第五世代(2020年〜)
2020年の夕暮れ町です。
戦争は終結しました。国境の混乱は沈静化し、軍人の帰還が相次ぎます。
時代は復興に向けて進んでいきます。
ボランティア活動が全国的に活性化。特に、教育、医療、農業の分野が中核を担います。
数十年続く飢饉は、改善傾向に向かっていますが以前深刻な状況です。
栄養失調や、食の偏りによる後遺症が社会課題として挙げられまる。
物流は回復しましたが、一方で戦争によるストレスの反動により、
若者たちの間で非合法の薬物が安価で出回るようになります。
このような環境に生まれた子どもたちはどう育つのか、観察してみましょう。
[ケースA]
坂上家(2020年)の状況です。
坂上家立地:坂の下に駅があり、勾配の上に立っている。 住宅街で、周りは宗教活動が盛んである。 信者以外の人間を、咎めるわけでもないが勧誘は続き、暮らす身としては窮屈。
戦後復興のタイミングで、宗教活動も活性化する可能性もある。
何せ急勾配のてっぺんに家があり、車がないと生活は不便である。
坂上家夫:坂上了慈(第四世代、坂上了慈に準ずる。)第三世代終了時は無宗教だったが、
そこに変化が生じるのか、それとも自分を貫き通すのかがポイント。
戦場(戦闘は経験してない)から生還した。
妻の宗教活動に対しては表立って否定せず。あくまで中立の立場を守ろうとする。
坂上家妻:意志が弱く、周りの意見に流されやすい。 代々宗教家の家系であり、彼女も熱心な信者である。(新ファクター)
地元の宗教家系出身。子供の頃から、「弱い人間のために信仰がある」と教えられてきた。
了慈との結婚は、「私の弱さを守ってくれる人」という認識で決めた。
子供に、「導きがあるように」常に祈るが、その祈りがどこに向いているのかは自分でもわからない。
坂上家(2020年)のポイントは、以下の通りです。
社会環境:食糧は配給制が緩和されつつあるが、栄養の偏りと精神疲労が社会問題に。
地域宗教:「この世界に生き残るには、信じる者であれ」というムードが再び強くなる。
家庭の分断線:夫(無信仰だった了慈) vs 妻(信仰的伝統に従う)という価値の深い対立”。
社会の誘惑:安価な精神薬物(スマートドラッグ、合成カーム剤など)が学生層で浸透。合法ギリギリ。
経済問題:飢饉が続くことと、家庭内で価値観が分かれているために「一人だけで精一杯」。
母親の希望で、子供には『宗教的命名』がなされる。
◆ 長女:坂上 澪奈
【0~6歳】
母は毎晩“祈り”を唱え、教団の集会に連れられたようです。
父は対話の訓練だけは欠かさないように接したそうです。
幼稚園では浮いた存在に。この時代でも、宗教観はさまざまなようです。
「神様の子なんでしょ」と噂され、距離を置かれてしまいます。
この時期から、『他人に合わせすぎる』傾向が見え始めます。
自分の感情を確認するより先に「相手が安心する答え」を無意識に模索します。
【7~12歳】
小学校では優等生。ですが、「自分がどう思ってるか」を答えられません。
母からは「優しくあれば神に近づける」と教わりますが、父からは「怒りも選べ」と教えられます。
ある日、宗教の習字教室で『世界は善きもの』と書かされますが、その裏に小さく、
「だったら、どうして誰も本当のことを話さないの?」
と書き足したようです。
【13~15歳】
学力優秀/礼儀正しい/教団内では「後継者候補」扱いされます。
ですが内心では「ここにいると、ずっと自分で自分を裏切り続ける」と感じています。
そんなある日でした。中学で不登校気味の友人から、“リラックスできる薬”(精神安定系の合法に近い違法薬)をもらいます。
最初の一回で、「何も感じないこと」が逆に『自由』に感じてしまいました。
父に問いかけます。
「ねえ、感じないってことは、悪いこと? それとも神様からも、自由ってこと?」
父、了慈は答えられませんでした。
【16~18歳】
薬物への依存が一時的に進みます、しかし、家族にバレる前に自分でやめようとしました。
一度だけ、教団の壇上で祈祷文を読みました。
「信じるってことは、自分が壊れても見てることをやめないことだって、私は思いました」
彼女は、自分で書いたこの言葉に、自分で涙することになりました。
【19~20歳】
教団を離脱しました。理由は明言しませんでした。
父と同じように、「語る」ことを武器にしようと決め、ボランティア通訳の道に進みます。
どうやら、ドラッグは完全に絶ったようです。
荒廃した地域の子どもたちに、本を読み聞かせる活動に従事。
教団関係者からは「裏切り者」扱いされ、母とは和解していないまま疎遠になりました。
◆ 結論:坂上家2020
