丹の事情
「……印紋が出る前に、祭祀皇の血筋の人と交われば、印紋は出なくなるって言い伝えがあるから。私はそれ以外に印紋を出ないようにする方法を知らない」
(そんな都合のいいことあるのか?)
だが太陽の皇は術師界の要。彼の方の力は五大夫とは別次元だ。とは言えそんなことが可能なのだろうか。
(陽皇はチート術師みたいなものだからな…有り得そうな気もするが…)
一人であれこれ想像していると、丹が消え入りそうな声で続ける。
「本当は、別の人に頼まなきゃいけなかったんだけど……もうご結婚されている現皇の旭日様にお願いなんてできないし…暁人の、幼馴染のパパとか抵抗あるし、私のパパと同じような年齢だし……」
(流石にパパ活みたいな歳の差の人にはお願いできないよな…)
疑っていた泰羅も流石にそう思った。いくら側室を取れる人間だとしても、無理な選択だ。皇の血を引く人間じゃなきゃどうしようもないのであれば。
(まあ、そうだね、しょうがない、のか…?)
泰羅は無理やり納得した。
「暁人様は快諾したのか?」
「……うん」
(マジかよ…幼稚園からの許嫁差し置いて他の幼馴染の女を好きなのか?我らの皇様は)
思わず呆れてしまう泰羅。もう誰に呆れているのかすらわからなくなってきた。
(もしかしたら婚約者である花桜里を五大夫にするために不義理を働いて協力したのかもしれないな…)
ますます分からなくなってきた泰羅。
もし前者だったら。
(まさかのリアル三角関係?えぐいな……)
そう思わざるを得なかった。
「もしかしてさ、暁人様は花桜里じゃなくて、君のことが…好きなの?」
「……わかんない…でも、そうだと思う」
「何でわかるの?」
「…『君以外いらない』って言われた」
(まじかよ我らが皇。もしかして、利用されてるのは丹の方なのか?)
「君は彼のことを好きなの?」
「わかんない」
(は?わかんない?好きでもない男に抱かれるのはなんともないの?そんなん好きか嫌いかしかないのでは?わかんないって何?自分のことだろ?)
嫌いでも何も思っていなくても、印紋を出さないようにするために渋々やってしまったなどそういった感情なのではないかと勝手に推測していた泰羅は肩透かしをくらった気分だ。嫌疑をかけられないためには即否定する部分であるはずならばなおさら。
この学園に来るまでは補導されるほどそれなりにヤンチャをしていた泰羅だったが、流石に好きではない人とはそういうことはできない泰羅からしてみればよくわからない感覚だった。
「そこまでして花桜里を人柱にしたかったのか?」
泰羅の言葉に迷わず頷く丹。
「…五大夫になることは、花桜里の小さい頃からの夢だったから。私のせいでその夢を折るわけにはいかないもの」
「婚約者を奪うのも、なかなかにキツイと思うけど……」
「だから、私は暁人と寝た後はもう二度とこの業界には戻るつもりはなかったの。何もかも縁を切って、私の知らない人たちしかいない世界で生きていこうと思ったの。なのに、なのに、こんなことまでしたのに、私に印紋が出て……」
丹は迷信を信じて人生を賭けた大博打に負けたということになる。まだ18歳の女が背負うには大きすぎる代償だと泰羅は思った。親友にも嫌われ、寝た男はこの世界の皇で、業界からは風当たりが強くて。そもそも何故そんな眉唾ものの迷信に全ベットしたのか。その上で今の現状を招いてしまったのはいくら若気の至りとはいえきついものがある。
(酷だな…)
だがそんな彼女に価値を見出して近寄ってきてるのが黄輝だ。
「黄輝はなんで君にあんなに執着してるの?君の婚約者?」
「違う!私には婚約者なんていない。それに黄輝は昔はあんなんじゃなかったの。嫌なやつだったけど、黄輝は女ったらしで、特定の恋人は作らず毎日違う女と寝てたよ、中学生の頃から!あんな、誰かに執着するようなやつじゃない」
丹から聞く黄輝の過去は中学生とは思えない爛れた過去だが、こんな世界で過ごしていたら目的のために手段を選ばなくなっても不思議ではないと泰羅は思った。そんな黄輝が執着するということは、丹は利用価値があるということ。何のために執着しているのだろうか。高校生になって本気の愛を見つけたとでも言うのか。
(いや、潤間黄輝に限って純愛で盲目になることはないな…)
泰羅は数回しか会ったことがないが、黄輝が何かに縋り付くようなタイプだとは思えなかった。理事長である父親もかなり理性的なタイプだ。感情が暴走するなんて余程のことがなければ有り得ない人種だろう。泰羅はデビュタントの時の印象を元に黄輝の人と成りを想像した。
(もしかしたら、デビュタントのあのパーティーに意味がったのか……どんな意味だ…?)
泰羅は考えれば考えるほどわからなくなった。普段学校で見かける姿や噂に聞く姿は冷静で合理的で金も地位も実力も生徒からの支持も完璧というほどに全てを持ち得ている。むしろ完璧すぎて恐れ多く近寄りがたい印象さえある。潤間黄輝という術師は本当に人間なのか、と疑いたくなるほどに。
「ちなみに聞くけど、君は黄輝のこと好きなの?」
「有り得ない。黄輝だけは有り得ない」
(そこまで否定しなくても……)
デビュタント会場のあのテラス席で会った感じでは確かに傲慢な感じがする態度を泰羅に向けいていた。だが、こんな四面楚歌になる彼女のことを守ろうとしていたのは事実ではないのだろうか。でなければ親友の婚約者を、皇子を寝とるなんて大罪を犯した女に、あんな大勢が集まるデビュタントでわざわざエスコートしようとするはずがない。
(もしかしたら黄輝はみんなが思っているほど冷酷なやつではなくて、幼馴染が欠けるのが嫌だったとかそういう思いを持っているとか?)
(もしくは自分の駒として使えるのなら、どんな噂が付きまとおうと救わなければとかそっちかな?)
泰羅は黄輝という人間がどんな人間なのか実際には知らないが、彼が丹に危害を加えたり不利益を与えたところは見たことがない。デビュタントの日もテラスに乗り込んできてまで丹に会おうとしていた。これは本人しか知らない何かがありそうだな、と泰羅は直感で感じた。
(でも自分が詮索すべきことではない)
この丹の境遇を知った上で、泰羅はこれから丹とどう向き合えばいいのか今後の対応に悩む。花桜里や黄輝や暁人と、泰羅はどう向き合えばいいのか。花桜里の忠告に従って首突っ込まなければ良かったと思うが泰羅にとっては後の祭り。
知らずに丹を無視し続けていても、きっといつかは聞いていただろう。泰羅はなんでも知りたがる性分だ。気をつけていても。遅かれ早かれこの関係性に戸惑っていただろう。わずかだが彼女たちの関係性を知った泰羅は、今後この関係性に割って入っていくとなれば、とてつもなく面倒な事に巻き込まれる予感しかなかった。
(彼女たちの世界に今更飛び込む覚悟が、俺にはあるのか?)
今後の自分の術師としての平穏な人生をとるか、温見泰羅個人とぢて納得する人生をとるか。業界から爪弾きにされそうになっている丹を目の前に、泰羅は究極の選択を迫られた。




