60.H⑭.幼馴染み3人組の愛情と友情は紙一重
「 お前、何やってるんだ?」
その男の声を聞いて、MCハンマーは頭を強打されたような衝撃を受けた。
想像さえできなかった。
完全にノーマークだった。
ある意味、藤堂より見られてはいけない奴かもしれない。
震えながら横を向くと、やはりあいつだった。
「大地、どうしてお前がここに……?」
と言おうとしたものの、驚きのあまり声も出なかった。
無言のまま、大地が横からコンピュータのディスプレイを覗き込んでくる。
ハンマーは慌てて、ディスプレイを右肩で隠そうとした。
今更、無駄な抵抗とわかりながらも……。
案の定、大地が睨んでくる。
もう、全て終わりだ。
大地がCEOに報告し、その後は……。
わかりきっている。
「わかった。もう、どうにでもしてくれ」
開き直ったつもりだが、やはり声が裏返ってしまった。
ハンマーの肩を掴んでいる大地の手に力が増す。
これで全てが終わったと思うと、膝がガタガタ震えるばかりだった。
遂に、大地の口元がハンマーの右耳に近づいてきた。
少し息が荒いように思う。
いよいよ最終宣告か。
「画面を観たいだけだ。CEOには告げ口しないから安心しろ」
「……?」
大地は今、 なんと言ったんだ?
一瞬、 理解できなかった。
やっと意味がわかってからも、ハンマーは更に困惑する。
どうなっているんだ?
ハンマーの脳はフル回転した。
あまりにも回転したせいで、 遂にショートしたようだ。
何も考えられなくなったハンマーは、結局確かめるしかない。
「ど、ど、ど……」
どうしたんだ?
と訊くつもりが、どうしても言葉が出てこなかった。
ハンマーの動揺などお構いなしに、隣の席から椅子を持ってきた大地が横に座る。
なんて居心地が悪いんだ。
しかし、こうなった以上仕方がない。
観念したハンマーは、大地と共にディスプレイを観ることにする。
それでも、チラッと横を気にすると、大地はハンマーの存在など眼中にないように、ディスプレイに集中していた。
画面内のCEO室では、緑と藤堂が無言のまま睨み合い、重苦しい雰囲気をビンビン伝えていた。
大地は二人を、いや、緑だけをじっと観つめている。
そうか……。
そうだったのかと、ハンマーは心中で呟く。
大地の辛さは気づいているつもりだった。しかし、それは状況だけで、奥底の覚悟までは察していなかったと、ハンマーは初めて悟った。
大地はプレイヤーに選ばれず、強迫や洗脳によって無理に社員にさせられた。
しかも、大好きな太陽と緑を騙し続けなければならなかった。
それでもずっと、太陽と緑を見守ってきた。愛情と友情の狭間で苦しみながら。
だが、 幼馴染三人組の愛情と友情は紙一重。
微妙で、曖昧で、不安定だった。
愛情も自己嫌悪も憎しみも憧れも、 全ての感情が強ければ強い分、心が爆発しそうになる。
「大地、わかってやれなくてすまなかった」
と心の中で詫びたあと、ハンマーは画面を2分割にした。
左側は緑のいる第三倉庫のままで、右側を太陽と日向がいる最上階の廊下の防犯カメラの映像に変更した。
ところが、その右側の映像を観ているハンマーの視線が、釘付けになった。
明らかに、日向の容姿がおかしい。
今日最初に観たときから、白スーツにキャップはないだろうと思ってはいた。
ところが今、もっと重要なことに気づいた。そのキャップに超小型のビデオカメラがついていたのだ。
もしかして、とハンマーは、 急いでネット情報を確認する。
やはり、そうだったのか、と今更ながらに納得。
日向が撮影してる映像がネット上で流されていたのだ。
警察が気づいたら、リアル育成ゲームやテログループと組んでいる件も調べられ、☆TSgame-Co.は終わりだろう。
つまり、俺たち社員も全員捕まるというわけだ。
今ならなんとか阻止できるかもしれないが、そんなことはしたくない。
太陽の気持ちを、緑の思いを終わりにしてたまるか。
だが、問題はこいつだ、とハンマーは横を見る。
大地の手がキーボードに伸びてくる。
ハンマーは反射的に上半身を伏せ、キーボードを隠した。
ネット上は俺が守ってみせる。
たとえ殺されようが、大地に邪魔されてたまるか、とハンマーは胸中で粋がっていた。
ところが……。
「大丈夫だ。邪魔したりしない」
はあ……?
大地の言葉に、ハンマーの覚悟は出鼻をくじかれた。
「どっちにしろ、サンがリアル育成ゲームのデータを警察に送ったから同じことだ。珍獣のくせに憎たらしいやつだ」
言葉と裏腹に、大地はなぜか嬉しそうだった。
「ただ、マイクを使いたいだけだ。信じてくれ」
今の大地の瞳には、太陽や緑と同じように、子どもの頃の優しさが残っているように思えた。
ハンマーがキーボードの上から体を起こす。
大地は監視員たちへの連絡用ボタンを押し、口元を机上のマイクに近づけた。
「キャラクターの監視員は全員、地下エレベーター前に集合」
思わずハンマーが、
「俺も行く」
と立ち上がろうとしたとき、大地が肩に手を置いてきた。
「誰かがネットを邪魔するだろうから、守ってくれ……いや、守ってください。お願いします」
まさか……大地が頭を下げた?
勘違いか?
いや、大地はまだ頭を上げてこない。
それも緑を守るためか。
なぜか、ハンマーの胸が踊った。
例えるなら、初めての仲間ができたような感じだ。
突然、なにかを閃いたように、「あっ」と大地が頭を上げた。
「大地、どこに行くんだ?」
「まだ、やることがあるから」
大地はそう言い残し、軽やかな足取りで駆け出していく。
ハンマーは大地の後ろ姿に叫ぶ。
「よし、あとは任せてくれ。ゴミみたいな俺でもさ、人間の誇りは捨てたくないんだよ」
ネット上で流れている日向の映像を、きっと会社の上層部が阻止しようとするだろう。
「でもな、これだけは必ず死守してみせる。命をかけて」
とハンマーは自分自身に誓った。