彼女の暴露
運転手は車を出した。移動中は無言だった。丹は窓から外の街並みを眺めている。学園での悲しそうな表情は消えていた。泰羅はとりあえず一安心だ。
バックミラー越しに運転手を見ると、彼は後ろの様子などまるで気にしないかのように前だけを見て運転に専念していた。存在を消すのが当たり前かのように。
15分ほど走らせて到着したのは、高級店が立ち並ぶ一角だった。人通りが少ない裏路地に停車して丹は車から降りる。泰羅も彼女について降りると、彼女は窓越しに運転手に何かを話してから車はどこかへと消えてしまった。
(どうやって帰ろうか…)
そう思いながら泰羅は車が消えていった方向を見つめていると、後ろから知らない男の声が聞こえた。
「お待ちしておりました、丹様」
声の方を振り返ると、シンプルだが重厚感のある黒いスーツを着た男が立っていた。どこのブランドかは分からないが、いいスーツを着ているのは確かだ。丹は慣れた様子でその男の後をついて建物の中へ入っていく。泰羅も置いていかれないように慌てて後ろを歩いた。
広い空間をいくつか通り過ぎて、カウンターとテーブル席両方がある場所に入った。ホテルのラウンジのようだ。丹は迷わず二人がけのテーブル席へと進んだ。きっとここでは男性が女性の椅子を引くのだろう、そう思って彼女の後ろに進もうとしたが、先程案内していた男性が椅子を引いて彼女を座らせる。役割がなくなった泰羅はまっすぐ向かい側にある席に座ろうと椅子を引こうとする間もなく、どこからともなく現れたスーツの女性が椅子を引いてくれた。
「ありがとうございます」
こういう接遇に慣れていない庶民の泰羅はどうしていいか分からず、椅子を引いてくれた女性にお礼を伝えるとその女性は一瞬驚いた顔をしてから微笑んだ。女性はメニュー表を泰羅に差し出した。
「お決まりになりましたらお伺いいたします」
そう言って一礼してカウンターの奥へと消えていく。渡されたメニュー表を開くと、写真はなくシンプルに文字だけが並んでいた。泰羅がいつもいくようなお店とは明らかに違う。ここは絶対高級店であるという確信を持った。何故なら値段が書いてないのだから。嫌な予感がしたため、泰羅は恥を忍んで目の前で同じようにメニューを選ぶ彼女に聞く。
「あの、俺、あんまりお金持ってないんだけど、ここ、かなり高いお店だよね?」
「大丈夫、ママのカードあるから」
(おお、これがお嬢様というやつか…これは奢ってくれるってことだよな?)
男としては不甲斐ない気もしなくはないが、この場所に連れてきたのは彼女だ。それに泰羅が庶民で丹がセレブということは紛れもない事実だ。下手に気を使うくらいなら堂々としよう。泰羅はそう思った。
(お茶する程度の金額ならいくら高いとはいえ、バイトすれば返せるだろう…)
泰羅が再びメニューを選び出すと彼女から声がかかる。
「泰羅って、見かけによらず甘いもの好きだよね?」
「……そんなこと君に話したっけ?」
「この前のデビュタントでマカロンとブラウニー食べてたから」
(アレを見られていたのか…)
恥ずかしいような、そんなことも覚えてるくらい自分に興味持ってくれてたんだ、と、泰羅はくすぐったい気持ちになった。
「このメニューに書いてあるものは大抵好きだと思う。丹のおすすめがあればそれを食べてみたい」
そう言うと彼女は口元に弧を描いてルンルンとメニュー表を見つめ、彼女が顔を上げるとどこからともなくウェイターがやってきてオーダーを取って行った。
「よく来るの?ここ」
「前はね。最近はあんまり」
「どうして?」
「あー……なんとなく?花桜里とも最近上手くいってないし」
今日はそのことについて話すために泰羅は丹との時間を設けたのだ。だが泰羅はどう切り出せばいいのか分からず、飲み物が運ばれてきてからは口をつけて誤魔化している。きっと丹も言い出しづらいだろう。ここは自分が場を作ってあげないと。泰羅はそう思って口を開くと同時に丹も何かを言おうとした。タイミングが被ってしまった。たまに映画やドラマで見るアレだ。そんなことを思いながら、泰羅は右手を差し出して丹に発言権を譲る。
「泰羅に謝りたくて。この前はごめんね?急にデビュタントのダンスホールに引っ張り出して、変にいろんな人の注目を浴びせちゃって」
「いや…まあ、突然のことで困ったけど……何か理由があったんでしょ?」
彼女は言いづらそうに唇を噛む。
「私ね、花桜里の婚約者とセックスしたの」
