彼女に執着する彼
泰羅が帰った後、丹はまだ残っていた。話を聞いてもらってスッキリしたようだ。だが親友の花桜里や暁人との微妙な関係は変わることはない。その現実に向き合うには素面では耐えられなかった。
丹はバーカウンターに移動してお酒を注文した。バーテンダーはいつも贔屓にしてくれているVIPを無碍に扱うこともできず、言われるがままにお酒を出す。それを煽って丹は徐々に顔が赤くなっていく。
酒を飲んでも気分は晴れない。丹はその現実に嫌気がさして、グラスに残った酒を一気に口の中に注ぎ込むと、横からここにいるはずのない男の声がした。
「未成年に酒を出すとは、どうなってんだここの支配人は」
「……」
丹は男の方を見ずに空になったグラスを見つめている。話したくないのだ。バーテンダーに違うお酒をもう一杯注文する。
「もうやめとけ」
男は丹の注文をキャンセルさせて、代わりに水を頼んだ。丹の横の椅子に座り、自分はお酒を注文する。その男の様子を見て丹は思わず愚痴がこぼれる。
「黄輝だってお酒飲んでるじゃん。なんでここにいるの?私をつけてきたの?」
「ここは俺のホテルだが?」
「……一人にしてって言ってるの」
「断る」
丹は全く意に介さない黄輝を無視してお酒の代わりに出された水を煽る。誰にも話したくないけど誰かに聞いてほしい胸の内を、ようやく泰羅に打ち明けたばかりだ。丹は泰羅以外に自分の本心を打ち明ける気はない。
そう断言するほど丹は今、業界の中で孤立していた。全ては自分の行動の結果だと分かっていても、このどこにも吐き出しようがない苦悩を打ち明ける先が必要だった。そこにちょうど良く現れた泰羅。元々術師ではなく、この業界に染まっていない、まともな術師であり、普通の感覚を持った人間。自分の言葉を受け止めてくれる友達。
デビュタントの日、泰羅との時間を邪魔してきた黄輝。泰羅を無作法にも追い出して、”温見泰羅と関わるな“と言ってきた。そんな男とは、丹は顔を合わせたくもないのだ。
「泰羅とは関わるなと言っただろ」
「アンタに関係ないでしょ」
聞き分けのない丹の態度に黄輝は軽くため息をついた。
「俺がお前を守ってやる。だから泰羅とはもう関わるな」
「これ以上私の友達を奪わないで」
「泰羅はお前の友達ではない」
「友達がいたことないアンタには分からないでしょうね!」
丹が声を荒げて黄輝に顔を向けたのと同時に、黄輝が丹の顎を片手で掴む。優しい触り方ではない。まるで口を塞ぐように上から顎を鷲掴みにして丹に言い聞かせる。
「いいか?これはお前だけの問題じゃない。術師全体の問題なんだ。泰羅が何を考えてるのかは知らないが、泰羅を利用して消えようなんて妙なことは考えるなよ?お前がいなければ、この国の結界は崩れ、お前だけでなくこの国の民全てが異界のものに喰われる」
「……」
「お前が何が嫌でこの業界から逃げようとしてるのかはわからないが、余計なことは考えるな。お前は五大夫の家に生まれた者の運命を辿らなければならない。それは逆らえない。五大夫になる人間の宿命だ。それ以外のことについては、お前が嫌なことやお前を苦しめることは俺が全部片付けるから。俺がお前を守るから、もう逃げるな」
丹の顎を掴む手も、丹にかける言葉も、丹に向ける目も。全てに荒々しさと冷たさが入り混じっている。潤間黄輝は怒っているのだ。五大夫の一人になる人間として。丹と同じ名家の人間として。
もしかしたら一般の女性であれば、男性から『守ってあげる』と言われたら喜ぶのかもしれない。だが、この男の言葉はそんなに甘いものではない。
「よりによって何で暁人と寝たんだお前は。俺と丹音がどうにか処理しているから大ごとになっていないが、これ以上問題を増やすな」
丹は自覚はしている。あらゆる方向に迷惑をかけていることを。それでも丹は黙って五大夫になるわけにはいかないのだ。ここにいては延々と正論で説教をされる気がして丹は席を立つ。
歩こうと一歩踏み出すが足がもつれて転んでしまった。いつもより飲んでる量は少ないが、感情が昂っているため気分でも随分酔っているのだろう。見かねた黄輝は床に座っている丹を抱き上げてそのままエレベーターに乗った。
