デビュタント
目の前に広がるのはパーティーの会場。広いフロアに高い天井に、どうやって掃除をしているのか分からないほど繊細な作りの豪華なシャンデリア。中央が広く開けられ、壁際には凝った装飾の軽食がずらりと並んでいる。
本来であれば泰羅が立ち入れる場所ではないが、学園行事の一つでもあり、今日は半ば強制参加だ。
と言うのも、今後に役立つ人脈づくりや顔合わせを兼ねた行事なのだ。
特に泰羅のような後ろ盾がない人間がこの業界で今後も生きていくには、こういう場で人間関係を発展させなければならない。
というのが学校の建前。
今この会場にいるのは現代の陰陽師業界を代表するような旧家名家のご令嬢とその家族。
あとはそのご令嬢にパートナーとして選ばれたエスコート役のご子息たち。
いわゆる金持ちクラスの連中が集まっている。
泰羅のような庶民クラスの生徒は見かけない。
つまり、本来は“そういう人たち向け“のパーティーだ。
だが、成績優秀者は特別に招待されている。
今後業界末席に加わる可能性がある期待の新人。
今回は恐れ多くもそのようなポジションで参加している。
建前とはまさにこういうこと。
例えいくら成績優秀でも後ろ盾が無いような新参者は、この業界の方々にとっては眼中になさそうだ。
だから、泰羅は学園公認の“選ばれしサクラ“である。
会ったことはないが、業界にとっては有名人ばかりの人混みの中。
(完全なるアウェイとはこういうことか?)
そもそも学園生徒のほとんどが、この会場にいる人間のご子息やご令嬢。
(学園でもアウェイだが、ここは…)
大人を相手にすると普段よりも疎外感が増した。
居た堪れなくなって同級生や学園関係者がいないか探してしまう泰羅。
ここには泰羅のような庶民クラスの人間はほとんどいないだろう。
居るのはおそらく、いつも泰羅を無視しているような、庶民は眼中にない金持ちクラスの連中だらけだろうが、この際どうでもいい。
見知った人間がいる方が落ち着く。
自分が呼ばれているということは、あの花桜里と丹も当然来ているはずだと確信している泰羅。
なんたって今日は彼女たちのような身分の令嬢のパーティーだ。
しばらく辺りを見渡すが見知った人間を見つけられず、人が多すぎて疲れた。
泰羅は壁際のスイーツのテーブルでマカロンとブラウニーを数個お皿にとってつまむ。
そのままキョロキョロと周囲に目を向けて知り合いの姿を探すがやはり見当たらない。
マカロンを食べ終わり、ブラウニーに口をつけようとした時、後ろから来た誰かとぶつかった。
「ちょっと、どこ見てんのよ」
気位の高そうで高圧的な言葉。
そしてこのどこかで聞いたことあるような高い声。
振り返ってぶつかってきた相手を見て、泰羅は思わずため息が出た。
「…なんだ君か」
ようやく知り合いに出会えた安息と、よりにもよってあの花桜里に出会ってしまった辟易した思いが入り混じった短く浅いため息。
そんな泰羅のため息を聞き漏らさなかった彼女は表情が険しくなった。
「ため息つきたいのはこっちなんだけど?なんでアンタなんかがいるわけ?ここがどういう場所か分かってる?」
「君らが社交界デビューする舞台だろ?」
「そう、だからアンタがいるのはオカシイの。どうせ給仕用の裏口から忍び込んだんでしょ?全く、庶民は行動も卑しいんだから」
「一応正式に招待されてるんだけどね」
「バイトの間違いじゃなくて?給仕にしか見えないんだけど?」
(言いたい放題だな花桜里)
イラッとくるのを抑えて泰羅は適当に返そうとしたが、周囲を見渡すとジャケットを片腕に持っている自分の姿は確かに会場のウェイターたちと似ていた。
暑くて先ほどジャケットを脱いでしまったことを後悔し、再び羽織っていると知らない声が聞こえた。
「あら、花桜里?もう少しで始まるわよ?こんなところにいていいの?」
「丹音さん。お久しぶりです、今日もお美しいですね」
あの花桜里が敬語を使う。ということはこの年配の美人な女性は、花桜里にとっては敬意を払うべき相手ということだろうか。
(随分態度が分かりやすいな…にしてもこの人、どこかで見たことがあるような…有力者か?)
「ありがとう。花桜里も今日は待ちに待ったデビュタントね。あなたが無事に幕井家の正統後継者として社交界デビューすることを、心から嬉しく思うわ」
「ありがとうございます。今後とも宜しくお願いいたします」
慣れた所作で深く品よくお辞儀をした花桜里を見て、泰羅は場違いなのだなと改めて実感する。
そんな学園では考えられない彼女の姿を見ていると、丹音と呼ばれた年配の女性が俺を視界にとらえた。
「そちらの方は?花桜里のお連れの方?」
「違います!」
食い気味で否定する花桜里に泰羅は若干イラつきを覚えたが、初対面で、おそらく身分が格上の人間の前で腹を立てるわけにはいかない。
ここは他人を装うのが適切か。
(後から花桜里に文句を言われて絡まれたくはないし…)
泰羅は状況を察する。
ただの学園の知り合いだと名乗ろうとした時、丹音という女性の後ろから聞き覚えのある声がした。




