孤独な彼女に手を差し伸べて
泰羅は花桜里に釘を刺されてから、なるべく丹に会わないように努めた。いじめに加担している気分でずっとモヤモヤしている。
(正直、こういうのは得意じゃ無いんだ)
女という生き物は面倒だ。男なら殴り合いをして明日には友になっているかもしれないのに。
(気を使うくらいなら腹割って話したい。面と向かって。全部ぶちまけたい……)
そう思う時点で、泰羅はこの業界には向いてないのだろう。だがそういう術師が一人くらいいても良いではないか。
常に正直に。実直に。そう言われて祖父に育てられた泰羅は、今特定の人間を誰かの指示で避けるように生活していることに酷く後ろめたい気持ちを抱いている。
花桜里から忠告を受けて丹に関わらないようにして数日。確かに泰羅に対する五大夫を取り巻く他の生徒たちからの嫌がらせや嫌な視線は無くなった。そこは彼女の指示に従ってよかったと思う点だ。
だが罪悪感という名のストレスは溜まる。丹と同じ授業や廊下ですれ違う時、彼女は泰羅に話しかけたそうな目で見てくるのだから。声はかからないが、寂しそうな目で泰羅を見てくる。
丹は学園のマドンナの一人でもある。泰羅が無視しようとあらゆる人間から勝手に声がかかる。引く手数多だ。この前のデビュタントでパートナーが勝手に帰ってエスコートされない可哀想な令嬢。他の生徒にはそう映っていた。そんな状況を下心がある男たちが放っておくわけがない。女も自分の家や術師として利益を得るために、傷心中の五大夫の娘に擦り寄ってくる。だがそれもわずかの間だけだった。
一斉に誰かに指示を受けたかのように丹は四面楚歌になった。今思えばそれは花桜里の仕業だろうことは泰羅にはすぐ想像できた。
丹はそんな状況でも花桜里を非難することなく、ただ何も言わず耐えている。だが時折、まるで泰羅に声をかけてほしいかのような素振りをする。なんで声かけてくれないの?と、彼女の温もりのある茶色い瞳が訴えかけてくる。“助けて”と。
泰羅は捨て猫には弱いのだ。小学生の頃、下校時に拾って帰って祖父を困らせたことがある。あの時と同じ気分になっていた。泰羅は可哀想な存在を見過ごせない。
丹は五大夫のご令嬢。生まれ持った能力だって泰羅より格上だろう。明らかに何もかも揃っている恵まれた存在。泰羅より弱者だなんてことはあり得ない。そんな彼女が可哀想に見える今の状況は絶対におかしいと泰羅は思った。
泰羅はついに花桜里の忠告を無視して、放課後の帰り道にいる丹に声をかけた。
「ねえ……この後時間ある?俺たちちゃんと話さなきゃいけない。そうだろ?」
丹の茶色い瞳から一気に大粒の涙が溢れ出した。男という生き物は女性に目の前で泣かれると困るのだ。
(これじゃ俺が泣かせたみたいじゃないか)
実際そうなのだろうが、酷いことを言って泣かせたわけではない。泰羅は特に、女が泣いてる状況に耐性がないのだ。どうしたらいいか分からずオロオロしていると、丹が抱きついてきて泰羅の胸で泣いている。
きっとここは抱きしめてあげるべきなんだろう、男なら。だが花桜里から聞いたお家同士の関係を考えると、安易に彼女に触れて周囲に誤解をされるような行動はし慎むべきだ。
(きっと丹は今、黄輝の庇護を受けていて、もしかしたら気持ちは陽川暁人にあるのかもしれない。俺なんかがその間に入るわけにはいかない…)
泰羅はただ、彼女の学友として彼女の言葉を聞いてあげることしかできない。それを泰羅は彼女に伝えないといけない。自分のためにも、彼女のためにも。泰羅はそう思った。
彼女が泣き止むのを待って声をかける。
「中庭のベンチにでも座って話す?」
彼女は横に首を振る。
(中庭が嫌であればどうすれば……)
近くにカフェもない。泰羅の寮の部屋に連れ込むわけにはいかない。いい場所がないか考えていると、彼女は衝撃的な言葉を口にする。
「うちに来て」
「……それは流石にダメじゃない?」
そう言った途端に彼女は地面に視線を落とした。
「じゃあ、泰羅の部屋でもいい」
「それはもっとダメ」
彼女はダメな理由が分からないという顔で首を傾げる。
こうやって無意識に男を誘うのだろうか。これは泰羅が試されているのだろうか。このやりとりだけでも、彼女が魔性と言われる理由がわかる気がした泰羅。彼女と話した男はみんな彼女の虜になる。話さなくても見てるだけで魅了されてる輩も多いが。
泰羅は正直、彼女が親友の婚約者を寝とったという事実を聞いて以来、彼女が怖くてたまらない。そんな素振りは一切見せないのが尚更怖い。
(無意識に男をたぶらかしていいように操るなんて術式ではないよな……?)
つい失礼なことが頭をよぎるが、きっと彼女はそんなことを思われてるなんて想像もしないだろう。なんだか泰羅だけが下賤で悪いやつみたいな気分になってきた。
「誰にも聞かれたくないことを話したい感じ?」
彼女の意思を確認するために問うと、首を縦に振った。
「じゃあ、ちょっと遠いけど、カフェに行こう。学園の人たちに聞かれたくないのなら、彼らがいない場所に行こう。どちらかの家に行く方がまずい。周りから何をどう勘違いされるか分からない」
「勘違い?何を勘違いするのか分からないけど、別に私は気にしない」
(俺が気にするんです!)
なんて泰羅は言えるわけもない。
「家に帰れる君と違って、学園と寮の行き来しかしないからさ、俺。たまには友達とカフェにでも寄り道したいな?みたいな?」
丹は“友達”という言葉に反応して目を輝かせる。流石に泰羅の建前の優しさにも丹は気づいているだろうが。泰羅には丹が目の前で発する純粋な喜びが放つ輝は眩しすぎた。輝かしさに目が眩みそうになっている泰羅の手を取って丹は歩き出す。
「泰羅を私のお気に入りのカフェに招待してあげる」
振り向きながらそう言った丹は先ほどまで一人ぼっちで孤独と闘っていた女性には見えないほど輝いていた。
二人が校門を出ると黒塗りの車が路駐していた。
(こんな高級車で学園に乗り付けてくるなんでどこのどいつだよ?)
泰羅が何処かの金持ちに呆れていると、運転手が降りてきて後部座席を開けた。
「おかえりなさいませ、丹お嬢様」
スーツを着た初老の白髪の男性の挨拶を聞いて泰羅は頭を抱える。こんな目立つ場所で、しかも家の人間に情報が筒抜けてもおかしくないお抱え運転手の目の前で彼女と一緒にいる所を見られるのはまずい。思わず立ち止まる泰羅だが、その手を強く引いて丹は車に乗り込んだ。
運転手はすかさず丹に尋ねる。
「お嬢様、この方は?」
「友達。今日は一緒にカフェに行くの。いつものところに送ってくれる?」
「かしこまりました」