父(了慈)の沈黙と、母(沙代)の信仰の間で生まれた坂上澪奈。
彼女は、「語る力を奪うもの」=薬/信仰/他人の期待――を一度すべて通過し、 今、自分の言葉で“語り直す場所”を選び始めている。
* * * * *
[ケースB]
池田家(2020年)の状況です。
池田家立地:代々からの大地主の家で、近くに立派な池がある。 この家の子供は、10代のどこかに必ず大殺界が訪れ、家族中が大病or大怪我を引き起こす。
場合によってはそこで命を落とすことも。
近くに家はなく、外部との接触は元々薄い。
莫大な額の家賃収入が毎月入ってくる。戦後の飢饉がどのように影響してくるかは未知数。
池田家夫: 池田士磨。(第四世代、池田士磨に準ずる。)近親相姦で生まれてきた子。
従軍するも、「軍に耐えられない体」として除隊された過去をもつ。
池田家妻:池田周子(第一世代、池田祥馬の血族にあたる)池田練の遺言により縁組を強要された。
池田の血を絶やさないことと、残った血を少しでも濃くすることが目的と思われる。
池田家祖父、祖母:共に他界。
2020年の池田家のポイントは、以下の通りです。
経済:復興で負傷兵の受け入れや、兵隊が国に戻ってき、経済復興が盛んになったため家賃収入は持ち直す。
ただし、池田家の良からぬ噂が絶えないために社会的信頼は怪しい。
食糧供給:飢饉状態であるために基本的に自給自足を強いられる。
戦争:終結済み。帰還兵や戦争孤児の社会復帰が急務。士磨も対象の一人である。
薬物:合法ぎりぎりの合成ドラッグが社会的に蔓延している。
社会:復興フェーズ。若者のボランティア活動に対する意欲化と、無気力化が二律している。
家系:澪、士磨、鳳夜と、血の密度が極限状態である。
◆ 長男:池田 凰夜
【0~6歳】
母、周子は「この子は池田のために産んだ」と語り、感情的接触を避けたそうです。
士磨は言葉ではなく、記号や構造として子に接しました。
例:椅子を“座るもの”として教えるのではなく、“静止の機能を持つ物体”として教える。
凰夜は言語習得が遅れ、幼児期の会話が一切記録に残っていないようです。
ただし、3歳の時点で“記憶模写”に長け、家の設計図を模倣して描いたと言う記録が残っております。
【7~12歳】
父、士磨と同様に他者と接触せず、学校にも行かせてもらえませんでした。国には「在宅教育」として報告しました。
自分の名前を一切使わない生活でした。日記には「記録者1号」とだけ記載されていたそうです。
外界への関心は薄いが、父の残した言葉から唯一『語る力』と言う単語を拾ったそうです。
【13~15歳】:大殺界
14歳の秋、初めて外界に接触しました。父が急病で倒れ、救急通報を必要としたためです。
救急車の中で、「外の人間」が声をかけてきて、それが凰夜にとっての『初めての他人』となりました。
父は、この時命を堕とします。
その後、鳳夜は町の図書館ボランティア活動に“匿名で”参加します。
偽名「シマ」として登録。覚えている名前が、それしかなかったそうです……。
活動の中で、ドラッグ依存から抜け出そうとする青年たちと出会います。
なを、この時期、鳳夜自体に悲劇は襲ってきませんでした。長い池田家の歴史で初めてのことかもしれません……。
【16~18歳】
ただ、鳳夜には個人情報も名前も持ち合わせておりません。ボランティアセンターの仲間から「お前は何者だ?」と聞かれるが、答えられませんでした。
それでも帰宅時、母にだけ「今日、名前を呼ばれた」と伝えます。
母の「それは、嬉しかったの?」と問いに、凰夜は「……うん」と初めて答えました。
この頃から、軽度の自律神経障害に悩まされます。血が濃すぎるのです。
【19~20歳】
ボランティアセンターにて、同僚の一人から、軽度の精神調整剤をすすめられます。
飲めば眠れるし、飲めば考えずに済みました。
凰夜はそれを手に取りましたが、使うことはまだ躊躇っているようです。
この頃から、『名無しの語り』として、ポエトリースラム形式の匿名詩投稿を開始しました。
これが、「匿名で語られる詩なのに、世界を正確に言い当てる」とSNS上で話題になりました。
外部に向けて発信を閉ざしてきた池田家にとって、初めて池田の声が世の中に浸透した瞬間でした。
◆ 結論:池田 家(2020)
• 池田家の呪いは、鳳夜に「語らない家系の最後の“語る者”」という役目を課した。
• 大殺界を“精神の裂け目”として体験したが、なぜか鳳夜にだけは危害が及ばなかった。
• 非合法薬物に触れたが、使用するのは踏みとどまっている。
* * * * *
[ケースC]
山浦家(2020年)の状況です。
