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1-11 ライバルは一人、剣は二本

 カレンに手を引っ張られ、俺はカレンとミレアの部屋の前まで来た。


「ほら! 入って!!」


 女の子の部屋に入ってはいけない、そう思った俺をカレンは押し、そのまま無理やり中へ放り込んだ。


「おいアルト! それ俺の肉だ!!」

「知っていましたか? 食事は早い者勝ちなのです」


 アスカとアルトが食べ物を巡って言い合っている。

 それを少し離れた場所で、ミレアが微笑みながら見ていた。


 ――いつもの光景だ。

 俺が、ずっと見てきた日常。


「ちょっと! レイルが来るまで食べちゃダメって言ったでしょ!」


 狭い部屋の中央に置かれた小さなテーブルの上には、五つの皿が並んでいる。

 そのうち三つには、すでに料理が盛られていた。

 皿の置き場所は……なぜか床だったが。


「あーもう! なんでミレアまで食べてるの!」


 カレンは、アスカとアルトについては最初から諦めているようだった。


「みんな食べてたし……」

「レイルさんに、何が美味しいか教えてあげようと思って」


 そう言いながら、ミレアは焼き鳥を頬張る。


 その様子を見ていると、自然と口元が緩んだ。

 さっきまで胸を締めつけていたものが、嘘みたいに遠のいていく。


「レイルさん、座ろう」


 ミレアに促され、俺は五人でぎゅうぎゅうの部屋の中に腰を下ろした。

 床に座っているはずなのに、不思議と寒さを感じない。


 ミレアは俺の前に皿を置き、料理をよそってくれる。

 牛肉、豚肉、鶏肉。

 肉ばかりなのに、それが妙に嬉しかった。


「あーちょっと! 下のベッドは私のなんだけど!」


 カレンの声に振り向く。


 アスカが倒れ、その上にアルトが乗っていた。


「一度でいいから、こうやって体術ごっこをしてみたかったんですよね……」


 アスカは笑いながら技を受けている。

 別に、痛そうでもない。


「そこはもっと、こう押し込むんだよ」

「……こうでしょうか?」


 アスカの指示通りに動いた瞬間、アスカが悲鳴を上げて悶えた。


 その光景を見て、俺は少しだけ息を吐いた。

 ――安心、したんだと思う。


 けれど。


 胸の奥のどこかで、別の感情が引っかかっていた。


 これは、ただ俺を慰めるための時間なんじゃないか。

 ジオガンを撃てなかった俺を、無理に笑わせようとしているだけなんじゃないか。


 そう思ってしまった。


 改めて見渡すと、

 アスカはいつもより声が大きく、

 ミレアはどこか緊張した表情で、

 アルトは必要以上に騒いでいるように見えた。


 励まされているのかもしれない。


 そう気づいた瞬間、胸が少し苦しくなる。


 俺は笑った。

 たしかに、顔では笑えていた。


 けれど――

 心の奥までは、まだ届いていなかった。


   ーー王国歴143年1月7日5:45


 聞き慣れたうるさいサイレンが鳴り響く。

 昨日はこの音に安心したのに、今日はただうるさく感じた。


「よし! 今日も行くぞ!!」


 アスカは珍しく、俺が目を覚ました時にはもう起きていて、二段ベッドの上から勢いよく飛び降りた。


「昨日いっぱい話したおかげでさ! 今日はなんか、やる気に満ち溢れてるんだよ!」


 腕をくるくる回しながら、アスカは本当に楽しそうに言う。


「そうだな。昨日は楽しかったよ」


 俺もそう返し、顔では笑いながらベッドを降りる。

 制服に袖を通す手が、ほんの少しだけ重かった。


 いつも通りグラウンドに出て、ラセルの――相変わらず意味のない朝礼を受ける。


「みんな! 昨日はしっかり休めたか?」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 誰も答えない。


 ラセルは少しだけ眉をひそめ、


「……ごほん。えー、本日から武術と剣術の訓練を行う!」


 声を張り上げる。


「一昨日行ったジオガンの試験だがな、あれがあるだけで魔族に勝てると思う大馬鹿野郎が出ると困る!」

「だから先に、こちらをやる!」


 さらに声量を上げる。


「本日から三ヶ月!! 毎日訓練だ! いいな!!」


 そう言い残し、ラセルはいつもの小屋の方へ歩いていった。


 その途中――一瞬だけ、ラセルの視線がこちらに向いたような気がした。

 けれど、俺はすぐに目を逸らした。


 気のせいだ。

 きっと、そうだ。


  食事を終え、再びグラウンドに戻ってきた俺は、誰よりも早くそこに立っていた。

 まだ人影のまばらな外周を、黙々と走る。


 王国兵器が使えない自分が、どうすればみんなと同じ場所に立てるのか。

 考えた末に出た答えは、ひどく単純だった。


 ――王国兵器以外で、誰にも負けなければいい。


 外周を三周ほど走ったところで、背後から足音が近づいてくる。


「レイル! どこ行ったのかと思ったら、今日は早いな!」


 アスカだった。

 そう言って、当たり前のように俺の隣に並走してくる。


「武術と剣術では、アスカに負けたくなくてさ!」


 歯を食いしばりながらそう言うと、アスカは楽しそうに笑った。


「どっちも俺が勝つけどな!!」


 そのまま、ぐっとペースを上げる。

 挑発なのか、激励なのか。たぶん両方だ。


「……っ!」


 俺も釣られるように速度を上げた。

 肺が焼ける。脚が重い。それでも止まらない。


 ラセルがグラウンドに姿を見せた頃には、

 俺もアスカも、外周の端で膝に手をつき、立ち止まっていた。


 息は荒く、視界が揺れている。

 それでも、不思議と後悔はなかった。


「お前ら……。武術や剣術は、それだけで体力を削り取る過酷な訓練だ。そんな馬鹿な真似オーバーワークはやめろ」


 ラセルは呆れたように、けれどどこか苦いものを噛み潰したような声で俺たちを止めた。

 

