1-10 雪夜の告白、届いた手の温もり
ーー王国歴143年1月6日5:45
いつも通りの、うるさいサイレンが鳴り響く。
ただ、今日の俺はその音に少しだけ安心していた。
昨日が、やっと終わったんだと思えたからだ。
「レイル、帰ってきてたのか!」
「帰ってんなら起こせよな!」
アスカは朝だというのに、やけに元気だった。
俺が部屋に戻ったのは、今日の朝四時。
そんな時間にアスカを起こすなんて、できるはずがない。
「悪いな」
そう返すだけ返して、俺は静かに朝礼へ向かった。
いつもの時間。
いつもの場所。
俺は、ラセルの特に意味のない朝礼を受けていた。
「みんな! 昨日はご苦労だった!!」
「本日は、昨日のお前たちの頑張りを讃え――休日とする!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなる。
……今日は、ジオガンを使わなくていい。
だが、ラセルは小屋に戻る前、俺の前で足を止めた。
「お前は後で小屋に来い」
「必ず、一人でだ」
冷静な声だった。
ラセルはそう言い残すと、
グラウンドに積もった雪に足跡を残しながら小屋へ戻っていく。
「……レイルさん」
か細い声が聞こえた。
振り向くと、ミレアが泣きそうな顔でこちらを見ていた。
やめてくれ。
そんな顔をされると、俺の方が耐えられなくなる。
「んじゃ! 俺は先帰ってるな!」
「早く長官との用事終わらせて、雪合戦でもしよーぜ!」
アスカはそう言って、いつもの調子で兵舎へ戻っていった。
アルトとカレンは、何も言えずにその場に立ち尽くしている。
「じゃあみんな!」
「俺、ちょっと長官のとこ行ってくるわ!」
できるだけ明るく言って、俺は歩き出した。
「……レイルくん」
背後から、アルトに呼び止められる。
「き、昨日は……何時までしていたのですか?」
「その……目に、クマが」
言われて初めて気づいた。
そういえば、寝た記憶がない。
「昨日、夜更かししちまってな!」
「でも今日は訓練休みだし、大丈夫だ」
そう言って、俺は無理に笑った。
振り返らず、小屋へ向かう。
この時、
自分がどんな顔をしていたのかは、わからない。
ただ一つだけ確かなのは――
いい顔じゃなかった、ということだ。
俺は静かに、グラウンドの隅にある小屋へ入った。
ここは昔から、
魔族の犬が飛び出してきたり、
竜核が出てきたり、
いろいろなものを“出す”ために使われてきた場所だ。
だが、中に入るのは今日が初めてだった。
扉を開けると、椅子が六脚と大きな机が一つ。
そのうちの一脚に、ラセルが腰掛けていた。
彼の足元や机の周りには、無造作に本が散らばっている。
「昨日はご苦労だったな、レイル」
「昨日というか……今日だが」
そう言って、ラセルは俺に座るよう手で示した。
「昨日、お前との訓練が終わってから調べてみた」
「龍脈を持たない人間は、存在しないらしい」
ラセルは本をめくりながら続ける。
「だから、お前は――」
「龍脈の“充填スピード”が、極端に遅いだけなのかもしれん」
そう言って、床に散らばった本の山を探り始めた。
「長官……」
「昨日、俺との訓練が終わったの、四時ですよ」
「……寝てないんですか?」
ラセルは答えない。
ただ黙々と、本を漁り続けている。
手持ち無沙汰になった俺は、足元の本のタイトルに目を落とした。
――『龍脈の使い方』
――『優しい教え方』
――『心に響く考え方』
――『剣術・護身術』
――『魔族の特性 上』
他にも、読み切れないほどの本があった。
しばらくして、ラセルが勢いよく立ち上がる。
「レイル!」
「お前に足りないのは、これだ!」
差し出されたのは、
**『龍脈の流し方』**という本だった。
ラセルの説明を、俺なりに噛み砕く。
――強制的に龍脈を放出し続けることで、
――遅い放出速度でも“感覚”として掴めるようになる。
龍脈の流れに気づけないのは珍しいが、
前例がないわけではないらしい。
ラセルは椅子を離れ、
背後の箱から、見覚えのある紫色の球体を取り出した。
「これを持て」
――竜核だ。
「昼まで、ずっと持っていろ」
「そうすれば、どれだけ鈍いお前でも」
「流す感覚を掴めるはずだ」
俺は言われるまま、竜核を抱えた。
昼まで。
いや、気づけば太陽は傾き、
地面を赤く染めていた。
夕方だったのだと思う。
それでも――
何も、わからなかった。
「……何か掴んだか」
ラセルが聞く。
俺は答えられなかった。
言葉の代わりに、
視界が滲み、涙が落ちる。
ラセルは、それ以上俺と目を合わせなかった。
ただ――
彼の足元には、水たまりができていた。
俺が作った涙の水たまりより、
ずっと大きな、水たまりが。
外が完全に闇に染まってから、俺はようやく泣き止んだ。
気づくと、夕方まで降っていなかった雪が強く降っている。
窓の外は白一色で、視界は悪い。
それでも俺は、兵舎に帰りたかった。
今日という、辛い一日を終わらせるために。
「ラセル長官。本日は休日の中、ありがとうございました」
俺は礼儀正しく頭を下げた。
――返事はなかった。
ラセルは机に突っ伏し、そのまま眠ってしまっていた。
俺は彼を起こすことができず、
そっとドアを閉めて小屋を出る。
外に出た瞬間、視界に入った人物に足が止まった。
カレンが、そこに座っていた。
彼女の周りには足跡がなく、
まるで雪が降る前から、ずっと待っていたかのようだった。
王国のコートを四重に着込んだカレンは、
まっすぐ俺の目を見つめる。
「……やっと帰ってきた」
そう言って立ち上がり、
コートについた大量の雪を手で払う。
「みんな、私の部屋で待ってる」
「帰ろうか」
カレンはそう言って、俺の手を取った。
歩き出した途端、
止まったはずの涙が、また溢れてくる。
カレンは力強く手を引きながら、静かに言った。
「ねぇレイル」
「あなたが、私になんて言ったか覚えてる?」
沈黙が落ちる。
答えられない俺を見て、
カレンは分かっていたという顔で続けた。
「あんたは言ってくれた」
「自分を認めろって」
「弱くて、わがままで、
人を馬鹿にしてばっかりだと思ってた私に、だよ」
そして、少しだけ言葉を切る。
「それに……」
「リュシアン様に、あの時会えたのはレイルのおかげだった」
「竜核にエネルギーを吸収させない、あの力は」
「間違いなく、私たちを勝利に導いた」
ここからの言葉は、はっきりと、力強かった。
「だから次は、私たちにレイルを背負わせて」
「リーダーの仕事は、
みんなと支え合うことだから」
「レイルができないことは、私たちがやる」
「レイルにしかできないことを、あなたはやって」
正直、
カレンが何を言いたかったのか、
今でも完全には理解できない。
それでも――
このチームに、自分はいてもいい。
不思議と、そう思えた。
Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています
→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ




