デビュタント〜トラブル発生〜
思いもよらぬ事実に気づいてしまい、このイベントをどう切り抜けるか迷っていた泰羅。丹音に牽制されたはいいが、このまま帰るのも癪である。
(どこで時間を潰そうか)
どうするか迷っている間に会場に音楽が流れ、今回社交界デビューする若者たちが入場してきた。
(せっかく来たんだし、デビュタントの雰囲気だけでも味わって出ていくか…今後俺がこのパーティーに呼ばれることはもうないだろうし)
泰羅はデビュタントに出ている子供達の親が群がる中、少し下がって遠巻きにフロアの中心を眺める。
学園で見たことがある人たちが次々と男女のペアで出てくる。どこどこの家の誰で今後何をするのか、司会に発表されながら彼らはフロアの中央に並ぶ。
女性の社交界デビューの式典と言えど、どの男性がどの家のご令嬢をエスコートするのかは皆気になるところ。家同士の関係や本人同士の関係。
女性だけの式典ではないのだ。選ばれる側の男性陣も重要になってくる。泰羅は庶民だから選ばれなくて当然だが、この機会に同級生や学園の女性陣に選ばれない旧家名家の男性は今後肩身が狭い思いをして業界を生きることになるだろう。
男女ともに気合が入っているのは間違いない。
先ほど舞台袖に行った花桜里も丹もいるだろう。彼女たちは誰と一緒にいるのだろうか?丹音が言っていた、黄輝と暁人様がお相手だろうか。
黄輝はおそらく、同い年でこの学園のカーストトップの男。この学園の理事長のご子息である。泰羅が入学面接を受けたときに理事長が言っていた。『私の息子もこの春この学園に入学する。出自に拘らず、能力ある者同士切磋琢磨してくれ』そう言われて泰羅は理事長と同じ苗字の生徒を検索した記憶がある。
“潤間黄輝”。
だが、今までの2年間で彼と対面することはなかった。彼は金持ちクラスだから。庶民クラスにいた泰羅とは接点があるはずがない。
接点ができるとすれば、共通過程を終えた今後の授業。庶民クラスでも話題に上がる潤間黄輝。女子が騒いでいた記憶がある。
暁人様というのは、この業界のトップに君臨する家のご子息。泰羅たちより3つ上で、皇子でもある。この春、この5年制の学園を卒業したはず。そんな彼を引っ張り出すほど力がある家があるということだ。
どのご令嬢が暁人様をパートナーに指名したのか。泰羅は社交界の事情や各家の事情には詳しくない。一匹狼な上に元々一般人で庶民であった泰羅は、この陰陽師業界の事情には疎いのだ。
(ゴシップには興味ないが、これを機に自分が今後生きていく業界のトレンドは押さえておくべきか…?)
ぼうっと考えていると、盛大な拍手と共に先ほど見たようなドレスの女性が出てきた。澄み渡るロイヤルブルーのドレス。白を着るべき場で唯一色物が許される身分。
五大夫の一つである名家、幕井家の色。
花桜里だ。
足元に向かって薄いピンクにグラデーションされたデザイン。ピンクの部分は家紋の桜が散りばめられている。色白の肌に黒い艶のある髪は映える。目力も強く青光りしている黒い瞳は女王様そのものだった。
ブロンドの丹とは違う系統だが、やはり学園でも老若男女が入り混じった社交場でも目立つ存在だということを再認識させられる。
花桜里に憧れている女性陣も多い。現に会場で同じくデビューする側であるはずの女子生徒たちが羨ましそうな顔をしながら見惚れている。
(憧れてる限り花桜里と同じ場所には辿り着けないよ)
泰羅が心の中で皮肉りながら、パートナーの男が誰なのか見やると、ちょうど司会が紹介し始めた。
「幕井家のご令嬢、幕井花桜里様。エスコートは陽川暁人様」
随分背が高い。会場の照明が反射して茶髪のように見えるサラサラの髪。西洋の王子様のような甘いマスクに長い手足。名実ともに女性陣の憧れの的。
泰羅はこの業界の人間関係には疎いが、そんな泰羅でもわかった。この業界の王子様を勝ち取ったのは花桜里だということを。
花桜里が実に満足そうな表情で堂々とフロアの中央へと闊歩していく姿はまさに権威を手に入れた象徴でもあった。
