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銀の英雄と世界を覆う噓  作者: hini
1章 訓練編
10/33

1-10 雪夜の告白、届いた手の温もり

ーー王国歴143年1月6日5:45

 いつも通りの、うるさいサイレンが鳴り響く。


 ただ、今日の俺はその音に少しだけ安心していた。

 昨日が、やっと終わったんだと思えたからだ。


「レイル、帰ってきてたのか!」

「帰ってんなら起こせよな!」


 アスカは朝だというのに、やけに元気だった。


 俺が部屋に戻ったのは、今日の朝四時。

 そんな時間にアスカを起こすなんて、できるはずがない。


「悪いな」

 そう返すだけ返して、俺は静かに朝礼へ向かった。


 いつもの時間。

 いつもの場所。


 俺は、ラセルの特に意味のない朝礼を受けていた。


「みんな! 昨日はご苦労だった!!」

「本日は、昨日のお前たちの頑張りを讃え――休日とする!」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなる。


 ……今日は、ジオガンを使わなくていい。


 だが、ラセルは小屋に戻る前、俺の前で足を止めた。


「お前は後で小屋に来い」

「必ず、一人でだ」


 冷静な声だった。


 ラセルはそう言い残すと、

 グラウンドに積もった雪に足跡を残しながら小屋へ戻っていく。


「……レイルさん」


 か細い声が聞こえた。


 振り向くと、ミレアが泣きそうな顔でこちらを見ていた。


 やめてくれ。

 そんな顔をされると、俺の方が耐えられなくなる。


「んじゃ! 俺は先帰ってるな!」

「早く長官との用事終わらせて、雪合戦でもしよーぜ!」


 アスカはそう言って、いつもの調子で兵舎へ戻っていった。


 アルトとカレンは、何も言えずにその場に立ち尽くしている。


「じゃあみんな!」

「俺、ちょっと長官のとこ行ってくるわ!」


 できるだけ明るく言って、俺は歩き出した。


「……レイルくん」


 背後から、アルトに呼び止められる。


「き、昨日は……何時までしていたのですか?」

「その……目に、クマが」


 言われて初めて気づいた。

 そういえば、寝た記憶がない。


「昨日、夜更かししちまってな!」

「でも今日は訓練休みだし、大丈夫だ」


 そう言って、俺は無理に笑った。


 振り返らず、小屋へ向かう。


 この時、

 自分がどんな顔をしていたのかは、わからない。


 ただ一つだけ確かなのは――

 いい顔じゃなかった、ということだ。


  俺は静かに、グラウンドの隅にある小屋へ入った。


 ここは昔から、

 魔族の犬が飛び出してきたり、

 竜核が出てきたり、

 いろいろなものを“出す”ために使われてきた場所だ。


 だが、中に入るのは今日が初めてだった。


 扉を開けると、椅子が六脚と大きな机が一つ。

 そのうちの一脚に、ラセルが腰掛けていた。


 彼の足元や机の周りには、無造作に本が散らばっている。


「昨日はご苦労だったな、レイル」

「昨日というか……今日だが」


 そう言って、ラセルは俺に座るよう手で示した。


「昨日、お前との訓練が終わってから調べてみた」

「龍脈を持たない人間は、存在しないらしい」


 ラセルは本をめくりながら続ける。


「だから、お前は――」

「龍脈の“充填スピード”が、極端に遅いだけなのかもしれん」


 そう言って、床に散らばった本の山を探り始めた。


「長官……」

「昨日、俺との訓練が終わったの、四時ですよ」


「……寝てないんですか?」


 ラセルは答えない。

 ただ黙々と、本を漁り続けている。


 手持ち無沙汰になった俺は、足元の本のタイトルに目を落とした。


 ――『龍脈の使い方』

 ――『優しい教え方』

 ――『心に響く考え方』

 ――『剣術・護身術』

 ――『魔族の特性 上』


 他にも、読み切れないほどの本があった。


 しばらくして、ラセルが勢いよく立ち上がる。


「レイル!」

「お前に足りないのは、これだ!」


 差し出されたのは、

 **『龍脈の流し方』**という本だった。


 ラセルの説明を、俺なりに噛み砕く。


 ――強制的に龍脈を放出し続けることで、

 ――遅い放出速度でも“感覚”として掴めるようになる。


 龍脈の流れに気づけないのは珍しいが、

 前例がないわけではないらしい。


 ラセルは椅子を離れ、

 背後の箱から、見覚えのある紫色の球体を取り出した。


「これを持て」


 ――竜核だ。


「昼まで、ずっと持っていろ」

「そうすれば、どれだけ鈍いお前でも」

「流す感覚を掴めるはずだ」


 俺は言われるまま、竜核を抱えた。


 昼まで。

 いや、気づけば太陽は傾き、

 地面を赤く染めていた。


 夕方だったのだと思う。


 それでも――

 何も、わからなかった。


「……何か掴んだか」


 ラセルが聞く。


 俺は答えられなかった。


 言葉の代わりに、

 視界が滲み、涙が落ちる。


 ラセルは、それ以上俺と目を合わせなかった。


 ただ――

 彼の足元には、水たまりができていた。


 俺が作った涙の水たまりより、

 ずっと大きな、水たまりが。


 外が完全に闇に染まってから、俺はようやく泣き止んだ。


 気づくと、夕方まで降っていなかった雪が強く降っている。

 窓の外は白一色で、視界は悪い。


 それでも俺は、兵舎に帰りたかった。

 今日という、辛い一日を終わらせるために。


「ラセル長官。本日は休日の中、ありがとうございました」


 俺は礼儀正しく頭を下げた。


 ――返事はなかった。


 ラセルは机に突っ伏し、そのまま眠ってしまっていた。


 俺は彼を起こすことができず、

 そっとドアを閉めて小屋を出る。


 外に出た瞬間、視界に入った人物に足が止まった。


 カレンが、そこに座っていた。


 彼女の周りには足跡がなく、

 まるで雪が降る前から、ずっと待っていたかのようだった。


 王国のコートを四重に着込んだカレンは、

 まっすぐ俺の目を見つめる。


「……やっと帰ってきた」


 そう言って立ち上がり、

 コートについた大量の雪を手で払う。


「みんな、私の部屋で待ってる」

「帰ろうか」


 カレンはそう言って、俺の手を取った。


 歩き出した途端、

 止まったはずの涙が、また溢れてくる。


 カレンは力強く手を引きながら、静かに言った。


「ねぇレイル」

「あなたが、私になんて言ったか覚えてる?」


 沈黙が落ちる。


 答えられない俺を見て、

 カレンは分かっていたという顔で続けた。


「あんたは言ってくれた」

「自分を認めろって」


「弱くて、わがままで、

 人を馬鹿にしてばっかりだと思ってた私に、だよ」


 そして、少しだけ言葉を切る。


「それに……」


「リュシアン様に、あの時会えたのはレイルのおかげだった」

「竜核にエネルギーを吸収させない、あの力は」

「間違いなく、私たちを勝利に導いた」


 ここからの言葉は、はっきりと、力強かった。


「だから次は、私たちにレイルを背負わせて」


「リーダーの仕事は、

 みんなと支え合うことだから」


「レイルができないことは、私たちがやる」

「レイルにしかできないことを、あなたはやって」


 正直、

 カレンが何を言いたかったのか、

 今でも完全には理解できない。


 それでも――


 このチームに、自分はいてもいい。


 不思議と、そう思えた。

 

Twitter(X)でも進捗や設定について呟いています


→ https://x.com/do16294?s=21&t=Gi9tqh5ZSyqRTyQ3uDwMHQ

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