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66.D⑧.大地の本音

「待て!」


 南部大地を呼び止めたのは、日向だった。


「このまま行かせるわけにはいかない」


 そう告げた日向が脇の下で支えてくれている太陽の肩を離れ、片足を引きずりながら、大地に近づいてくる。

 あ、と気づいた太陽が再び肩を貸そうとするが、日向は手と目つきで辞退した。

 大地は自分の体が少し痙攣(けいれん)するほど緊張しているのがわかった。

 高橋美津子が太陽の祖母であると知ったときから、覚悟はしていた。

 いつか、孫を苦しめた敵として復讐(ふくしゅう)されて当然だろうと。

 今がその時で、実行者が日向なのだ。

 ついに、きた、と大地は覚悟した。

 長身の日向が大地の顔を抱くと見せかけて、首を締めてくるはずだ。

 大地も日向が殺し屋だとは思っていない。

 その逆だ。

 海上で初めて日向を見たとき、 警察とか自衛隊とか、守る側の経験者だと思った 。

 しかも、特上の技術を持っているはずだと。

 大事な人を守るためには、敵を殺さなければならないこともある。

 大地は抵抗するつもりなどない。

 一気に殺して欲しいとさえ思っていた。

 しかし、日向の腕が自分の首を締めているとは思えない。

 まさか、本当に俺の顔を抱きしめているだけなのか?

 そんな、バカな!

 大地は日向の腕の中から逃げ出そうと、手足をバタバタさせた。

 殺されるのはいいが、抱きしめられるのは嫌だ。

 それだけは絶対嫌だ。


「ん~、ん~」


 大地は(うな)りながら、逃げようともがく。

 更に日向の腕に力が増し、大地の体はびくともしなくなった。

 それでも、大地には意地があった。

 大好きな太陽を、愛する緑を、守るために必死でうそぶいてきた。

 悪ぶってきた。

 弱気になったこともあるが、そんなときは自分を責め、罵倒した。

 それでも、誰にも頼らない、甘えたりしない、と決意していた。

 悪魔に徹してやると思った。

 例え事情が変化したとしても、今更信念は変えられない。

 なぜ、自分はそこまでして(こだわ)らなければならないのか、今になってやっと、大地にもわかった。

 きっと期待することが怖かったんだ。

 太陽や緑が許してくれたとしても、いや、あの2人ならきっと許すだろう。

 その分、自分自身が許せなくなる。

 どんな理由があったとしても、どんな辛いことが待っているとしても、 太陽を恨み、緑を傷つけた自分を許すことはありえない。

 だから、このまま太陽と緑の前から姿を消し、二度と会ってはいけない。

 それでいい。

 それしかないのだ。

 そんな決意を持って、大地が日向の腕の中で手足をバタバタさせているときだった。

 決してわざとではない。

 偶然にも大地の足が日向の怪我した部分を蹴ってしまったようだ。

 まずい、と大地が見上げると、 一瞬日向の表情が、悶絶(もんぜつ)に耐えるしかめっつらになった。

 が、抱きしめている力は緩めたりしない。

 代わりに、日向の唇が動いた。

 声のボリュームはかなり低いが……。


「 我々、大人が不甲斐ないために、大地、お前にも辛い思いをさせてしまった。申し訳ない。 だが、全ては終わったんだ。一からやり直しができるんだ」


 日向が小声で話すのは、恐らく太陽や緑に聞こえないようにするためだろう。


「そんなこと、できるはずがない」


 大地も小声になる。

 意識しているつもりはないが、ついそうなってしまう。

 太陽や緑に対する罪意識からかもしれない。

 更に、日向の顔が大地の耳に近づいた。


「できるさ。俺も昔はテログループの一員だったからな」


 うそ、と驚いた大地が日向の表情を見上げると、ばつが悪そうに苦笑していた。


「そのとき、会長から叱り飛ばされた。お母さんはスイカを産むくらいの痛みに耐えてあなたを生んだのよって。でも、粋がっていた俺は鼻で笑った。そしたら、会長が激変して怒鳴ったんだ。嘘だと思うなら、そのケツの穴からスイカを入れてあげましょうかって。あの会長がだぞ。俺は呆気にとられた。でも、その場面を想像して、自分なら痛みに耐えかねて、自ら命を絶つだろう思った。そう、俺は最初から弱い人間だったと思い出した。大地、お前にも聞く。確かに罪は消えないし、罪滅ぼしもできない。でも、その苦しみは、ケツの穴からスイカを入れるより辛いことか?」


 日向の表情がほころぶ。

 大地は力いっぱい唇をかみしめた。

 そうしていないと、涙が溢れだしそうで怖かった。

 そこへ、日向の声が再び聞こえてきた。


「確かに、数日間は事情聴取などで忙しくなるだろう。たが、未成年だし、うちの会長がお前の身元引受人件後見人になってくださったから、すぐ戻ってこられるようにしてみせる。だから、もう本音を言っていい。太陽様や緑様が大好きだと叫んでいいんだ」


 大地は全身から力が抜けてしまった。

 崩れ落ちそうになる体を、日向の腕が支えてくれる。

 太陽の泣き顔はよく目にしたが、自分がそうなるとは考えたこともなかった。

 不格好ではあるが、やっと一人の少年に戻れたような気がした。

 大地の体を抱きしめたまま、ゆっくりと日向の体勢が左回りに回転していく。

 当然、大地の体も一緒に。

 180度ほど回転したところで、二人の体は止まり、大地は背後に太陽と緑を感じた。

 そうか、と大地は今更ながらに気づいた。

 きっと、この人は二人だけの秘密にしてくれるつもりなのだろう、と。

 大地の小さな声が震える。


「太陽も緑も好きだ。大好きだ。ずっと一緒にいたい……」


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