山浦家立地:池田家とまでは行かなくとも、裏に山を持つ地主である。 あたりは、住宅街で周りの人間との交流は多い。
街までのアクセスは良く、徒歩圏内に商店街や、スーパー、本屋に映画館など、立地的には恵まれてるといえる。
戦後の復興に最も力が入った場所でもあり、立て直しが急務で行われている。
山浦家夫:山浦頼(第四世代、山浦頼に準ずる)戦争で片目と一部鼓膜を失う。結婚までの10年は、裏山に小屋を建てて暮らしていた。
山浦家妻:(第一世代、山浦妻のファクターを使用。山浦家に『居がち』な性格なのかもしれない。)
優しく愛情深い母親だが体が極端に弱く、あまり出産向きではない。 年に一度は大病を患い、ことあるごとに入退院を繰り返す。
あまり長生きができない身体である。
責任感が高く、無理をしがちな性格である。
山浦家祖母:第四世代、山浦 麗央に準ずる。祖父は他界。
山浦家曽祖父:山浦昴に準ずる。高齢だが存命である。かつての理想主義者。
親戚:山浦春陽:第四世代、山浦春陽に準ずる。家を出たが、戦争で目を失った兄のことを何かと気遣う。
2020年の山浦家のポイントは、以下の通りです。
商店街:半分は再建。子供服屋、理髪店、映画館は復活。古書店は廃業したまま。
空気感:「みんなでなんとかしよう」と言う空気と、「もう諦めよう」と言う空気が隣り合わせである。
地域との関係:山浦家は、復興協会にも顔を出し、地域から尊敬は集めている模様。
若者気質:活発な一方で、薬物の流行も一部の通学路で観測。
家庭内:母親の身体的理由で出産は一度のみ。
山浦頼の育児方針により、「ワンチーム」での子育てが行われ、
曽祖父、祖母も子育てに参加。
◆ 山浦 陽太 (二世)(ようた にせい) 長男。
*曽祖父である昴が、第一世代息子の名前を命名。家族の希望と重みを背負った子として産まれる。
【0~6歳】
父は、視力と聴力を失っているため、「手」で息子に語りかけました。
母は、体力の限界まで“精一杯の愛”を与えました。毎日1時間だけ語りかけ、 そのあと数時間寝込む日もあったそうです。
祖母・麗央は、語らず、物語で育てました。毎晩、世界の詩や寓話を読み聞かせたといいます。
親戚の春陽は、誕生日にだけ現れては、奇妙なプレゼント(懐中時計/壊れた傘(!?)/詩の一節)を置いていったそうですが、真意は謎です。
曽祖父・昴は、毎朝「お前は、生まれてきただけでえらい」と言ってから日課を始めたとあります。
【7~12歳】
小学校では常に周囲を観察しており、他人と同じ速度で行動することが苦手だったそうです。
友達は少ないが、必要な時は助けられる子。教師には「不思議な重みを持つ」と言われました。
あるとき、
「ぼくの家は優しい。でも、外の人には伝わらない」と帰宅後、母に話していたとされています。
それに対し母は、「それでいいんだよ」とだけ答えたそうです。
【13~15歳】
中学では、生徒会に誘われるも辞退しました。
学年に一人、“合法薬物”に手を出していた同級生と親しくなりました。
ある日、その友人が失神。陽太が付き添い、救急車を呼ぶことに。
その日の夜、母と二人きりで話します……
母:「助けてよかったと思ってる?」 陽太:「わからない」
【16~18歳】
17歳時、母が他界。死因は肺炎の合併症でした。
陽太は初めて“物語を書く”という行為を始めました。
初筆のタイトルは「人を一度も怒ったことがない家に生まれた男の話」
書いた物語を、春陽の元に送ったそうです。返ってきた言葉は、
「兄ちゃんも、怒らない人だった。でも、君は怒る方法を探してもいい」
【19~20歳】
現在は、商店街復興ボランティアに参加。古本屋跡地に「無声文庫」を創設しました。
音読が禁止された空間で、手話と筆談で物語を紹介したようです。
“無音文庫”は話題になり、近隣の子どもたちが集まり始めます。
家では変わらず父・頼と二人暮らし。日常会話はないが、夕食は毎日一緒に取るようです。
◆ 山浦家2020の結論
• この家は、「言葉ではなく“時間と空気”で人を育てる」家だった。
• 母を失いながらも、陽太は“語らない優しさ”を言葉のない空間で再構築しようとしている。
• 彼の行動は、誰かの命を救うよりも、「誰も死ななくて済むための空間を残すこと」に向かっている。
以上が、2020年の夕暮れ町三家族の記録でした。
戦争が過ぎ去り、飢餓も復興の兆しが見えてきましたがそれは、別の問題を引き起こす結果となりました。
人間を作るのは、遺伝子か? 環境か? と言う問いを探る探索も、これで第五世代。折り返しです。
まだ、答えを出すにはファクターが出揃っていないのではないでしょうか。
引き続き、この三家族を見守る旅を続けていくことにしましょう。