1-13 届かない一撃、終わらない攻防
「やっとだな!!」
アスカはそう叫ぶと、応援席にいる俺へ手を伸ばした。
「レイル!お前とやるのが楽しみで仕方なかった!!」
そのまま俺の手を無理やり掴み、勢いよく引き上げる。
立ち上がった瞬間、周囲のざわめきに気づいた。
――人が多い。
さっき、俺とラセルが戦っていた時よりも、明らかに多い。
「僕たちに見せてくださいよ」
アルトが一歩前に出て、いつものように眼鏡をクイっと押し上げる。
「剣術の――高みというものを」
「武術だって負けてないんだからね!!」
今度はカレンが声を張り上げる。
「アスカとレイルの剣術なんて、コテンパンにできるんだから!!」
そう言って、軽くシャドーで体術を披露してみせた。
緊張しているはずなのに、いつもの賑やかさがそこにはあった。
そんな俺たちのもとへ、ラセルが歩いてくる。
「お前たち二人はな……正直に言っていい」
一瞬、場が静まる。
「過去に類を見ないほど、剣術に秀でている」
ラセルはそう言ってから、続けた。
「武術担当のアン殿に頼み、兵士全員にこの試合を見せることにした」
ざわり、と空気が揺れる。
ラセルはガルドの手から旗を受け取った。
「今回の審判は、私がやる」
静かな声だったが、確かな重みがあった。
「私でなければ……見えないかもしれないからな」
アスカはその言葉を聞いても、笑みを崩さない。
むしろ、楽しそうに俺の手を引いた。
「始めようぜ、レイル!」
その横顔を見て、俺も思わず笑っていた。
「ああ」
一歩、前に出る。
「どっちが強いか――決めよう」
俺たちはラセルの前で向かい合い、同時に木刀を構えた。
一瞬、世界が静かになる。
「では――試合開始!」
ラセルの旗が、勢いよく振り下ろされた。
アスカが、勢いよく俺に突っ込んできた。
――速い。
明らかに、今まで戦ってきた誰とも違う。
――バシッ
俺は、間一髪で振り下ろしを木刀で弾いた。
その瞬間、腕に走る衝撃。
重い。
さっきのラセルと――いや、それ以上だ。
「さすがレイル!!」
アスカは弾かれたことを気にも留めず、笑った。
「お前なら、これくらいはやってくれると思ってた!」
次の瞬間、再び距離を詰めてくる。
今度は振り下ろしではない。
横薙ぎ。
――バシッ
咄嗟に判断し、俺はそれも弾き返す。
そのまま後ろへ跳び、距離を取った。
「……アスカ、凄いな」
思わず、本音が零れた。
「レイルこそ」
アスカは肩で息をしながら、楽しそうに言う。
「俺さ、楽しいよ。こうやって打ち合えて」
その言葉通り、
アスカの木刀は止まらない。
速く、
重く、
そして――正確に。
何度も、何度も振り下ろされる。
俺は、防ぐので精一杯だった。
けれど。
耐え続けるうちに、気づく。
振り下ろしの合間。
一瞬だけ、胸が上下する。
――呼吸だ。
次の一撃。
――バシン
木刀と木刀が、真正面からぶつかった。
俺は弾かなかった。
「アスカ。悪いけど――俺の勝ちだ」
「強がるなよ、レイル」
アスカは笑い、さらに圧を強めてくる。
「押してるのは、俺だ!」
速さも、重さも、さらに増す。
だが――
呼吸のリズムだけは、変わらない。
俺は、その一瞬を狙い、木刀を弾いた。
――バシッ
音が響いた瞬間、地面を蹴る。
横へ。
――いける。
そう思った。
次の瞬間。
――バシッ
嫌な音がした。
アスカは、振り下ろした木刀をそのまま地面に突き立て、
俺の一撃を受け止めていた。
「へへ」
アスカが、ニヤリと笑う。
「危なかったぜ、レイル」
俺は後ろへ跳び、わずかに距離を取った。
今のアスカに、この距離で踏み込む。
理由はない。ただの勘だが――やれば負ける。
俺が距離を取ったのを確認すると、アスカは地面に突き刺していた木刀を引き抜いた。
先端は無残に潰れ、木屑があちこちに飛び出している。
「長官!」
アスカは楽しそうに声を張り上げた。
「これ、このままレイルに当たったら危ないからさ。替えてもいい?」
ラセルはタイムを取り、木刀の先端を一瞥する。
そして、すぐに頷いた。
「ああ。替えてきていい。
本物の剣は、地面に突き刺した程度でこうはならん」
その言葉を聞いた瞬間、アスカの表情が明るくなる。
応援席から投げ渡された新しい木刀を受け取り、軽く振って確かめる。
「よし!」
そして、俺を指差した。
「さあ!レイル、来い!!」
俺は地面を強く蹴り、アスカへ踏み込む。
強い。
カウンターを警戒すれば、攻めきれない。
だが、隙を作れば一瞬でやられる。
そう分かっていながら、
俺は持てる全力を、そのまま叩きつけた。
――バシィッ
弾かれる。
――バシィッ
再び弾かれる。
だが、音が違う。
さっきまでとは比べものにならないほど、重い衝撃だ。
――バシィッ
木刀同士が激しく噛み合う。
「レイル」
アスカが笑った。
「悪いけどさ、俺――勝つわ」
「やれるなら、やってみろよ!」
笑い返しながら、俺は再び踏み込む。
その瞬間。
アスカが、今まで一度も見せなかった動きをした。
――突き。
そう理解した時には、もう遅い。
俺は反射的に横へ跳ぶ。
無理な体勢で地面を蹴ったせいで、身体が制御できない。
――ガガガガガガガ
俺は地面を削るように滑った。
急いで起き上がる。
その時には、もう――
アスカが、突っ込んできていた。
――このままじゃ勝てない。
剣技で打ち合えば、
確実に俺の方が先に崩れる。
そう分かっているのに、
考える時間がない。
結局、俺は――
――バシィッ
弾いてしまう。
――バシィッ
――バシィッ
再び、終わりの見えない攻防に飲み込まれていった。
――このままじゃ負ける。
それは直感なんかじゃなかった。
もっと奥、考える前に身体が理解してしまうような、本能的な確信だった。




