドへ向かっていた。

 昨日の戦いの後、ミレアが「ここも」「ここも」と、かすり傷にまで律儀に包帯を巻いたせいで、二人揃って重傷者のような見た目になっている。


「なあレイル。これ、どう見ても戦場帰りだよな」


「黙って歩こう。余計に目立つ」


 そんなやり取りをしていると、ラセルがこちらを手招きした。

 剣術グループの中でも、俺たち二人だけを呼び止める。


「正直に言っていいか」


 ラセルはそう前置きし、迷いなく続けた。


「お前たちは、もう俺より強い」


 淡々とした声だった。

 だが、その奥にある感情は、俺にもはっきりと伝わった。


「これから残り一ヶ月。二人で高め合え」


 ラセルは俺とアスカを交互に見る。


「剣術は、補助じゃない。

 やり方次第では――王国の兵器になり得る」


 それだけ言うと、ラセルは他の訓練兵の元へ戻ろうとした。

 だが、すれ違いざま、俺の耳元にだけ低く囁く。


「……リュシアン殿も、剣で戦う」


 一瞬、呼吸が止まる。


「諦めるな」


 それだけ言い残し、ラセルは何事もなかったように歩いていった。


 ――ありがとう、ラセル長官。


 俺は心の中でそう呟き、隣を見る。


「アスカ」


「おう?」


「基礎練習。

 どっちが長く、効果的に続けられるか――競わないか」


 アスカは一瞬きょとんとした後、すぐに笑った。


「当たり前だろ」


 包帯だらけの拳を軽く鳴らす。


「負けないからな!」


 こうして、俺たちの残り一ヶ月は、すべて競い合いの時間になった。


 回数も、勝敗も、細かい結果は覚えていない。

 ただ一つ確かなのは――


 最後まで、互角だったということだ。


 ――王国歴143年4月4日 5:45


 いつもの、うるさいサイレンが兵舎に鳴り響いた。

 この音も、あと三ヶ月で聞こえなくなる。そう思うと、少しだけ胸が締めつけられる。


 アスカは相変わらず、まだ寝ている。

 俺はいつも通り、そいつを放置して静かに兵士服へ着替えた。


「……ほら、起きろ」


 肩を軽く揺すって起こし、二人でグラウンドへ向かう。


 すでに整列した兵士たちの前に立ったラセルが、短く告げた。


「本日の訓練は休みとする!!」


 一瞬、どよめきが走る。


「明日から王国兵器の訓練を始める。今日はしっかり休め」


 それだけ言うと、ラセルは少し疲れた足取りで小屋へ戻っていった。

 どうやら、俺たちの試合に感化されて、他の剣術組と相当無茶な特訓をしていたらしい。


「……あの人、絶対やりすぎてるよな」


 アスカがぼそっと言う。


 そこへ、二人組が近づいてきた。


「おう、レイル、アスカ!」


 自称“兵士一、屈強な身体”のカイザと、

 自称“兵士一、屈強な精神”のヴァンだ。


「今日も手合わせ、頼めないか?」


「昨日も一昨日もやっただろ」


 アスカが即答する。


「基礎練しろよ」


 二人は顔を見合わせ、無言で何かを察したらしい。

 そのまま外周へ走り出していった。


 あの日――俺とアスカが試合をした日からだ。

 周りの俺たちを見る目が、明らかに変わった。


 声をかけられる回数も、視線の数も、以前とは比べものにならない。


「レイル……有名人になるって、結構しんどいな」


 アスカが珍しく困ったように言う。


「賑やかな方がいい」


 俺は即答した。


「無視されるより、ずっとマシだろ」


 そう言って、食堂の方へ歩き出す。


「ちょっと待って!」


 背後から、明るい声。


 振り返ると、カレンが立っていた。


「カレン、なんだよ」


 アスカが言いかける。


「俺とレイル、今日は二人で基礎――」


「せっかくの休みでしょ!」


 カレンは話を遮るように言った。


「みんなで公園にピクニック行こうよ!!

 アルトとミレアだけだと、荷物運び大変だし!」


 ……お前は運ばないのか、とは口に出さなかった。

 たぶん、カレンなりの考えがあるのだろう。


 アスカは一瞬だけ迷い、すぐに手のひらを返した。


「レイルー!」


 俺の肩を叩く。


「今日は基礎練やめて、ピクニック行こうぜ!な?いいだろ?」


 なぜか決定権は俺にあるらしい。


「……たまには、いいか」


 そう答えると、アスカは満面の笑みを浮かべた。


「ピクニック、楽しみだな」


 俺はそう言って、大きく手を振り、部屋へ戻る。


 私服に着替える。

 リフォード村で、親に買ってもらった少し古臭い服。


 アスカも、似たような格好だった。


 ――明日からは、また別の戦いが始まる。


 だから今日くらいは、剣を置いてもいい。


「王国にも、こんな場所あったんだなー」


 アスカが、呑気に空を見上げながら言った。


「いいでしょ?」


 その隣で、カレンが得意そうに笑う。


「ミレアが教えてくれたんだ」


「ここはね」


 ミレアが一歩前に出て、周囲を見渡した。


「王国の中でも、かなり貴重な場所なの。自然が多くて、ベンチもあって……野生の動物もいる」


 草木の間を、風が抜けていく。


「これが“誰でも使える”なんて、本当にすごいことなんだよ」


「王国内に自然は少ないですからね」


 アルトが、いつもの仕草で眼鏡を押し上げる。


「壁の内側、それも居住区にこれほどの自然がある。王国の発展……いえ、余裕を感じます」


「あ、ここだ」


 カレンがしゃがみ込み、紫色の布を広げた。


「地面だと汚れちゃうからね」


「すげー! なんだこれ?」


 アスカが身を乗り出す。


「龍脈シートよ」


 カレンは当然のように答える。


「龍脈エネルギーを流すと縮んで、受け入れると開くの。……アスカ、本当に話聞いて――ないよね」


 呆れたように笑いながら、シートに腰を下ろす。


「みんな座って!

 食べ物はレイルがいっぱい持ってきてくれてるから!」


 ――そう。持ってきているのは俺だ。


 両手の袋には、パンと肉がぎっしり。

 代わりに、アスカの手には水袋がある。


 カレン曰く、これも“基礎練の代わり”らしい。


 袋をシートの上に置き、腰を下ろす。

 アスカも隣に座った。


「何時間歩いたんだよ。マジで疲れたー」


 汗ひとつかいていない顔で言うのが、こいつらしい。


 カレンとミレアが、料理を取り分けていく。

 ――色が紫じゃないことに、密かに安堵した。


「アスカさん、お皿ここに置きますね」


「レイル、お疲れ様」


 それぞれの前に皿が並ぶ。


「いつもありがとう!!」


 カレンが勢いよく言った。


「これからも協力して、みんなで頑張ろう!」


 コップに水は入っていない。

 でも、勢いだけは完璧な乾杯だった。


 太陽がまだ低いうちから始まったピクニック。


 アスカとアルトの無茶な武術勝負。

 ミレアとカレンの止まらない女子トーク。

 男三人で盛り上がった、どうでもいい“モテ談義”。


 気づけば、太陽は真上に来ていた。


 この時間。

 この場所。

 この距離感。


 俺は――心の底から笑っていた。


 本当に、久しぶりに。

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