最上階に着くとそのまま部屋へ入る。ここのホテルの最上階は黄輝の家だ。黄輝に会いに行こうと、暁人が最上階のエントランスのソファに座って待っていたのも知らずに、黄輝は丹を抱えて自室へ入った。
暁人は黄輝が丹を抱えて自室へと入っていくのを見てしまい、呆然とする。声をかけようにもかけられない雰囲気で黄輝が大事そうに抱えている彼女を暁人は見てしまった。やり場のない気持ちが込み上げてきてまともに黄輝と顔を合わせられる自信がなくなる。
「……っ、…」
暁人はその日、黄輝に会うことなくそのままホテルを去った。
黄輝はベッドに丹を寝かせてメイク落としで丹の化粧を落としていく。酔っていて抵抗する力も気力もない丹はうんざりした声で黄輝の行動を皮肉る。
「まさか女遊びしてる男の世話になるとは」
「嫌なら自分でやれ」
そう言いつつも黄輝は丹のメイクを丁寧に全て拭き落とした。黄輝はベッドから立ち上がって丹を見下ろす。
「着替えは後で用意する。今日はもう寝ろ。風呂も無理だろ、その様子じゃ」
「でも家に帰らないとママが…」
「酔った状態のお前を家に帰したら丹音が黙っているわけないだろ。最悪、家に軟禁されるぞお前」
「……」
「お前の母親には俺が連絡を入れておく。どうせ今帰っても水都も黙ってないぞ。今水都が出てきたら余計にややこしくなる」
黄輝の言葉は事実だ。丹が業界を去ってから、家族の丹へのアタリが一層厳しくなった。特に兄である水都は印紋が出た妹のことを恨んでいる。それを知っている黄輝は丹を虐げる気にはならない。いつもなら相手が誰だろうと適当にヤリ捨てる男だが、黄輝にとって丹はともに五大夫として成し遂げなければならないミッションがある運命共同体だ。雑には扱えないのだ。
黄輝はいつの間にか用意した氷嚢を丹の目元に置いた。
「明日は普通に学校に行けよ?俺は自分の部屋にいる。何かあったら来い。朝食は明日の朝、部屋に用意させるから、今日はもう寝ろ」
ぶっきらぼうにそう言って黄輝は出ていった。
冷酷な人間だが仲間へは情けをかけ全力で助ける。言葉が足りず、時には皮肉をい言い、時には情け容赦なく中立で物事を判断するものだから、よく仲間内では“嫌な奴”だと言われる。だが本当に頼りになるのは黄輝のような人間のことを言うのだろう。そう思いながら丹は今回は黄輝の優しさに甘えることにした。
自室に戻った黄輝はどこかに電話をかけていた。
「…ある人物を監視してほしい。報酬はいくらでも出す……ああ、名前は温見泰羅。鳳鳴学園の3年生だ。奴の行動で目立った動きがあれば全て俺に報告しろ」
とうとう潤間黄輝に目をつけられてしまった泰羅。今後が泰羅が丹とどう関わろうと、黄輝に警戒される人物としてマークされることになった。
「それと、陽川暁人も監視しろ……分かってる、皇族に対する謀反は反逆罪。だが今はそんなことを言ってられる状況じゃない。暁人を次期皇にするためにも、何か問題に関係しているのであれば解決しなければならない。これは五大夫の一席を担う家の人間としての責務だ」
まさか幼馴染であり仕えるべき皇を監視するとは誰が予想するだろうか。だが黄輝とはそう言う人間である。仲が良いから、目上の存在だからと言って手加減をしない。全てを正しく取り仕切るのが五大夫であり全ての家紋の中立にある潤間家なのだ。
黄輝は自室にあるモニターに電源を入れてある映像を見る。先ほどホテルのラウンジで丹と泰羅が会っていた映像だ。音声までは聞き取れないが、二人が親しく話しているのがわかる。丹が泣きながら泰羅の手を握っているのもカメラのアングルからははっきりと映っていた。その映像に黄輝は思わず舌打ちをする。
「庶民の分際で……」
思わず本音が漏れる。花桜里も庶民には厳しいが、黄輝も差別意識がある。由緒正しい名家に生まれた二人にとっては、何処の馬の骨かもわからない輩がこの業界に入ってきて五大夫に近づくなど許してはならないことなのだ。




