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62.T⑲.非情な防犯扉

 エレベーターの自動扉が開くと、廊下には黒服たちが(たむろ)していた。

 羽賀太陽と日向が袋の(ねずみ)状態だと、彼らは油断していたに違いない。

 ところが、黒服たちは、う、と(うな)ったあと、ゆっくりと後退していく。

 それもそのはずで、太陽と日向は顔にガスマスクを(かぶ)っていた。

 その上、日向の手には爆発物処理班が使用するような分厚い手袋。

 その手に握られているのは(びん)だった。

 (ふた)の開いた瓶からは、煙の(あわ)のようなものが流れ出ている。

 これでは流石の黒服たちも、不気味すぎて手が出せないだろう。

 前方の黒い人影が左右に別れ、道ができる。

 そのことを確認した日向が、エレベーターから出て歩きだした。

 その背中を、太陽が追うという作戦だ。

 太陽の役割は後衛で、何度も後ろを振り返りながら日向の後を追った。

 日向は手に持った瓶を左右に移動させながら進んでいく。

 両サイドの壁に張りつくように立っている黒服たちを牽制(けんせい)するためだ。

 隙あらば飛びかかろうと構えている黒服たちも、これでは決意が鈍るだろう。

 まだまだ、第三倉庫までの距離はあるが、このままいけば無事、緑と再会できるに違いない。

 それだけではない。

 緑を助け出すことも可能だ。

 太陽は日向に感謝したい気持ちでいっぱいだった。

 その直後、太陽の聴覚がある声に素早く反応する。


「太陽……」


 廊下のスピーカーから聞こえてきたのは、緑の声だった。

 CEO室のマイクは、この廊下のスピーカーとも繋がっているようだ。

 サンから聞いて、緑も自分の無事を知っているはずだが、それでも、百聞は一見にしかずで、思わず感極まったのだろう。


「本当に良かった」


 と、太陽には聞こえた気がした。

 しかし、直ぐに、現状は最悪であることを再確認させられる羽目になる。

 スピーカーから、


「邪魔だ」


 と言う男の声と、ザザとこすれるような雑音が聞こえてきたからだ。

 そのあとすぐ、電話のナンバーボタンを押す音も……。


「ピ、ポ、パ」


 回数は3回だから内線電話だろうと、太陽が気づくのとほぼ同時に、


「防犯扉をおろせ」


 と、藤堂の声が響いた。

 それから数秒後、頑丈な防犯扉が、ガガガガガ……と威嚇するような音を響かせながら降り始めた。

 あ、と気づいた太陽が、前を行く日向を追い越し突進する。

 降りてくる防犯扉の下を通り抜けるためだ。

 ここで防犯扉を降ろされては、先に進む手段がなくなってしまう。


「無理です」


 日向の声を聞いた直後、振り向いた太陽の視覚が黒服の姿を捉えた。

 その手が自分に向かって伸びてくると思った途端、太陽は肩を掴まれた。

 この手を振りきらなければ、防犯扉の下敷きになってしまう。

 それだけはなんとしても避けなければと、太陽が思ったときだった。

 日向が黒服の後ろ姿にタックルしてくれた。

 日向と黒服男の体はもつれ合いながら勢いよく転がる。

 間一髪、日向のお陰で太陽はなんとか防犯扉の下をすり抜けることができた。

 ほっと一息ついた。

 そのときだった。


「あぁぁぁ……」


 と、誰かの唸り声が聞こえてきた。

 太陽が思わず振り返ると、そこには重そうな防犯扉に足を挟まれた、日向の苦悩する姿があった。

 黒服にタックルしたあと、 防犯扉の真下で倒れてしまったに違いない。


「日向さん……」


 太陽は慌てて駆け寄った。


「わたくしのことは、気にせず、 行って、ください」


 激痛と闘いながら、切れ切れに話す日向の言葉は、非常に重かった。


「でもでもでも……」


 太陽自身、 日向の言い分はわかっている。

 その心遣いがありがたいとも思う。

 しかし、恩人の日向を見捨てるなんてできないこともわかっていた。


「緑様を、助けられるのは、太陽様、あなただけです」


 緑が心配でたまらないから、 危険を承知でここまできた。

 緑を救い出すのは自分しかできないともわかっている。

 でも、このまま日向を放っておけない。


「どうしたらいい?どうしたらいい?どうしたらいい?……」


 太陽の頭の中はジレンマに苦悩していた。


「緑様が、太陽様を、待っています……」


 日向の表情が苦しみに耐えながらも、哀願してくる。


「一刻も早く、緑を助けにいきたいのは山々だけど、目の前で苦しんでいる日向さんを放っていくわけにはいかない。でもでもでも……緑、どうしたらいいんだよぉ?」


 太陽は天井から撮影している防犯カメラに話しかけた。

 第三倉庫にいる緑も、この映像を観ているに違いないと思ったからだ。

 そして、信じていた。

 緑にも自分の気持ちは伝わっているはずだと。

 そこへ、 緑の祈るような叫び声が聞こえてきた。


「太陽、早くその人を助けてあげて。お願い!」


(やっぱり、緑ならそう言うよね)


 と思った太陽は、防犯扉を手で持ち上げようとした。


「んー、んー……」


 しかし、太陽ひとりの力ではびくともしない。

 意識が朦朧としているはずなのに、日向は、


「早く、いって、ください。お願いします」


 と訴えてくる。

 この期に及んでもまだ緑を気遣うなんて、やはり只者ただものではない、と太陽は思った。

 同時に、自分を犠牲にしてでも緑のことを気遣ってくれる優しい人を、見捨てるなんてできるはずがない、と強く決心した。


「そんなことをしたら、緑に怒られます。 緑が怒ると、怖いんですよ」


 太陽は今回もまた、緑から勇気をもらったと感謝した。

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