「長官! 俺たちは誰よりも強くなる男だぞ!これくらいの消耗、ハンデみたいなもんだ!」


 アスカは荒い息を吐きながらも、迷いのない、はっきりとした声で言い放った。


「そうだな。この程度で凹んでたら、何にも届かない!」

 俺も言葉を重ねる。自分に言い聞かせるように、震える脚に力を込めた。

「……勝手にしろ。倒れても知らないぞ」


 背中に投げられた突き放すような言葉。俺たちはそれに笑いながら応え、白く染まったグラウンドを再び走り出した。

 俺たちの姿を見ていたラセルがどんな表情だったのか今になって知りたくなる。


  9時になり、いつも通りラセルの話が始まった。


「お前達! 武術と剣術、どちらを学びたいか選べ!」


 張りのある声。

 俺は、今までで一番真剣にラセルの言葉を聞いていた。


「剣術は、剣がなければ戦えない」

「王国兵器が使えなくなった時の、補助的な戦闘方法だ」


 一拍置いて、ラセルは続ける。


「対して武術は、魔族相手には向かん」

「威力が高すぎる王国兵器は民間人には使えない。だから警備兵には武術が必要だ」


 説明を終えると、ラセルはグラウンドの中央に立った。


「俺より右側が武術。左側が剣術だ」

「選べ。今すぐだ」


 その瞬間、兵士たちがざわついた。


「どっち行く?」

「楽そうなのがいいよな」

「剣ってかっこよくね?」

「警備兵志望だし武術かな」


 色んな声が飛び交う。


 けれど――俺は、迷わなかった。


 剣術しかない。


 王国兵器が使えない俺が、みんなと並ぶには。

 いや、追いつくどころか追い越すには。


 これを選ばなきゃ、前に進めない。


「レイルー! どっちにすんだ?」


 アスカの明るい声が飛んでくる。


「俺は剣術に行く」

「アスカは?」


 アスカは「何言ってんだ?」みたいな顔をして、即答した。


「決まってんだろ!」

「レイルが行く方に!」


 胸を張って言う。


「俺のライバルは、お前しかいねーんだからな!」


 そう言って、アスカは迷いなくラセルの右側へ向かった。


「……アスカ。そっちは武術だぞ」


 小さく呟きながら、俺はラセルの左側へ歩く。


 数秒後。


「……あれ?」


 アスカが足を止め、こちらを見た。


 俺がいないことに気づいたらしく、首を傾げたあと――

 何事もなかったかのように、こちらへ走ってくる。


 まったく。

 本当に、変わらないやつだ。


 兵士たちの移動が終わると、ラセルは剣術班の前に歩み出てきた。


「剣術班の訓練は、私が担当する」

「よろしく頼む」


 短く、無駄のない挨拶だった。


 そう言うと、ラセルは小屋の方へ視線だけを向ける。

 合図だったのだろう。


 次の瞬間、小屋の扉が開き、白衣を着た男たちが数人現れた。

 彼らは無言のまま、木刀を何十本も抱えてこちらへ運んでくる。


「……今年は多いな」


 ラセルは一人ひとりを見渡しながら、ゆっくりと数えた。


「十五人か」

「例年は十人もいない。珍しいことだ」


 声は淡々としていたが、

 ほんの一瞬、口元が緩んだように見えた。


 ――毎年、この訓練を担当しているのだろう。

 そう思わせる表情だった。


「長官! さっそく剣術教えてくれよ!」


 場の空気を読まない、いつもの声。

 アスカだった。


 ラセルは一度だけアスカを見て、何も言わず頷く。


「まずは木刀を取れ」

「基本の型から叩き込む」


 こうして、俺たちの剣術訓練は始まった。


 構え。

 踏み込み。

 斬り下ろし。

 間の取り方。

 詰め方。

 受け身。


 同じ動作を、何度も、何度も繰り返した。


 腕が上がらなくなっても、

 足が震えても、

 ラセルは決して先に進ませなかった。


「基礎が崩れた剣は、ただの棒だ」


 その言葉だけが、やけに頭に残っている。


 基礎練習は、二ヶ月続いた。


 正直に言えば――

 きつかった。


 素振り。

 復習。

 体力作り。


 どれも、俺一人では続かなかったと思う。


「ほらレイル! 止まんなって!」

「まだ十本残ってるぞ!」


 息を切らしながらも、アスカは笑っていた。

 その笑顔に、何度も引き戻された。


 気づけば、

 剣を握る手の震えは消え、

 足運びも、少しだけ自然になっていた。


 そして――


 基礎練習、終了の日がやってきた。

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