一匹狼の僕の苦悩
丹のお気に入りのカフェとやらに連れて行ってもらって対話をした泰羅。彼女が何故親友の婚約者と寝てしまったのか、何故突然業界を去ったのか、花桜里や黄輝や暁人様との関係性を彼女の口から直接聞こことができた。
何故寝てしまったのかというのは、まあ、彼女曰く、“彼女が次期五大夫いわゆる人柱として選出されるのを防ぐため”に暁人の力を借りたらしい。花桜里の夢を壊さないためにも彼女に人柱の印紋が出るのを防ぎたかったと。迷信に縋った結果としては失敗に終わったわけだが。そのせいで彼女は親友の婚約者と寝たビッチ扱いで四面楚歌。自業自得といえばそれまでだが、可哀想だなと思ってしまうのは泰羅の性格の問題なのだろうか。
彼女が突然業界を去ったのも、花桜里のことを思ってのこと。花桜里が五大夫になるという夢を邪魔しないために彼女が身を引こうとした。そのために、五大夫になる条件である人柱となる印紋が出ないように、皇族の血を引く暁人様を利用したが目論見は失敗に終わった。だから戻るしかなかった。
タチが悪いのが、暁人様がもしかしたら丹に気持ちが向いているということ。いくら家同士が決めた婚姻とはいえ、暁人が皇になってさえしまえばいくらでも覆すことができる。丹と花桜里の仲が悪化するのは必然。
そして花桜里と黄輝と暁人はみんな丹の幼馴染。術師界で切磋琢磨する階級社会や能力社会だけでもお互いの腹の探り合いで気が気ではないだろうに。彼女たちはそんな複雑な関係に恋愛感情や個人の事情を持ち込んでさらに複雑にしようとしている。
いくら家のため、術師業界のため、一般人といえども、18歳の彼女たちが向き合うにはあまりにもややこしい。自分と同じ年齢の学友が、こんな世界を生きているのだと思うと、生きる世界が違うことを泰羅は突きつけれた。
(こんな人たちとうまくやっていけるのか?)
目の前で涙を拭きながら真実を告白してくれた丹とこれからどう向き合えばいいのだろうか。こんな面倒臭い人たちとは正直関わり合いたくないというのが泰羅の本音。だがもう今更引き返すには知りすぎてしまった。
泰羅は特待生ということもあり、学園では成績優秀者の枠に入る。一般学生とは違い、術師の名家や権力者と全く関係を築かずに生きていくことはできない。一線を引くということは術師界から去ることを意味する。
泰羅は彼女たちのように生まれつき能力があったわけではない。一般人として生まれたはずが、気づけば不思議な能力を使っていた。彼女たちのように五行を操れるわけではないが、今から5年ほど前から突然、不思議な能力を持った。それが結界術であるというのを知ったのは能力顕現から1年後だった。
術が使えると同時に、見えないものも見えるようになっていった。両親からは気持ち悪がられ、弟もいるのに兄弟引き裂かれて母方の祖父に預けられた。いや、親に構ってもらえずに非行に走って警察に捕まったところを、祖父が迎えにきてくれたのだ。親が迎えにきてくれず、このまま少年院か刑務所暮らしかなと思っていたところにほとんど他人のような祖父がふらっと駆けつけてくれたのだ。
母が実家を飛び出して父親と結婚して出てきたため、ほとんど会ったことがなかった祖父だが、何故か親よりも親近感があった。見えないものが見えることを話しても、不思議な力を使えることを話しても、祖父は怒らなかった。むしろ、大層喜ばれ、赤飯を炊かれたほどだ。
そんな祖父は教えてくれた。
『お前のような特殊な人間が行く学校がある。成績優秀者は学費免除なだけでなく、給料を貰いながら寮生活で大卒相当の学位を取れる。さらに、その後の就職も世話してくれる学校がある』と。
親に頼れない非行少年からしたら絶好のチャンスだった。これを逃せば、きっとまともな人生を送れなくなる。そう思ってこの学園を受験した。思ったより成績が良く、無事に特待生として入学し、成績上位を維持しながら給与をもらいつつこの学園の生徒として2年間活動してきた。特待生であり続けるために、泰羅は道を踏み外してはいけないのだ。特待生のまま学園を卒業すると、あちこち根回しをせずとも業界からそれなりに待遇のいい仕事をもらえる。だから泰羅は悪目立ちするわけにはいかないのだ。
だが泰羅は蝶野丹と出会ってしまった。学園の中でも有名な五大夫の人間と関わってしまった。業界を仕切る五大夫と関わりが持てることは、本来であれば美味しい話だろう。仕事も斡旋してもらえる上に業界ではあらゆることで融通してもらえるだろう。友達になっておくべき権力者。
だが人選がまずかった。タイミングも。四面楚歌になっている蝶野丹と仲良くなるのは良策とはいえない。かと言って、事情を聞いてしまった以上、泰羅は無碍にもできない。曲がりなりにも彼女は五大夫になる人間。ちょっと成績がいいくらいの泰羅がどうこうできる人物ではない。術式や能力で屈服させられたらひとたまりもないだろう。彼女の性格からしてそんなことはしないのだろうが。
だからこそ、今、彼女が困っている時に泰羅は手を差し出さずにはいられない。祖父が自分をどん底から救ってくれたように自分も誰かを救いたい。たとえ今後業界で不利になることが予想されようとも、この能力が、この自分の存在が誰かの助けになるのなら、全力でその人を助けなければならない。泰羅はそう思った。腹を括れば話は早い。
「俺が君の力になるよ。力になるか分からないけど、俺でよければ」
彼女は俺が言い切る前に、テーブルの上に置いていた泰羅の手を力強く握った。少しドキッとしたが、今はそういう意味がないことを泰羅は理解している。
「……ありがとう、本当に、ありがとう」
彼女は涙をボロボロと溢しながらしきりにお礼を口にした。生まれつきなんでも持っていて、いつも太陽のように笑う彼女がこんなに弱々しく見えるなんて。彼女を知るみんなが見たら驚く光景だろう。それくらい切羽詰まった状況なのだろう。
(元々業界人でもない庶民の俺なんかに縋るんだからよっぽどだよな…)
彼女が落ち着いたところで泰羅は帰ることにした。ここの飲み物とケーキ代は彼女のママのカードで支払わせてしまった。その上また運転手つきの車で送ってもらうわけにはいかない。彼女の提案を断り、歩いて帰ることにした。車で東京の街中を15分ほど走ったということは、1時間もしないで歩いて帰れるだろう。今後の立ち振る舞いを考えるにはちょうどいい時間だ。
日がくれる前には寮に戻ろう。彼女より先にお店を出て、端末のマップを開いて大体の経路を確認する。端末を見ながら歩いていたため、路地から急に出てきた車に気づかなかった。危うくぶつかりそうになるも、クラクションを鳴らされただけで済んだ。ながら歩きは危ない。そう思い、ポケットに端末をしまってお店を後にした。
この時、泰羅は思いもしなかったのだ。あのぶつかりそうになった車に潤間黄輝が乗っていたとは。彼がそのまま泰羅が今出てきた、まだ丹がいるカフェに入って行ったことなど誰が想像できるだろうか。