(この二人が結婚したら、本物のビッグカップルになるんだろうな)
拍手をしながら泰羅がそんなことを思っていると、後ろから肩を叩かれる。
会場が盛り上がっているのにふらふらと歩き回っている人がいると思わなかったため、随分と驚いてしまった。文字通り肩が飛び跳ねてしまい、少し恥ずかしく思いながら後ろを振り返ると、そこにはここに居てはならない人物が立っていた。
「泰羅、助けて!」
そう言って泰羅の腕を掴んでホールの中央へとグイグイ進む人物は、なんと今あちらの舞台袖で呼ばれるのを待っているはずの丹だった。
「いや、え?何?え?」
「説明は後!私を助けると思ってついてきて!」
訳もわからず引っ張り出されて困惑を隠せないまま、ホールの中央へと来てしまった。
案の定、周囲の招待客がざわつく。横に連れている男は誰だ?とここに居るみんなが思っているであろう。泰羅もなぜ自分がここに居るのかわからない。
左は業界の皇である陽川暁人と次期皇妃であろう花桜里のカップル。右は業界の華である蝶野丹に挟まれて、変な汗が全身から噴き出すのがわかった。
ついでに次期皇后になるであろう花桜里の視線が痛い。なんでアンタがここにいるの?そういう目をしている。
泰羅だってそんなの分からないし、こっちが聞きたい、と思っていた。
「蝶野家ご令嬢、蝶野丹様。エスコートは、…えー、」
司会も戸惑っている。泰羅はもっと戸惑っている。
「丹、これどういう状況?」
「後で説明するから、今は私の横で笑ってて。この後一緒に踊ってもらうだけだから」
「笑えないよこんな状況で…あと俺踊れない。踊るって何?」
「大丈夫、私がリードするから」
(女性にリードされる男ってなに?情けなくない?上流階級のしきたりが分からないよりも情けなくない?)
泰羅は逃げたい気持ちになっていた。
先ほどから丹音からの視線がグサグサ刺さって射殺されそうだ。さきほど『関わるな』と言われたばかりなのに。
(俺の術師人生はここで終わりか?もしそうなら最悪だ)
泰羅は心の中で頭を抱える。
特待生で授業料免除で将来の職も約束されてるからこそ、この業界に入ってわざわざこの学園に来た泰羅。今までの努力が水の泡となる。それだけは絶対に避けたい。
いくら業界の華である蝶野丹をエスコートできるとは言え、代償が大きすぎる。
これから来るであろう仕打ちを想像して戦々恐々としていると、会場で流れる音楽が変わり各カップルがそれぞれ踊り始めた。泰羅はどうしたらいいか分からないまま周囲を見て見よう見まねで動こうとした時、丹に引っ張られ、つられるように動く。不思議なことに、彼女の動きに導かれるままに勝手に自分の体が動き出す。まるで自分の体ではないみたいだ。
「これ、何か術式とか魔法とか俺にかけてるの?」
「泰羅にそんなことしなよ」
なんだか悲しそうな顔をしている丹。それくらいリードが上手いということを伝えたかったのだが、どうも彼女には“彼女が俺を操っている”という意味に捉えられてしまったらしい。そんな意味ではないのだが、なんと訂正すればいいのか分からず黙るしかない。
気まずい雰囲気で黙々と彼女に導かれるまま踊る中で、時折後ろから泰羅にぶつかってくる奴がいた。
黒地に金色の刺繍が施された燕尾服が目に入る。太陽の君である暁人様が金色を控えてシルバー刺繍が施された燕尾服を着ていた。太陽の紋はしっかりと描かれていたが。
この場で暁人様を差し置いて金色の刺繍が許される人物。この豪華な装飾と金色は間違いない。3回目の衝突で振り返ると、やはり潤間黄輝がいた。随分怖い目で泰羅を睨んでいる。
(もしかして本当は彼が丹のパートナーだったのか?それとも、ただ単に見知らぬ男が丹と踊っているのが気に食わないだけ?)
どうしようもないことだ。泰羅も巻き込まれ事故なのだ。
(だからそんなに圧を上げて睨まないでくれ)
泰羅は彼の隠そうともしない圧に冷や汗をかきながら、ふと疑問に思う。
(彼は誰のエスコートをしてるんだ?)