口をつけていた飲み物を吹き出しそうになった泰羅。まさか、彼女がこんなに直接的な表現をするとは思わなかったのだ。びっくり、というより、意外すぎる。
「そう……それは、すごいね」
間抜けな返答しか出せない自分にイラつくが、こんなに純粋無垢そうな女性がそんな一夜の過ちみたいなことするとは思えず戸惑いを隠せない泰羅。事前に他人から聞いていても、やはり本人から直接聞くのとではダメージが異なる。
「もう花桜里から色々聞いてるんでしょ?」
丹はどこから聞いたのか、それとも元親友だからか、男を共有した仲だからか、相手の行動は読めるらしい。
「まあ……彼女からは色々聞いた。というか、聞かされた…。正直俺は信じられない。君がそんな人には思えないから」
丹は片手で目元を押さえる。きっと過ちは犯したとはいえ本人も困惑しているのだろう。泰羅は丹が話したくなるまで余計なことは喋らないようにしようとした。プライベートなことだ。無関係の他人が無理矢理聞き出すことでもない。
泰羅は運ばれてきたオレンジピールのブラウニーを口に運ぶ。ビターチョコレートのほのかな甘さの中にオレンジピールのほろ苦さが今の苦々しい状況を表しているかのようだった。口の中に残ったブラウニーの名残をラプサンスーチョンで流し込む。癖がある紅茶が一気に口の中に広がって、先程までのブラウニーの存在感が一気に消えた。それと同時に泰羅の中の遠慮や躊躇も消えていく。
「何があったの?陽川暁人と。あと潤間黄輝は君の何?幕井花桜里も。君たちはどんな関係なの?」
学園にいればそれなりに風の便りで聞こえてくることも多いが、本人の口から聞くのが一番正確だろう。噂には尾鰭背鰭がつくものだから。
丹はストレートな泰羅の質問に意を決した表情で口を開いた。
「私たち四人は幼馴染なの。幼稚園からの。暁人は3つ上だから、二人に比べて長く過ごしたわけではないけど。花桜里の婚約者だからよく会ってたし、うちは五大夫で暁人の陽川家に従う身でもある。この業界には大きく分けて3つの組織があるのは知ってるよね?」
「五行を代表する君たち五大夫と、その下の九曜会と、術師界旧家の十二人格?」
泰羅は正直よくわかってないが、授業で習ったことを思い出して言葉にしてみた。名前なら聞いたことがある。だが、それぞれが実際にどんな組織なのかは分からないでいた。だがどうやら、泰羅の認識は甘かったらしい。丹は苦笑いをしてから権力の中枢にいる家から見た業界を教えてくれた。
「学園ではそれくらいしか教えてもらえないしね。大抵の人はそう思ってる。でも実際の関係性や役割は少し違うの。そもそもこの業界がなんで存在してるか知ってる?多分、授業では異界の者を退治するため、払うため、異界の力から一般人を守るため。そう教わると思う」
「違うの?」
「厳密には違う。簡単に言うと、私たち術師は日本の結界を守るために調教され作られた組織なの」
「結界って、俺らが普段使っている結界術のこと?」
「そのさらに上位レベルのもの」
上位レベル。結界は印を組んで発動させるか、効力を高めたいのであれば呪札を使うか、術者の髪など供物を捧げるか。泰羅はそれくらいしか知らない。そう習ったからだ。
(それ以外に結界なんてあるのか?)
「私たちが守る結界はね、人なの。正しく言うと、五大夫が基軸となり結界を貼り、それを補強して守るのが九曜会。五大夫も九曜会も十二人格の家紋の人間から構成されることがほとんど。十二人格は術師界において歴史のある由緒正しい家紋のこと。術式の流派みたいなものね。それら全体を仕切るのが五大夫。そして五大夫はね、人柱なの」
「人柱?術師自身が生贄の結界を五大夫が張ってるってこと?」
「そう。五大夫の血筋の人間は18歳になるまでに人柱になるかどうかが決まるの」
「どうやって?神様の抽選?」
「まあ、そんなとこ。体にね、紋が浮き出るの」
そう言って、丹は制服の胸元のボタンを外していく。こんな場所で堂々と胸元を曝け出すように途中まで開けた襟をぐいっと引っ張って、左胸の際どいところに浮き出ている印文を見せてくれた。目のやりどころに困った泰羅だが、破廉恥な気分など忘れてしまうほどに丹の胸元にはくっきりと紋が焼き付いている。燃えるようなエンブレムが。まるで、奴隷が押される焼印のようで痛々しくも見えた。目の前の彼女が次期五大夫であることを実感せざるを得ない。
「……じゃあ君も、いずれは生贄になるの?」
「そうよ…」
丹は悲しそうな顔で呟いた。生贄にはなりたくない。泰羅は目の前の彼女からそんな声が聞こえた気がした。




